勇者パーティーを追放された「生きた宝箱」、無愛想な騎士団長に拾われて宝石のように愛でられる

たら昆布

文字の大きさ
12 / 21

12話

しおりを挟む
 空の機嫌は、あまりに唐突に損なわれた。
 王都外縁の巡回任務中、先ほどまで穏やかに晴れていた空が、瞬く間に鉛色に塗りつぶされた。激しい風が草原をなでつけ、大粒の雨が地面を叩き始める。

「冷たっ……! 団長さん、急に降ってきましたね」

 フィノは頭の上に台帳を掲げて雨を避けようとしたが、風が強く、みるみるうちに髪が濡れて重くなっていく。
 すぐ隣を歩いていたウォルターは、空を一瞥すると、迷いのない手つきでフィノの細い肩を引き寄せた。

「……あそこに古い建物がある。走れ」

 指し示されたのは、丘の上にひっそりと佇む古い教会だった。
 二人は雨を突き抜けるように走り、重厚な木の扉を押し開けて中に飛び込んだ。

 堂内は、ひんやりとした静寂に包まれていた。
 高い天井に、雨音が激しく反響している。ステンドグラスから差し込む光は弱く、埃が舞う空間はどこか神聖で、それでいてひどく孤独だった。

「ひえぇ、一気に降られましたね。団長さん、大丈夫ですか? ずぶ濡れじゃないですか」
「俺はいい。……それよりお前だ。顔色が悪いぞ」

 ウォルターは、自分の濡れたマントを無造作に脱ぎ捨てると、フィノの前に膝をついた。
 フィノは、魔法生物としての特性上、濡れて体温が奪われると魔力の循環が極端に悪くなる。今も、震えを止めようと肩をすぼめていた。

「……空間から、乾いた布を出せ」
「あ、はい……。ええと、整理棚の三段目に……よいしょ」

 フィノが虚空から厚手のタオルを取り出すと、ウォルターはそれを奪うようにして受け取った。
 そして、まるで壊れ物を扱うような慎重さで、フィノの頭を包み込み、わしゃわしゃと水分を拭い始める。

「団長さん、自分でできますよ」
「黙っていろ。……お前は自分を『箱』だと思っているから、手入れを怠る。主がやるのが筋だ」

 不器用な言葉。
 けれど、タオルの上から伝わるウォルターの手の熱が、フィノの冷えた芯をじわりと溶かしていく。
 ウォルターはフィノの濡れた前髪を指先で分けると、その灰色の瞳でじっとフィノの顔を見つめた。

「……お腹、空いたか」
「……少しだけ」

 フィノが気まずそうに笑うと、ウォルターは小さく溜息を吐いた。
 彼はそのまま、近くの礼拝堂の椅子に腰を下ろすと、自分の隣をぽんぽんと叩く。

「……こい。体温を分ける。魔力供給の代わりだ」

 フィノは、おずおずと彼の隣に座った。
 ウォルターの逞しい腕がフィノの背中に回され、ぐいと引き寄せられる。
 分厚い胸板の熱、革の装備の匂い、そして雨の冷たさが混ざり合い、フィノの五感を支配した。

「あったかい……。団長さん、やっぱり暖炉みたいです」
「……やかましい」

 ぶっきらぼうな返事だが、フィノを抱き寄せる力は、先ほどよりも少しだけ強くなった気がした。
 外の雨音はますます激しくなり、まるで世界に二人きりしかいないような錯覚に陥る。
 フィノは、ウォルターの胸元に顔を埋めたまま、トクン、トクンと規則正しく刻まれる音を聞いていた。

「……ねえ、団長さん。心臓の音、聞こえます」
「…………」
「すごく速いですよ? 団長さんも、雨にびっくりしましたか?」

 フィノが無垢な瞳で見上げると、ウォルターは顔を背けた。
 けれど、フィノの肩に置かれた彼の指先が、微かに震えているのが伝わってきた。

「……お前のせいだ」
「えっ、私のせい? 重かったですか? 中身を整理しなきゃ……」
「そうじゃない。……お前が、あまりにも無防備だからだ」

 ウォルターの声は、雨音に消されそうなほど低かった。
 彼はそのまま、自由な方の手でフィノの頬を包み込んだ。
 親指の腹が、フィノの唇の端を優しくなぞる。
 その眼差しには、厳しい騎士団長の仮面の下に隠された、熱を孕んだ「男」の独占欲が、ほんのわずかだけ溢れ出していた。

「……俺の箱なら、もっと大切に扱え。……中身も、外見も、全部俺が守る。分かったか」
「……はい。全部、ウォルターさんに預けます」

 フィノが真っ直ぐに答えると、ウォルターは呻くように溜息を吐き、そのままフィノの額に自分の額をこつんと預けた。
 重なる鼓動。交じり合う吐息。
 あと数センチ顔を寄せれば、触れ合ってしまいそうな距離。
 フィノの体内空間は、今やかつてないほどの熱量で満たされ、爆発してしまいそうなほどだった。

 ……けれど。

「あの……団長さん。一つ、出していいですか?」
「……なんだ。この空気で、何を出すつもりだ」

 ウォルターが少しだけ掠れた声で問う。
 フィノは、空間からひょいと「小さな紙包み」を取り出した。

「さっきの露店で見つけた、限定のイチゴ大福です。雨が止むまで、一緒に食べませんか?」
「…………」

 ウォルターは、フィノの掌に乗った白くて丸い物体を見て、しばし絶句した。
 張り詰めていた甘い緊張感が、イチゴの甘い香りと共に、ぷつりと切れる。

「……貴様。……今の流れで、なぜそれを出す」
「だって、美味しいものを食べれば元気が出ますから! あ、団長さんの分は特別にイチゴ二個入りです!」
「…………。……半分、よこせ」

 ウォルターは脱力したように笑うと、フィノの差し出した大福を、不器用な手つきで口にした。
 甘酸っぱい味が口の中に広がり、先ほどまでの熱っぽさが、穏やかな幸福感へと変わっていく。

 雨は、まだ止みそうにない。
 けれど、古い教会の中に満ちた温かな空気は、どんな魔法よりも二人を優しく包み込んでいた。

「団長さん、美味しいですか?」
「……ああ。……甘すぎる」

 そう言って笑うウォルターの目は、やっぱり優しくて。
 フィノの空間には、イチゴ大福の甘さと、彼に抱きしめられた時の熱い鼓動が、大切な思い出として新しく収納された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。 鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。 ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。 「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、 「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。 互いを想い合う二人が紡ぐ、溺愛と溺愛の物語。 幼馴染み組もなんかしてます。 ※諸事情により、再掲します。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

【完結】第三王子、ただいま輸送中。理由は多分、大臣です

ナポ
BL
ラクス王子、目覚めたら馬車の中。 理由は不明、手紙一通とパン一個。 どうやら「王宮の空気を乱したため、左遷」だそうです。 そんな理由でいいのか!? でもなぜか辺境での暮らしが思いのほか快適! 自由だし、食事は美味しいし、うるさい兄たちもいない! ……と思いきや、襲撃事件に巻き込まれたり、何かの教祖にされたり、ドタバタと騒がしい!!

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

処理中です...