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6話
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お腹がいっぱいになってぐっすり眠った翌日。
トアは、約束通りサフィエルの研究室――『叡智の円塔』を訪れていた。
円塔の内部は、壁一面が本棚で埋め尽くされ、不思議な色をした薬瓶が淡い光を放っている。
セフィリア王国の無機質な魔導室とは違い、ここはどこか、使い込まれた道具の温もりが感じられた。
「やあ、トア。よく来てくれたね。昨夜はよく眠れたかい?」
「はい、サフィエル様。……あの、これ、イザーク様から『研究の合間に食べなさい』って預かってきたお菓子です」
トアが手渡した小箱を見て、サフィエルは眼鏡の奥の瞳を和ませた。
「ふふ、あの堅物な騎士団長も、君のことになると随分とマメになるね。……さて、トア。今日は少しだけ、君の魔力がどんな『光』なのか、一緒に確かめてみようか」
サフィエルはトアをふかふかの椅子に座らせると、テーブルの上に一つの古い魔導ランプを置いた。
そのランプは、芯が折れているわけでもないのに、火が消えかかり、弱々しく明滅している。
「これはね、魔力が枯渇して修復が止まってしまった古い魔導具なんだ。……トア、このランプに、昨日のキリに触れた時みたいに、優しく手を添えてみてくれるかな?」
「僕に……できるでしょうか」
トアは不安げに、けれどサフィエルの穏やかな視線に勇気をもらい、そっとランプの傘に手を触れた。
――温かくなって。
トアが心の内でそう願った瞬間、指先から淡い、すみれ色を混ぜたような黄金の光が漏れ出した。
光はランプの内部へと染み込むように広がっていく。
すると、さっきまで消えかかっていた灯火が、パチッと音を立てて力強く燃え上がった。
「……素晴らしい」
サフィエルが感嘆の声を漏らす。
ランプの明かりは、単に明るくなっただけではない。研究室全体を包み込むその光は、吸い込むだけで心が落ち着き、疲れが抜けていくような、不思議な安らぎに満ちていた。
「君の魔力は、やはり『供給』という言葉だけでは足りないね。……これは『癒やし』であり、『調和』だ。君が触れることで、崩れていた魔力の均衡が整っていくんだよ」
「僕の力が……壊れたものを、直したんですか?」
トアは自分の手を見つめた。
セフィリア王国では「何の役にも立たない」「微弱すぎて測定不能」と捨てられたはずの力が、ここでは、こんなに綺麗な光となって、誰かを驚かせ、喜ばせている。
「そうだよ、トア。君は『無能』なんかじゃない。世界に欠けていた最後のパズルの欠片のような、とても貴い存在なんだ」
サフィエルは、トアの頭を優しく、慈しむように撫でた。
トアの目尻が少しだけ熱くなる。
その時、肩の上でうたた寝をしていたキリが「キュイッ!」と短く鳴き、トアの頬をぺろりと舐めた。
「あはは、キリ、ありがとう。……サフィエル様も、ありがとうございます」
「お礼を言うのは僕の方だよ。……さて、この光が消えないうちに、お茶でも淹れようか。イザークにもらったお菓子を、三人で――いや、キリも入れて四人で分けるとしよう」
サフィエルが淹れてくれた紅茶は、ほんのりと花の香りがして、トアの心にさらに深く染み渡っていった。
自分が誰かの役に立てる。
その事実は、どんな豪華な宝石よりも、今のトアの心を明るく照らしてくれた。
ルベリス帝国での日常は、こうして一歩ずつ、トアの中にあった「哀しみ」を「自信」へと塗り替えていくのだった。
トアは、約束通りサフィエルの研究室――『叡智の円塔』を訪れていた。
円塔の内部は、壁一面が本棚で埋め尽くされ、不思議な色をした薬瓶が淡い光を放っている。
セフィリア王国の無機質な魔導室とは違い、ここはどこか、使い込まれた道具の温もりが感じられた。
「やあ、トア。よく来てくれたね。昨夜はよく眠れたかい?」
「はい、サフィエル様。……あの、これ、イザーク様から『研究の合間に食べなさい』って預かってきたお菓子です」
トアが手渡した小箱を見て、サフィエルは眼鏡の奥の瞳を和ませた。
「ふふ、あの堅物な騎士団長も、君のことになると随分とマメになるね。……さて、トア。今日は少しだけ、君の魔力がどんな『光』なのか、一緒に確かめてみようか」
サフィエルはトアをふかふかの椅子に座らせると、テーブルの上に一つの古い魔導ランプを置いた。
そのランプは、芯が折れているわけでもないのに、火が消えかかり、弱々しく明滅している。
「これはね、魔力が枯渇して修復が止まってしまった古い魔導具なんだ。……トア、このランプに、昨日のキリに触れた時みたいに、優しく手を添えてみてくれるかな?」
「僕に……できるでしょうか」
トアは不安げに、けれどサフィエルの穏やかな視線に勇気をもらい、そっとランプの傘に手を触れた。
――温かくなって。
トアが心の内でそう願った瞬間、指先から淡い、すみれ色を混ぜたような黄金の光が漏れ出した。
光はランプの内部へと染み込むように広がっていく。
すると、さっきまで消えかかっていた灯火が、パチッと音を立てて力強く燃え上がった。
「……素晴らしい」
サフィエルが感嘆の声を漏らす。
ランプの明かりは、単に明るくなっただけではない。研究室全体を包み込むその光は、吸い込むだけで心が落ち着き、疲れが抜けていくような、不思議な安らぎに満ちていた。
「君の魔力は、やはり『供給』という言葉だけでは足りないね。……これは『癒やし』であり、『調和』だ。君が触れることで、崩れていた魔力の均衡が整っていくんだよ」
「僕の力が……壊れたものを、直したんですか?」
トアは自分の手を見つめた。
セフィリア王国では「何の役にも立たない」「微弱すぎて測定不能」と捨てられたはずの力が、ここでは、こんなに綺麗な光となって、誰かを驚かせ、喜ばせている。
「そうだよ、トア。君は『無能』なんかじゃない。世界に欠けていた最後のパズルの欠片のような、とても貴い存在なんだ」
サフィエルは、トアの頭を優しく、慈しむように撫でた。
トアの目尻が少しだけ熱くなる。
その時、肩の上でうたた寝をしていたキリが「キュイッ!」と短く鳴き、トアの頬をぺろりと舐めた。
「あはは、キリ、ありがとう。……サフィエル様も、ありがとうございます」
「お礼を言うのは僕の方だよ。……さて、この光が消えないうちに、お茶でも淹れようか。イザークにもらったお菓子を、三人で――いや、キリも入れて四人で分けるとしよう」
サフィエルが淹れてくれた紅茶は、ほんのりと花の香りがして、トアの心にさらに深く染み渡っていった。
自分が誰かの役に立てる。
その事実は、どんな豪華な宝石よりも、今のトアの心を明るく照らしてくれた。
ルベリス帝国での日常は、こうして一歩ずつ、トアの中にあった「哀しみ」を「自信」へと塗り替えていくのだった。
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