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28話
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紅蓮樹の下での穏やかな昼寝から数日。
魔王城の地下最深部、かつて俺たちが転生してきた「召喚の間」から、異常な魔力反応が観測された。
「……レン。見ろ、空間が歪んでいる」
俺――カナデの目の前で、虚空がパチパチと音を立てて裂け、その向こう側に「見覚えのある景色」が映し出されていた。
それは、夜のオフィスビル。蛍光灯の青白い光と、山積みのファイル。そして、俺が飲み残したまま放置されたであろう、コンビニのコーヒーカップ。
『……オォ、異邦の者よ……。時空の歪みが一時的に修復された……。今なら戻れるぞ……元の世界へ……』
どこからともなく、システムのガイドのような声が響く。
元の世界。
俺たちがかつて、文字通り死ぬほど働いていた、あの「日常」だ。
「……帰れる、のか。今、ここを跨げば」
俺は眼鏡を押し上げ、その「裂け目」を凝視した。
隣に立つレンは、珍しく一言も発さず、拳を固く握りしめてゲートを見つめている。
沈黙が流れる。
前世に戻れば、俺はまたエリート経理として安定した(しかし過労死寸前の)生活に戻れる。レンも、冴えない平社員ではあるが、魔王として命を狙われる危険はない。
「……なぁ、カナデ」
レンが、掠れた声で口を開いた。
「お前は……戻りたいか? あっちに行けば、お前の好きなコンビニのアイスも、最新の会計ソフトもあるぜ」
「…………」
俺は、ゲートの向こうの「コーヒーカップ」を見つめ、それから手元の「魔導帳簿」を見た。
そして、ふっと溜息をついた。
「……無理だな。レン、俺は帰らない」
「えっ!? な、なんでだよ!? あんなに不便だって文句言ってたじゃん!」
「計算したんだ。……向こうに戻れば、俺はまた一からのキャリア形成だ。だがこの魔王城には、俺が築き上げた『黒字の資産』と、俺がいなければ三日で倒産する『無能な経営者』がいる」
俺はレンの顔を指差した。
「この魔王城の資産価値、そしてお前という『不良債権』を管理できるのは、全宇宙で俺しかいない。ここで積み上げた信頼残高を捨てて、あんな不味いコーヒーを飲む生活に戻るのは……極めて非効率的だ」
「カナデ…………!」
レンの黄金の瞳が、一気に潤む。
こいつは、俺が「帰る」と言うのが怖くてたまらなかったのだろう。その大きな体が、微かに震えていた。
「……それに。あっちには、お前みたいな『面白すぎる筋肉』は一人もいなかったからな」
「っ……! おう! そうだよな! 俺、あっちに戻ってもお前の役に立てねーもんな!」
レンがいきなり俺を抱き寄せ、ゲートに背を向けた。
「おい、ゲートの主! 聞いたか! 俺たちはここがいいんだよ! お前、営業妨害だぞ、今すぐその穴を閉じろ! さもねーと、俺が物理でぶっ壊すぞ!」
レンが豪快に腕を振り上げると、威圧されたのか、あるいは二人のあまりの「噛み合いっぷり」に呆れたのか、空間の裂け目は『シュン……』と音を立てて消滅した。
地下室には、再び魔界の静寂が戻った。
「……。……。……おい、レン。いつまで抱きついている。……一億ゴールド、減給だ」
「いいよ! 全財産没収されても、お前さえいれば俺は魔王としてやっていけるからな!」
レンが俺の肩に顔を埋め、深く息を吐いた。
その温もりが、ゲートの向こうにあった青白い光よりも、ずっと俺を「生かしている」と実感させてくれる。
「……。……よし、戻るぞ、レン。明日は新年度の予算会議だ」
「おう! まずは俺の『カナデとのデート予算』を五倍に増額するところからだな!」
「却下だ。……バカ魔王」
俺たちは、自分たちが選んだ「新しい家」へと続く階段を、ゆっくりと登り始めた。
計算機では測れない、二人だけの人生。
その帳簿は、これからもここ、魔王城で更新され続けていく。
魔王城の地下最深部、かつて俺たちが転生してきた「召喚の間」から、異常な魔力反応が観測された。
「……レン。見ろ、空間が歪んでいる」
俺――カナデの目の前で、虚空がパチパチと音を立てて裂け、その向こう側に「見覚えのある景色」が映し出されていた。
それは、夜のオフィスビル。蛍光灯の青白い光と、山積みのファイル。そして、俺が飲み残したまま放置されたであろう、コンビニのコーヒーカップ。
『……オォ、異邦の者よ……。時空の歪みが一時的に修復された……。今なら戻れるぞ……元の世界へ……』
どこからともなく、システムのガイドのような声が響く。
元の世界。
俺たちがかつて、文字通り死ぬほど働いていた、あの「日常」だ。
「……帰れる、のか。今、ここを跨げば」
俺は眼鏡を押し上げ、その「裂け目」を凝視した。
隣に立つレンは、珍しく一言も発さず、拳を固く握りしめてゲートを見つめている。
沈黙が流れる。
前世に戻れば、俺はまたエリート経理として安定した(しかし過労死寸前の)生活に戻れる。レンも、冴えない平社員ではあるが、魔王として命を狙われる危険はない。
「……なぁ、カナデ」
レンが、掠れた声で口を開いた。
「お前は……戻りたいか? あっちに行けば、お前の好きなコンビニのアイスも、最新の会計ソフトもあるぜ」
「…………」
俺は、ゲートの向こうの「コーヒーカップ」を見つめ、それから手元の「魔導帳簿」を見た。
そして、ふっと溜息をついた。
「……無理だな。レン、俺は帰らない」
「えっ!? な、なんでだよ!? あんなに不便だって文句言ってたじゃん!」
「計算したんだ。……向こうに戻れば、俺はまた一からのキャリア形成だ。だがこの魔王城には、俺が築き上げた『黒字の資産』と、俺がいなければ三日で倒産する『無能な経営者』がいる」
俺はレンの顔を指差した。
「この魔王城の資産価値、そしてお前という『不良債権』を管理できるのは、全宇宙で俺しかいない。ここで積み上げた信頼残高を捨てて、あんな不味いコーヒーを飲む生活に戻るのは……極めて非効率的だ」
「カナデ…………!」
レンの黄金の瞳が、一気に潤む。
こいつは、俺が「帰る」と言うのが怖くてたまらなかったのだろう。その大きな体が、微かに震えていた。
「……それに。あっちには、お前みたいな『面白すぎる筋肉』は一人もいなかったからな」
「っ……! おう! そうだよな! 俺、あっちに戻ってもお前の役に立てねーもんな!」
レンがいきなり俺を抱き寄せ、ゲートに背を向けた。
「おい、ゲートの主! 聞いたか! 俺たちはここがいいんだよ! お前、営業妨害だぞ、今すぐその穴を閉じろ! さもねーと、俺が物理でぶっ壊すぞ!」
レンが豪快に腕を振り上げると、威圧されたのか、あるいは二人のあまりの「噛み合いっぷり」に呆れたのか、空間の裂け目は『シュン……』と音を立てて消滅した。
地下室には、再び魔界の静寂が戻った。
「……。……。……おい、レン。いつまで抱きついている。……一億ゴールド、減給だ」
「いいよ! 全財産没収されても、お前さえいれば俺は魔王としてやっていけるからな!」
レンが俺の肩に顔を埋め、深く息を吐いた。
その温もりが、ゲートの向こうにあった青白い光よりも、ずっと俺を「生かしている」と実感させてくれる。
「……。……よし、戻るぞ、レン。明日は新年度の予算会議だ」
「おう! まずは俺の『カナデとのデート予算』を五倍に増額するところからだな!」
「却下だ。……バカ魔王」
俺たちは、自分たちが選んだ「新しい家」へと続く階段を、ゆっくりと登り始めた。
計算機では測れない、二人だけの人生。
その帳簿は、これからもここ、魔王城で更新され続けていく。
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