勇者パーティーを追放された「生きた宝箱」、無愛想な騎士団長に拾われて宝石のように愛でられる

たら昆布

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9話

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 遠征から戻った翌々日、フィノは騎士団長室の重厚な扉の前に立っていた。
 緊張で指先が少し冷たくなっている。体内空間の「整理棚」は完璧に整っているはずなのに、なぜか胃のあたりがそわそわとして落ち着かない。

「入れ」

 低い声に促されて中に入ると、そこには山のような書類と格闘するウォルターの姿があった。
 彼は顔を上げると、手元にあった小さな革の巾着袋を、無造作に机の端へ置いた。

「……これを受け取れ。フィノ、お前の初給料だ」
「きゅうりょう……?私に、ですか?」

 フィノは、恐る恐るその袋を手に取った。
 ずしりと重い。中を覗くと、鈍い光を放つ銀貨と数枚の金貨が詰まっていた。
 勇者エリックの元にいた頃、フィノに与えられるのは「カビたパン」か、エリックが使い古した「穴の開いた靴下」だけだった。
 お金という、価値を交換するための対価を貰うのは、生まれて初めてのことだ。

「あの、私、何も買えませんよ? 中身を詰めるだけで、使う方法は知らないんです」
「……知っている。お前は物ではなく、一人の団員だ。その金で美味いものを食うなり、自分を飾るなりしろ」
「自分を、飾る……?」
「…………。何でもいい。お前が欲しいと思うものを買え。……分かったら、さっさと行け。今日は非番のはずだ」

 ウォルターは再び書類に目を落としたが、その耳の端がわずかに赤くなっているのを、フィノは見逃さなかった。
 
 団長室を出たフィノは、廊下で待ち構えていたカミルに捕まった。
 
「おっ、貰ったね初任給!どうだいフィノちゃん、王都の市場へ行ってみないか? 俺が案内してあげるよ」
「カミルさん。……あの、私、欲しいものがあります」
「お、いいね。可愛い服?それともお菓子かな?」
「ウォルターさんへの、お礼がしたいんです」

 フィノの真っ直ぐな言葉に、カミルは一瞬だけ呆気に取られた後、耐えきれないといった様子で吹き出した。

「ははは!団長、幸せ者だなぁ。……よし、それなら最高の場所へ連れて行ってあげるよ」

 二人は活気に溢れる王都の中央市場へと繰り出した。
 露店には色とりどりの果物や、異国の香辛料、精巧な細工物が並んでいる。
 フィノは、自分が貰った銀貨の重みを掌で感じながら、熱心に品定めを始めた。

「ウォルターさんは、お料理が好きだから、包丁とかがいいかな」
「うーん、団長は道具にこだわりが強いからね。中途半端なものだと、逆に気を遣わせちゃうかも」
「じゃあ、珍しい食材……?」
「それなら、あっちの露店に『太陽のしずく』と呼ばれる幻のハーブが入荷してるって噂だよ。肉料理の香りを劇的に変えるんだけど、栽培が難しくて滅多に出回らないんだ」

 フィノはカミルに案内され、市場の隅にある小さな薬草店へ向かった。
 そこには、琥珀色の小さな小瓶に入った、不思議な輝きを放つ乾燥ハーブがあった。
 値段を聞くと、フィノが貰った給料の半分以上が飛んでいくような高価なものだったが、フィノは迷わずにそれを購入した。

「……これ、ウォルターさんが喜んでくれるといいな」

 フィノは小瓶を大切に、自分の空間の「特等席」――銀の匙のすぐ隣へと仕舞い込んだ。
 自分の持ち物が増えることが、こんなに誇らしい気持ちになるなんて思わなかった。

 その日の夜。
 騎士団の食堂が静まり返った頃、フィノは調理場で一人、翌日の仕込みをしていたウォルターのもとを訪ねた。

「ウォルターさん。……これ、お返しです」

 フィノは空間から、先ほど買った小瓶を取り出した。
 ウォルターは不思議そうに眉を寄せ、大きな手でそれを受け取る。
 小瓶の中身を確認した瞬間、彼の灰色の瞳が驚愕に大きく見開かれた。

「……これは、『太陽のしずく』か?どうしてこれを……」
「初めてのお給料で買いました。カミルさんに、これが一番いいって教えてもらったんです」
「…………」

 ウォルターは無言で小瓶を見つめていた。
 静寂が調理場を支配する。
 フィノは急に不安になり、指先を弄った。

「あの、やっぱりいりませんでしたか?私、お礼の仕方がよく分からなくて……」
「……違う。そうではない」

 ウォルターの声は、少しだけ震えていた。
 彼は小瓶を握り締めると、ゆっくりとフィノの方を向いた。
 その険しいはずの顔が、見たこともないほど柔らかな、切ないような表情に崩れている。

「お前は、自分のために金を使うべきだったんだ。……それなのに、なぜ俺のために……」
「だって、私が今ここにいられるのは、ウォルターさんが拾ってくれたからです。私の空間に、美味しいものをたくさん詰めてくれたからです」

 フィノは一歩、ウォルターに近づいた。
 
「私はただの箱だけど、今はウォルターさんのための箱になりたいんです。だから……使ってください。私の真心、収納しておいてくれますか?」

 不器用な、けれど純粋なフィノの言葉。
 ウォルターは溜息を吐き、視線を天井へと向けた。
 そして、空いている方の手で、フィノの頭をそっと引き寄せる。
 
 彼の胸板の熱さが、フィノの頬に伝わってくる。
 トクン、トクンと、力強く脈打つ鼓動。

「……お前は、本当にバカな箱だ」
「えへへ、バカでもいいです。団長さんの専属ですから」
「…………そうか」

 ウォルターの腕に、少しだけ力がこもった。
 抱きしめるというには、まだ少し距離がある。
 けれど、二人の間には、昨日よりもずっと確かな絆の香りが漂っていた。

「……明日、このハーブで最高のシチューを作る。……お前が、一番に食え」
「はい! 楽しみにしてます!」

 フィノは、ウォルターの胸元に顔を埋めながら、幸せを噛み締めた。
 お金で買ったのはハーブだけれど、本当に手に入れたのは、この人の隣にいてもいいという、確かな「居場所」だった。

 夜の調理場。
 二人の影が重なり合い、暖炉の火が二人の横顔を優しく照らし出していた。
 フィノの空間には今、誰にも見せられないほどの甘い熱が、大切に仕舞い込まれている。
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