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27話
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魔界の春は、空が薄紫色に霞み、暖かい風が吹き抜ける。
城の中庭では、桜に似た魔界の植物「紅蓮樹(ぐれんじゅ)」が、燃えるような緋色の花を咲かせていた。
「カナデぇ、仕事はもういいだろ! 今日は絶好の『紅蓮見(ぐれんみ)』日和だぜ!」
レンが、大きな重箱と一升瓶を抱えて執務室に転がり込んできた。
「……レン。お前は毎日が祝日みたいなものだが、俺には年度始めの資産計上という重責がある。……その酒、どこから出した。まさか地下の備蓄用か?」
「固いこと言うなよ。ガルムが『部長に内緒で』って最高級のやつを出してくれたんだ。ほら、行くぞ!」
結局、俺――カナデは、強引に連れ出されて紅蓮樹の下にレジャーシートを広げることになった。
緋色の花びらが、雪のように舞い落ちてくる。
「……。……。……風流だな。魔界に来てから、こういう時間は贅沢すぎる気がするが」
「いいんだよ。お前、前世じゃ花見の時期なんて、決算で会社に泊まり込みだっただろ? 俺、いつも窓の外の桜見て、『あー、カナデに見せてやりてーな』って思ってたんだ」
レンがぐいっと酒を煽り、懐かしそうに目を細めた。
その言葉に、俺の記憶の底にある、ビルの隙間から見えた小さなピンク色の景色が蘇る。
「……そうだったな。お前がコンビニで買ってきた、少し硬い団子を二人で夜中のオフィスで食ったのが、俺の最後のお花見だ」
「ガハハ! あったなそんなこと! あの時のお前の顔、死人みたいだったぜ」
「誰のせいだと思っている。お前の経費精算が適当だったせいだろ」
軽口を叩き合いながら、二人でガルム特製の団子を頬張る。
前世では、常に時間に追われ、数字に追われていた。
でも今は、魔王と経理部長という奇妙な肩書きを背負いながらも、流れる時間は驚くほど穏やかだ。
「なぁ、カナデ。……俺さ、もし前世に戻れるボタンがあっても、押さねーと思うわ」
レンが、舞い散る花びらを手で受け止めながら呟いた。
「向こうじゃ俺、ただの役立たずの平社員だったし。……でもここでは、魔王としてこの国を守れるし。何より……」
レンが、受け止めた花びらを、俺の眼鏡のすぐ横、髪の毛の上にそっと乗せた。
「……お前を、独り占めにできるからな」
「…………」
――。
シリアスになりそうな空気を察知し、俺は慌てて酒を一口流し込んだ。
喉が熱い。それが酒のせいなのか、こいつの言葉のせいなのか、計算機にはじき出させるわけにはいかない。
「……独り占め、だと? お前の生活能力の低さを補うために、俺の全リソースが割かれているだけだ。……極めて非効率的な独占欲だな。マイナス三兆ゴールド」
「三兆!? 一気に国が滅びるレベルだろ! ……でも、お前がそうやって数字で怒ってるのを見ると、俺、すげー安心するんだ」
レンが俺の肩に、どっしりと頭を預けてきた。
酒の香りと、暖かい春の風。
「……。……。……酔ったか、バカ魔王」
「んー……。……幸せすぎて、酔ったかもな……」
レンの寝息が聞こえ始める。
俺は預けられた重みに溜息をつきながらも、その温もりを拒むことはしなかった。
前世の、ビルの隙間の桜も悪くはなかったけれど。
この、毒々しいほど赤い花の下で、隣にいるこいつの温度を感じる時間は、どんな贅沢な決算書よりも、俺の心を豊かに満たしてくれた。
「……。……おやすみ、レン。……来年も、……その、……見せてやってもいいぞ」
俺の小さな独り言に、返事はなかった。
でも、握られた俺の服の裾が、少しだけ強く引かれたような気がして。
俺は緋色の空を見上げ、眼鏡の奥で少しだけ目を細めた。
城の中庭では、桜に似た魔界の植物「紅蓮樹(ぐれんじゅ)」が、燃えるような緋色の花を咲かせていた。
「カナデぇ、仕事はもういいだろ! 今日は絶好の『紅蓮見(ぐれんみ)』日和だぜ!」
レンが、大きな重箱と一升瓶を抱えて執務室に転がり込んできた。
「……レン。お前は毎日が祝日みたいなものだが、俺には年度始めの資産計上という重責がある。……その酒、どこから出した。まさか地下の備蓄用か?」
「固いこと言うなよ。ガルムが『部長に内緒で』って最高級のやつを出してくれたんだ。ほら、行くぞ!」
結局、俺――カナデは、強引に連れ出されて紅蓮樹の下にレジャーシートを広げることになった。
緋色の花びらが、雪のように舞い落ちてくる。
「……。……。……風流だな。魔界に来てから、こういう時間は贅沢すぎる気がするが」
「いいんだよ。お前、前世じゃ花見の時期なんて、決算で会社に泊まり込みだっただろ? 俺、いつも窓の外の桜見て、『あー、カナデに見せてやりてーな』って思ってたんだ」
レンがぐいっと酒を煽り、懐かしそうに目を細めた。
その言葉に、俺の記憶の底にある、ビルの隙間から見えた小さなピンク色の景色が蘇る。
「……そうだったな。お前がコンビニで買ってきた、少し硬い団子を二人で夜中のオフィスで食ったのが、俺の最後のお花見だ」
「ガハハ! あったなそんなこと! あの時のお前の顔、死人みたいだったぜ」
「誰のせいだと思っている。お前の経費精算が適当だったせいだろ」
軽口を叩き合いながら、二人でガルム特製の団子を頬張る。
前世では、常に時間に追われ、数字に追われていた。
でも今は、魔王と経理部長という奇妙な肩書きを背負いながらも、流れる時間は驚くほど穏やかだ。
「なぁ、カナデ。……俺さ、もし前世に戻れるボタンがあっても、押さねーと思うわ」
レンが、舞い散る花びらを手で受け止めながら呟いた。
「向こうじゃ俺、ただの役立たずの平社員だったし。……でもここでは、魔王としてこの国を守れるし。何より……」
レンが、受け止めた花びらを、俺の眼鏡のすぐ横、髪の毛の上にそっと乗せた。
「……お前を、独り占めにできるからな」
「…………」
――。
シリアスになりそうな空気を察知し、俺は慌てて酒を一口流し込んだ。
喉が熱い。それが酒のせいなのか、こいつの言葉のせいなのか、計算機にはじき出させるわけにはいかない。
「……独り占め、だと? お前の生活能力の低さを補うために、俺の全リソースが割かれているだけだ。……極めて非効率的な独占欲だな。マイナス三兆ゴールド」
「三兆!? 一気に国が滅びるレベルだろ! ……でも、お前がそうやって数字で怒ってるのを見ると、俺、すげー安心するんだ」
レンが俺の肩に、どっしりと頭を預けてきた。
酒の香りと、暖かい春の風。
「……。……。……酔ったか、バカ魔王」
「んー……。……幸せすぎて、酔ったかもな……」
レンの寝息が聞こえ始める。
俺は預けられた重みに溜息をつきながらも、その温もりを拒むことはしなかった。
前世の、ビルの隙間の桜も悪くはなかったけれど。
この、毒々しいほど赤い花の下で、隣にいるこいつの温度を感じる時間は、どんな贅沢な決算書よりも、俺の心を豊かに満たしてくれた。
「……。……おやすみ、レン。……来年も、……その、……見せてやってもいいぞ」
俺の小さな独り言に、返事はなかった。
でも、握られた俺の服の裾が、少しだけ強く引かれたような気がして。
俺は緋色の空を見上げ、眼鏡の奥で少しだけ目を細めた。
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