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24話
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開かれた扉の隙間から、都会の湿った埃と排気ガスの匂いが一気に流れ込んだ。
朝の光はあまりに無機質で、その明るさが、玄関に立ち尽くす二人の「あゆみ」を残酷なほど鮮明に照らし出す。
蓮の指が、ドアノブを掴んだまま白く硬直した。
彼の背中からは、先ほどまでの穏やかな熱量が消え失せ、代わりに冬の氷原を思わせる冷気が立ち上る。
「……あ、旭? まだいたの?」
扉の外に立つ本物の「あゆみ」が、呑気に声を弾ませた。
彼女の香水の甘い香りが、蓮の放つ重厚なサンダルウッドの香りと混ざり合い、不快な不協和音を奏でる。
旭は、自分の指先から感覚が消失していくのを自覚した。
足元のフローリングが、まるで底なしの沼のように柔らかく沈み込んでいく錯覚を覚える。
喉の奥がカラカラに乾き、心臓が肋骨を内側から激しく叩く音だけが、耳の奥で爆音となって鳴り響いた。
蓮がゆっくりと、機械のような正確さで旭へと振り返る。
眼鏡の奥の灰色の瞳。そこにあるのは、燃えるような怒りではなく、深淵のような「無」だった。
「説明を」
その声は低く、そして驚くほど静かだった。
旭は一歩、後ろへ退がった。
背中が冷たい壁に当たり、逃げ場を失ったことを悟る。
蓮の視線が、旭の頭部を覆う精巧なウィッグから、震える肩、そして淑やかさを演じ続けたその指先へと這うように動く。
「一条さん、違うんです。旭はただ、私が頼み込んだから」
本物のあゆみが土足で上がり込み、蓮の腕に縋ろうとした。
蓮はそれを、羽虫を避けるような冷ややかさで拒絶する。
「あゆみさんは、外で待っていてくれ。コンシェルジュに手配させる」
「えっ、でも」
「外だ」
蓮の言葉に含まれた絶対的な拒絶に、姉は息を呑んで口を噤んだ。
バタン。
再び閉ざされた扉の音が、この世の終わりを告げる鐘の音のように聞こえた。
広い廊下に残されたのは、蓮と、偽りの「妻」を演じ続けた旭の二人だけ。
蓮が、旭との距離を詰める。
一歩、また一歩。
革靴が床を叩く硬い音。
旭は呼吸の仕方を忘れ、ただ蓮の影に飲み込まれていく。
蓮の手が伸び、旭の頬の横、壁に激しく打ち付けられた。
ドン。
衝撃が壁を伝い、旭の背骨を震わせる。
蓮の身体から立ち上る、怒りと落胆の混じり合った、熱い体温。
「君は、誰だ」
蓮の顔が、鼻先が触れ合うほどの位置まで迫る。
瞳の中に、自分自身の情けない、偽りの姿が映り込んでいる。
旭は、震える手で自分の後頭部を探った。
ピンを外す。
不快な音を立てて、偽りの茶髪が旭の足元へと落ちた。
露わになったのは、短く切り揃えられた黒髪。
そして、隠し通せなかった「男」の輪郭。
「……瀬戸、旭です。……あゆみの、弟の」
自分の声が、自分のものではないように聞こえた。
蓮は、旭の短い髪を、まるで信じられないものを見るような目で見つめた。
彼の指が、旭の首筋、男特有の鋭いラインを描く喉仏へと滑る。
触れる。
蓮の指先は氷のように冷たいのに、触れられた肌は焼けるように熱い。
蓮の呼吸が荒くなり、旭の首筋に彼の激しい鼓動が伝わってくる。
「……君だったのか。……あの夜、私に抱きしめられていたのは。……私の、……私の心を乱し続けていたのは、君だったのか」
蓮の声には、もはや一条副社長としての威厳はなかった。
そこにあるのは、信じていた世界の裏側に裏切られ、それでもなお、目の前の「熱」を否定しきれない男の、剥き出しの困惑。
蓮の手が、旭の首を絞めるように、あるいは逃がさないように、強く、強く握りしめた。
窓の外、都会の喧騒が遠ざかっていく。
旭は、蓮の瞳の中に宿る、絶望よりも深い「執着」の光を見て、自分の罪の重さと、そして抗いようのない幸福感に、同時にその身を貫かれた。
朝の光はあまりに無機質で、その明るさが、玄関に立ち尽くす二人の「あゆみ」を残酷なほど鮮明に照らし出す。
蓮の指が、ドアノブを掴んだまま白く硬直した。
彼の背中からは、先ほどまでの穏やかな熱量が消え失せ、代わりに冬の氷原を思わせる冷気が立ち上る。
「……あ、旭? まだいたの?」
扉の外に立つ本物の「あゆみ」が、呑気に声を弾ませた。
彼女の香水の甘い香りが、蓮の放つ重厚なサンダルウッドの香りと混ざり合い、不快な不協和音を奏でる。
旭は、自分の指先から感覚が消失していくのを自覚した。
足元のフローリングが、まるで底なしの沼のように柔らかく沈み込んでいく錯覚を覚える。
喉の奥がカラカラに乾き、心臓が肋骨を内側から激しく叩く音だけが、耳の奥で爆音となって鳴り響いた。
蓮がゆっくりと、機械のような正確さで旭へと振り返る。
眼鏡の奥の灰色の瞳。そこにあるのは、燃えるような怒りではなく、深淵のような「無」だった。
「説明を」
その声は低く、そして驚くほど静かだった。
旭は一歩、後ろへ退がった。
背中が冷たい壁に当たり、逃げ場を失ったことを悟る。
蓮の視線が、旭の頭部を覆う精巧なウィッグから、震える肩、そして淑やかさを演じ続けたその指先へと這うように動く。
「一条さん、違うんです。旭はただ、私が頼み込んだから」
本物のあゆみが土足で上がり込み、蓮の腕に縋ろうとした。
蓮はそれを、羽虫を避けるような冷ややかさで拒絶する。
「あゆみさんは、外で待っていてくれ。コンシェルジュに手配させる」
「えっ、でも」
「外だ」
蓮の言葉に含まれた絶対的な拒絶に、姉は息を呑んで口を噤んだ。
バタン。
再び閉ざされた扉の音が、この世の終わりを告げる鐘の音のように聞こえた。
広い廊下に残されたのは、蓮と、偽りの「妻」を演じ続けた旭の二人だけ。
蓮が、旭との距離を詰める。
一歩、また一歩。
革靴が床を叩く硬い音。
旭は呼吸の仕方を忘れ、ただ蓮の影に飲み込まれていく。
蓮の手が伸び、旭の頬の横、壁に激しく打ち付けられた。
ドン。
衝撃が壁を伝い、旭の背骨を震わせる。
蓮の身体から立ち上る、怒りと落胆の混じり合った、熱い体温。
「君は、誰だ」
蓮の顔が、鼻先が触れ合うほどの位置まで迫る。
瞳の中に、自分自身の情けない、偽りの姿が映り込んでいる。
旭は、震える手で自分の後頭部を探った。
ピンを外す。
不快な音を立てて、偽りの茶髪が旭の足元へと落ちた。
露わになったのは、短く切り揃えられた黒髪。
そして、隠し通せなかった「男」の輪郭。
「……瀬戸、旭です。……あゆみの、弟の」
自分の声が、自分のものではないように聞こえた。
蓮は、旭の短い髪を、まるで信じられないものを見るような目で見つめた。
彼の指が、旭の首筋、男特有の鋭いラインを描く喉仏へと滑る。
触れる。
蓮の指先は氷のように冷たいのに、触れられた肌は焼けるように熱い。
蓮の呼吸が荒くなり、旭の首筋に彼の激しい鼓動が伝わってくる。
「……君だったのか。……あの夜、私に抱きしめられていたのは。……私の、……私の心を乱し続けていたのは、君だったのか」
蓮の声には、もはや一条副社長としての威厳はなかった。
そこにあるのは、信じていた世界の裏側に裏切られ、それでもなお、目の前の「熱」を否定しきれない男の、剥き出しの困惑。
蓮の手が、旭の首を絞めるように、あるいは逃がさないように、強く、強く握りしめた。
窓の外、都会の喧騒が遠ざかっていく。
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