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26話
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建国記念パーティーの翌朝。
魔王城を包む空気は、どこか祭りの後の気怠さを孕んでいた。
俺――カナデは、いつものように規則正しく起床し、礼服からいつもの事務服へと着替え、眼鏡を完璧な位置にセットした。
昨夜、ダンスホールの中央でレンに指先へ口付けされた記憶が、不意に脳裏を掠める。
「……。……。……計算ミスだ。あれは照明の反射による一時的な視覚エラーだ」
自分に言い聞かせ、俺は山積みの書類を抱えて食堂へと向かった。
そこには、昨夜の格好良さが嘘のように、テーブルに突っ伏して「腹減った……」と唸っているレンがいた。
「……レン。魔王なら、起きて早々ヨダレを垂らすな。資産価値が暴落するだろ」
「あ、カナデ……。おはよ。……お前、今日も早いな。昨日の今日なんだから、もっとゆっくり寝てりゃいいのに」
レンが顔を上げ、俺を見る。
その瞬間、昨夜の「お前を離したくなくてさ」という低く甘い声がフラッシュバックした。
――ドクン。
「……。……寝ている暇などない。昨日のパーティーの経費報告書が、まだ未入力だ。それから、お前。昨夜の正装、ボタンを一つ紛失しただろ。特注の魔宝石ボタンだぞ。紛失費用として、マイナス三千万ゴールド」
「はぁ!? 朝イチでそれかよ! お前、昨日の夜はもっとこう……『来年も一緒に見ようね』的な空気だっただろ!?」
「記憶にないな。……ほら、ガルム。こいつに早く飯を。栄養が足りないと、また変な寝言を言う」
俺は冷徹に言い放ち、手元の帳簿に数字を書き込んだ。
だが、ペンを持つ指先が、ほんの少しだけ震えているのを隠せていないことに、自分だけが気づいていた。
そこへ、クロが慌ただしく飛んできた。
『ぶ、部長! 魔王様! 大変です! 昨夜のダンスの様子が、城下の瓦版(かわらばん)に『魔王様と麗しき妃、ついに公式に愛の誓い!』という見出しで大々的に掲載されております!』
「……。……回収だ。今すぐ全部隊を出動させて、その紙を回収しろ」
「いいじゃん、別に! 俺、その写真欲しいわ! 額に入れて玉座の後ろに飾る!」
「飾るな! 公私混同も甚だしい! マイナス一億ゴールド!!」
いつもの怒鳴り合い。
いつもの、騒がしい食堂。
だけど、ふとした瞬間に視線が合うと、レンが照れくさそうに笑い、俺は慌てて目を逸らす。
その数秒の沈黙が、昨日までとは明らかに違う質感を帯びていた。
「なぁ、カナデ。……お前さ、本当はちょっと、嬉しかったんだろ?」
レンが、横から俺の顔を覗き込んでくる。
「……。……何がだ」
「昨日のダンスだよ。お前、最後の方、俺の肩にギュッてしがみついてたじゃん」
「……っ! それは、お前のステップが荒すぎて、転倒を回避するための物理的な……」
「嘘つけ。顔、真っ赤だぞ」
レンが、俺の耳元でいたずらっぽく笑う。
――じっくり。ゆっくり。
俺たちは、昨夜の境界線を越えてしまったわけではない。
でも、元の「ただの親友」という安全な場所に戻ることも、もうできないのだ。
「……。……レン。……朝食のトースト、端っこをやるから黙れ」
「おう! ……あ、カナデ。……好きだぜ、お前のそういう不器用なところ」
「…………。マイナス一兆、ゴールド……即刻、爆死しろ」
俺は真っ赤な顔で、トーストをレンの口に押し込んだ。
恋の黒字化計画は、順調に……いや、あまりにも順調すぎて、俺の制御不能な領域へと突入していた。
魔王城を包む空気は、どこか祭りの後の気怠さを孕んでいた。
俺――カナデは、いつものように規則正しく起床し、礼服からいつもの事務服へと着替え、眼鏡を完璧な位置にセットした。
昨夜、ダンスホールの中央でレンに指先へ口付けされた記憶が、不意に脳裏を掠める。
「……。……。……計算ミスだ。あれは照明の反射による一時的な視覚エラーだ」
自分に言い聞かせ、俺は山積みの書類を抱えて食堂へと向かった。
そこには、昨夜の格好良さが嘘のように、テーブルに突っ伏して「腹減った……」と唸っているレンがいた。
「……レン。魔王なら、起きて早々ヨダレを垂らすな。資産価値が暴落するだろ」
「あ、カナデ……。おはよ。……お前、今日も早いな。昨日の今日なんだから、もっとゆっくり寝てりゃいいのに」
レンが顔を上げ、俺を見る。
その瞬間、昨夜の「お前を離したくなくてさ」という低く甘い声がフラッシュバックした。
――ドクン。
「……。……寝ている暇などない。昨日のパーティーの経費報告書が、まだ未入力だ。それから、お前。昨夜の正装、ボタンを一つ紛失しただろ。特注の魔宝石ボタンだぞ。紛失費用として、マイナス三千万ゴールド」
「はぁ!? 朝イチでそれかよ! お前、昨日の夜はもっとこう……『来年も一緒に見ようね』的な空気だっただろ!?」
「記憶にないな。……ほら、ガルム。こいつに早く飯を。栄養が足りないと、また変な寝言を言う」
俺は冷徹に言い放ち、手元の帳簿に数字を書き込んだ。
だが、ペンを持つ指先が、ほんの少しだけ震えているのを隠せていないことに、自分だけが気づいていた。
そこへ、クロが慌ただしく飛んできた。
『ぶ、部長! 魔王様! 大変です! 昨夜のダンスの様子が、城下の瓦版(かわらばん)に『魔王様と麗しき妃、ついに公式に愛の誓い!』という見出しで大々的に掲載されております!』
「……。……回収だ。今すぐ全部隊を出動させて、その紙を回収しろ」
「いいじゃん、別に! 俺、その写真欲しいわ! 額に入れて玉座の後ろに飾る!」
「飾るな! 公私混同も甚だしい! マイナス一億ゴールド!!」
いつもの怒鳴り合い。
いつもの、騒がしい食堂。
だけど、ふとした瞬間に視線が合うと、レンが照れくさそうに笑い、俺は慌てて目を逸らす。
その数秒の沈黙が、昨日までとは明らかに違う質感を帯びていた。
「なぁ、カナデ。……お前さ、本当はちょっと、嬉しかったんだろ?」
レンが、横から俺の顔を覗き込んでくる。
「……。……何がだ」
「昨日のダンスだよ。お前、最後の方、俺の肩にギュッてしがみついてたじゃん」
「……っ! それは、お前のステップが荒すぎて、転倒を回避するための物理的な……」
「嘘つけ。顔、真っ赤だぞ」
レンが、俺の耳元でいたずらっぽく笑う。
――じっくり。ゆっくり。
俺たちは、昨夜の境界線を越えてしまったわけではない。
でも、元の「ただの親友」という安全な場所に戻ることも、もうできないのだ。
「……。……レン。……朝食のトースト、端っこをやるから黙れ」
「おう! ……あ、カナデ。……好きだぜ、お前のそういう不器用なところ」
「…………。マイナス一兆、ゴールド……即刻、爆死しろ」
俺は真っ赤な顔で、トーストをレンの口に押し込んだ。
恋の黒字化計画は、順調に……いや、あまりにも順調すぎて、俺の制御不能な領域へと突入していた。
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