勇者パーティーを追放された「生きた宝箱」、無愛想な騎士団長に拾われて宝石のように愛でられる

たら昆布

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13話

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 教会での雨宿りから戻った翌朝、フィノの体に異変が起きていた。
 いつもなら飛び起きる時間に目が覚めず、ようやく這い出したものの、視覚がちかちかと点滅している。自分の中心にある「空間」の入り口が、まるで接触不良の魔道具のように不安定に揺れていた。

「お腹に、力が入らないです」

 食堂へ向かう廊下で、フィノは壁に手をついて立ち止まった。
 体内空間を維持する魔力は、食事による補給と睡眠、そして主との絆によって保たれる。昨日の激しい雨で体温を奪われ、さらに感情が大きく揺れ動いたことで、フィノの魔力残量は限界を迎えていた。

「おっと、フィノちゃん。顔色が真っ白だよ。これは電池切れだね」

 通りかかったカミルが、慌ててフィノの肩を支えた。
 フィノの肌は驚くほど冷たくなっており、髪からもいつも放っている柔らかな魔力の光が消えかかっている。

「カミルさん。なんか、お腹の中がスカスカして、収納してるものがこぼれちゃいそうで」
「それは危ないな。中身が強制排出されたら、団舎が荷物で埋まっちゃうよ。よし、今すぐ団長のところに行こう。主からの直接供給が必要だ」

 カミルに半ば抱えられるようにして、フィノは団長室へと運ばれた。
 扉が勢いよく開くと、そこには遠征の報告書を整理していたウォルターがいた。彼はフィノの衰弱した姿を見るなり、椅子を蹴立てて立ち上がった。

「フィノ! 何があった」
「魔力枯渇ですよ、団長。昨日の雨が堪えたみたいです。この子、魔法生物の亜種だから、主とのパスが細くなると機能停止しちゃうんですよ」

 ウォルターは無言でフィノの細い腕を掴んだ。
 その手の熱さが、今のフィノには眩しいほどだった。ウォルターは眉間に深い皺を刻み、カミルを鋭い眼光で射抜く。

「供給の方法は」
「普通は手を握るだけでもいいんですけど、今のフィノちゃんはかなり深刻だね。効率よくやるなら、もっと肌の面積を広く合わせて。そう、抱きしめるとか、うなじに直接魔力を流し込むとか。まあ、俺が代わりに見本を見せてあげてもいいですけど?」

 カミルが冗談めかしてフィノの背中に手を回そうとした瞬間、室内の空気が一変した。
 ウォルターから放たれた圧力が、物理的な重圧となってカミルを押し返す。

「貴様、誰に触れようとしている」
「わわっ、冗談ですよ団長!殺気、殺気が出てますって!」

 ウォルターはカミルを追い出すように睨みつけると、フィノを抱き上げ、執務室の奥にある休憩用のソファに横たわらせた。
 カミルは「お幸せに」と小声で言い残し、素早く扉を閉めて退散した。

 静まり返った室内で、ウォルターは膝をついてフィノと視線を合わせた。
 彼の大きな掌が、フィノの頬を包み込む。

「フィノ。気分はどうだ」
「頭の中が、ふわふわします。団長さんの手が、すごく熱いです」
「魔力を流す。少し我慢しろ」

 ウォルターは、フィノの小さな体を自分の方へと引き寄せた。
 彼の腕がフィノの背中に回され、胸元に顔を埋めさせるようにして強く抱きしめる。
 昨日、教会で雨宿りした時とは違う、目的を持った明確な接触。
 ウォルターの体内から溢れ出す強大な魔力が、肌を通じてフィノの中へと流れ込んでくる。

 フィノは、あまりの熱量に小さく息を呑んだ。
 冷え切っていた空間が、一気に熱いお湯で満たされていくような感覚。
 ウォルターの魔力は、彼本人の性格と同じように重厚で、けれど驚くほどに温かくて優しい。
 フィノは、溢れる熱に浮かされながら、無意識にウォルターの服の胸元をぎゅっと握りしめた。

「団長さん。いっぱい、入ってきます」
「喋るな。集中しろ。お前の空間の、隅々まで行き渡らせるんだ」

 ウォルターの低い声が、鼓膜を震わせる。
 彼はフィノのうなじに顔を埋め、そこから直接、魔力の奔流を注ぎ込んでいた。
 首筋に触れる彼の呼気。重なる心音。
 魔力供給という名目のもと、二人の境界線がとろとろと溶けて混ざり合っていく。

 やがて、フィノの瞳に金貨のような輝きが戻り、顔色が桜色に染まっていった。
 空間の不安定な揺れも収まり、収納物は以前よりもさらに強固な結界で守られている。
 供給が完了しても、ウォルターはしばらくフィノを離そうとはしなかった。

「フィノ」
「はい。もう、大丈夫です。お腹いっぱいになりました」

 フィノが少し名名残惜しそうに腕を解くと、ウォルターはようやく体を離した。
 彼の灰色の瞳には、まだ収まりきらない熱と、そして得体の知れない暗い色が混ざり合っている。

「カミルに、二度と触らせるな」
「えっ?カミルさん、いつも親切ですよ?」
「そういう問題ではない。お前は、俺の箱だと言ったはずだ。他の男に中身を覗かせるような真似は、俺が許さん」

 それは、主としての独占欲というには、あまりにも個人的な響きを含んでいた。
 ウォルターは、自分の言葉の重さに気づいたのか、すぐに顔を背けて立ち上がった。

「体力が戻ったなら、すぐに訓練に戻れ。中身の整理が滞ると、騎士団の運営に障る」
「団長さん」

 フィノは、ソファの上に座り直して、自分を避けるように背中を向けた主を呼び止めた。

「独り占め、嬉しいです」
「なっ……!」
「私も、ウォルターさん以外の魔力はいりません。だって、ウォルターさんの熱が、一番私の空間に馴染むんですもん」

 フィノは立ち上がり、ウォルターの背中にそっと自分の額を預けた。
 鋼のような筋肉。その下に隠された、不器用で、ひどく純情な鼓動。

「バカ者が。さっさと行け」

 ウォルターの声は、照れ隠しで少しだけ裏返っていた。
 フィノはくすくすと笑いながら、今度は自分の空間から、お返しの魔力を込めた小さなクッキーを一つ取り出した。

「これ、お礼です。団長さんの魔力のおかげで、昨日よりも甘くなってますよ」

 ウォルターは、差し出されたクッキーを不機嫌そうに、けれど大切そうに受け取った。
 フィノが団長室を出た後、彼がそのクッキーを一口で食べ、熱くなった顔を両手で覆ったことを、フィノはまだ知らない。

 供給された魔力は、フィノの体内空間の奥深くに、消えない熱となって居座り続けた。
 恋の種は、主からの真っ直ぐな供給を受けて、ゆっくりと、けれど着実に根を伸ばし始めていた。
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