身代わり婚相手が「最推し」だった件。~無表情な副社長の過剰な愛が限界オタクの俺には刺激が強すぎます!~

たら昆布

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18話

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第18話:効率的な同行と、想定外の供給

 土曜日の午後。一条邸の玄関には、冷ややかな空気が張り詰めていた。
 蓮は、腕時計の秒針を鋭い眼差しで見つめ、それから旭へと向き直った。

「あゆみさん。今日は非常にタイトなスケジュールになる。……今から私の仕事場へ同行してもらう。終わったらそのまま、本家での晩餐会へ向かうのが最も効率的だ」

 旭は、淑やかな所作を保ちながらも、内心では激しく動揺していた。
 
(仕事場? 副社長としてのオフィスじゃなくて、今日はたしか『REN』の新作撮影日のはずだ。……まさか、聖域(スタジオ)に俺を連れていくつもりか?)

「一条様、……いえ、蓮さん。私は外で待っておりますが」

「いや、スタジオ内は空調が完備されている。……外で待たせて風邪でも引かれたら、父への面目が立たない。……片隅で椅子を用意させるから、そこで本でも読んでいてくれ」

 蓮は確信していた。
 世俗から切り離されて育った(と思い込んでいる)この「あゆみ」という女性なら、モデル『REN』の派手な姿を見ても、それが夫の秘密の副業だとは結びつけないだろう。
 
 車は都内の地下にある、隠れ家のようなスタジオへと滑り込んだ。
 
 扉を開けた瞬間、旭の鼻腔を突いたのは、ヘアスプレーの鋭い香りと、高出力の照明が焼きつける独特の熱気。
 旭は、スタジオの隅に用意された椅子に、借りてきた猫のように小さく腰掛けた。
 
(……無理。酸素が足りない。ここ、あの有名カメラマンがいつも使うスタジオだ。壁の傷一つとっても、過去の神写真(グラビア)の歴史が刻まれている。……そして、目の前には)
 
 セットの中央。
 蓮は、漆黒のレザーコートを羽織り、髪を大胆にかき上げた「攻撃的な」姿で立っていた。
 顔には、彫りの深さを強調する濃いシェーディング。唇には、血色を消したマットなルージュ。
 
 カシャッ、カシャッ、というシャッター音が、静寂を鋭く刻む。
 
 蓮はカメラのレンズを見つめ、獲物を狙うような鋭利な視線を投げた。
 その豹変ぶりに、周囲のスタッフさえも息を呑むのが分かる。
 
(……一条さんは、知らないんだ。あゆみとしてここに来ている俺が、実はこのブランドの新作発表を、朝の四時からパソコンの前で待機していた限界オタクだっていうことを)
 
 旭は、震える指先でスカートの裾を握りしめた。
 
 蓮は時折、撮影の合間に旭の方へ視線を向ける。
 けれどその瞳は、旭の正体を警戒するものではなかった。
 むしろ「この派手な格好を見て、嫌悪感を抱いていないか」「退屈していないか」と、心配そうに様子を伺っているのだ。
 
「あゆみさん。……驚かせたな。これが私の『仕事』の一つだ」
 
 蓮が小休止の際、旭に近づいてきて、低い声で囁いた。
 レザーの擦れる音。そして、彼の肌から立ち上る、熱い汗と香水の混じり合った濃厚な匂い。
 
「……いえ。蓮さん、とても、お似合いです」
 
 旭は、真っ赤になった顔を伏せるのが精一杯だった。
 
(……お似合いなんてもんじゃない! その角度! その影の入り方! 後の現像で三万ボルトくらいの輝きを放つやつだ!)
 
「そうか。……ならいい。すぐに終わらせる」
 
 蓮は満足げに頷くと、再びセットへ戻っていった。
 彼は最後まで、自分が『REN』として認識されているとは夢にも思っていない。
 ただ、不器用な夫として、妻に自分の「仕事ぶり」を認めてもらったことに安堵しているのだ。
 
 旭は、自分の心臓が肋骨を突き破りそうになるのを必死に抑えながら、この世で最も「情報の非対称性」が激しい、残酷で甘美な時間を噛み締めていた。
 
 身代わりの結婚生活、十八日目の夕暮れ。
 
 旭は、推しの「完璧な油断」と、自分自身の「完璧な知識」の狭間で、瀕死の幸福感を味わいながら、夜の晩餐会という次のミッションに備えるのだった。
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