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14話
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魔力供給を終えた翌日の午後は、抜けるような青空が広がっていた。
団長室の大きな窓から差し込む陽光を背に、カミルがわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「団長、困りました。明日の祝宴に使う特別な果実とスパイス、卸問屋の手違いで届いていないんです」
「……なんだと」
執務机でペンを走らせていたウォルターが、鋭い視線を上げた。
カミルは手元の書類をパタパタと扇ぎながら、困り顔を崩さない。
「僕が今すぐ行ければいいんですけど、午後は騎士団の予算会議があって。……あ、そうだ。フィノちゃん、君なら空間にたくさん詰め込めるよね? 団長、護衛も兼ねて二人で行ってきてもらえませんか」
「俺が行く必要はない。適当な団員を――」
「ダメですよ、団長。エリックの件もあります。フィノちゃんを一人で出すのは危険ですし、何より『太陽のしずく』を使いこなす団長の目利きがないと、いい食材は選べません」
カミルの正論に、ウォルターは沈黙した。
隣で話を聞いていたフィノは、金貨のように瞳を輝かせて身を乗り出す。
「団長さんとお買い物ですか?私、準備はバッチリです! 中身もすっかり空けてきました」
「…………。……一刻で済ませるぞ。カミル、会議の準備を怠るな」
ウォルターは不機嫌そうに席を立ったが、その手はすでに外出用のマントに伸びていた。
カミルが背後で「いってらっしゃい」と小さく手を振ったのを、二人は気づかずに部屋を出た。
王都の中央広場から続く目抜き通りは、祭りの前日のような活気に満ち溢れていた。
石畳の両脇には色とりどりの天幕が並び、鼻腔をくすぐるのは焼きたてのパンの香ばしさと、異国のスパイスが混ざり合った独特の匂いだ。
「わあ、すごいです!団長さん、あっちには大きな林檎が並んでますよ」
「走るな。迷子になれば、そのまま市場の守衛所に収納されることになるぞ」
ウォルターはぶっきらぼうに言いながらも、人混みからフィノを守るように、さりげなく背後に手を回した。
彼の大きな体躯は、歩く壁のようにフィノの周囲に安全な空間を作り出している。
フィノは、その逞しい腕の隙間から、並べられた商品を物珍しそうに眺めた。
「団長さん、あのお店。……なんだかみんな、楽しそうですね」
フィノが指差したのは、恋人たちが多く集まる装飾品店だった。
今は恋の季節なのか、街には腕を組んだカップルの姿が目立つ。
ウォルターは店先に飾られた「永遠を誓う銀の首飾り」という看板を一瞥し、途端に苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……ただのガラクタだ。実用性のない金属など、収納の邪魔になるだけだ」
「そうですか? キラキラしてて、私は綺麗だと思いますけど」
「…………。さっさと食材を揃えるぞ」
ウォルターはフィノの手首を掴み、強引に奥の青果店へと誘った。
店先に並ぶ最高級の「緋色の果実」を見極める彼の目は、戦場の敵を査定する時よりも真剣だ。
ウォルターが厳選した食材を、フィノが次々と体内空間へ飲み込んでいく。
「整理棚の五番目に収納しました!これで鮮度は完璧です」
「よし。……次はハーブの店だ」
買い出しは順調に進んだ。
予定の品をすべて詰め終える頃には、陽が傾き始め、市場全体がオレンジ色の柔らかな光に包まれていた。
「団長さん、今日はありがとうございました。……あ、お礼に、あそこの串焼き、食べませんか? すごくいい匂いがします」
フィノがおねだりするように見上げると、ウォルターは溜息を吐きつつも、懐から銀貨を取り出した。
香ばしいタレの匂いが漂う露店で、熱々の肉串を二本購入する。
「熱いから気をつけろ。……お前はすぐ火傷する」
「はふっ、ふーふー……。おいしい! お肉が弾けてます!」
幸せそうに頬を膨らませるフィノを眺めながら、ウォルターも自分の串を口にした。
その時、隣を通りかかった露店の店主が、二人の姿を見て威勢よく声をかけた。
「おい、そこの仲のいい旦那方! 今だけ『恋人の日』の限定スイーツ、一個の値段で二個オマケしてるよ! 愛し合う二人には、甘い苺の砂糖菓子が一番だ」
その言葉に、フィノは首を傾げた。
「恋人? 私と団長さんのことですか?」
「ああ、そうだとも!その距離感、お互いを気遣う目つき。長年連れ添った夫婦のようじゃないか」
「なっ――!貴様、何をデタラメを!」
ウォルターが雷のような声を上げたが、店主は「照れなくていいよ!」と豪快に笑い、紙包みを一つフィノに押し付けた。
「これはサービスだ!仲良く分けなよ、可愛い坊や」
「ありがとうございます!……団長さん、良かったですね。一個オマケですって」
フィノが屈託のない笑顔を向けると、ウォルターは沸騰した薬缶のように顔を真っ赤にして固まった。
彼は言葉を失い、逃げるように早歩きで広場を去っていく。
「あ、待ってください団長さん!砂糖菓子、溶けちゃいますよ!」
フィノは慌ててその後を追った。
自分の空間の中にある「大切なもの棚」には、今しがた貰った砂糖菓子と、そしてウォルターが真っ赤になって慌てた貴重な表情が、新しく仕舞い込まれた。
団舎へ戻る道すがら、二人の間には心地よい静寂が流れた。
市場の喧騒は遠ざかり、夕闇が王都を静かに飲み込んでいく。
「……フィノ」
「はい?」
「……さっきの菓子、一つよこせ。……主としての毒見だ」
背中を向けたまま、ウォルターが手を差し出した。
フィノは笑みを零し、空間から取り出した甘い砂糖菓子を、彼の大きな掌にそっと乗せた。
「毒なんて入ってませんよ。……団長さんへの大好きがいっぱい入ってるだけです」
「…………。……黙って歩け。バカ者が」
ウォルターの声は低く、けれど確かに震えていた。
二人の影が石畳の上で長く伸び、一つに重なり合う。
団長室の大きな窓から差し込む陽光を背に、カミルがわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「団長、困りました。明日の祝宴に使う特別な果実とスパイス、卸問屋の手違いで届いていないんです」
「……なんだと」
執務机でペンを走らせていたウォルターが、鋭い視線を上げた。
カミルは手元の書類をパタパタと扇ぎながら、困り顔を崩さない。
「僕が今すぐ行ければいいんですけど、午後は騎士団の予算会議があって。……あ、そうだ。フィノちゃん、君なら空間にたくさん詰め込めるよね? 団長、護衛も兼ねて二人で行ってきてもらえませんか」
「俺が行く必要はない。適当な団員を――」
「ダメですよ、団長。エリックの件もあります。フィノちゃんを一人で出すのは危険ですし、何より『太陽のしずく』を使いこなす団長の目利きがないと、いい食材は選べません」
カミルの正論に、ウォルターは沈黙した。
隣で話を聞いていたフィノは、金貨のように瞳を輝かせて身を乗り出す。
「団長さんとお買い物ですか?私、準備はバッチリです! 中身もすっかり空けてきました」
「…………。……一刻で済ませるぞ。カミル、会議の準備を怠るな」
ウォルターは不機嫌そうに席を立ったが、その手はすでに外出用のマントに伸びていた。
カミルが背後で「いってらっしゃい」と小さく手を振ったのを、二人は気づかずに部屋を出た。
王都の中央広場から続く目抜き通りは、祭りの前日のような活気に満ち溢れていた。
石畳の両脇には色とりどりの天幕が並び、鼻腔をくすぐるのは焼きたてのパンの香ばしさと、異国のスパイスが混ざり合った独特の匂いだ。
「わあ、すごいです!団長さん、あっちには大きな林檎が並んでますよ」
「走るな。迷子になれば、そのまま市場の守衛所に収納されることになるぞ」
ウォルターはぶっきらぼうに言いながらも、人混みからフィノを守るように、さりげなく背後に手を回した。
彼の大きな体躯は、歩く壁のようにフィノの周囲に安全な空間を作り出している。
フィノは、その逞しい腕の隙間から、並べられた商品を物珍しそうに眺めた。
「団長さん、あのお店。……なんだかみんな、楽しそうですね」
フィノが指差したのは、恋人たちが多く集まる装飾品店だった。
今は恋の季節なのか、街には腕を組んだカップルの姿が目立つ。
ウォルターは店先に飾られた「永遠を誓う銀の首飾り」という看板を一瞥し、途端に苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……ただのガラクタだ。実用性のない金属など、収納の邪魔になるだけだ」
「そうですか? キラキラしてて、私は綺麗だと思いますけど」
「…………。さっさと食材を揃えるぞ」
ウォルターはフィノの手首を掴み、強引に奥の青果店へと誘った。
店先に並ぶ最高級の「緋色の果実」を見極める彼の目は、戦場の敵を査定する時よりも真剣だ。
ウォルターが厳選した食材を、フィノが次々と体内空間へ飲み込んでいく。
「整理棚の五番目に収納しました!これで鮮度は完璧です」
「よし。……次はハーブの店だ」
買い出しは順調に進んだ。
予定の品をすべて詰め終える頃には、陽が傾き始め、市場全体がオレンジ色の柔らかな光に包まれていた。
「団長さん、今日はありがとうございました。……あ、お礼に、あそこの串焼き、食べませんか? すごくいい匂いがします」
フィノがおねだりするように見上げると、ウォルターは溜息を吐きつつも、懐から銀貨を取り出した。
香ばしいタレの匂いが漂う露店で、熱々の肉串を二本購入する。
「熱いから気をつけろ。……お前はすぐ火傷する」
「はふっ、ふーふー……。おいしい! お肉が弾けてます!」
幸せそうに頬を膨らませるフィノを眺めながら、ウォルターも自分の串を口にした。
その時、隣を通りかかった露店の店主が、二人の姿を見て威勢よく声をかけた。
「おい、そこの仲のいい旦那方! 今だけ『恋人の日』の限定スイーツ、一個の値段で二個オマケしてるよ! 愛し合う二人には、甘い苺の砂糖菓子が一番だ」
その言葉に、フィノは首を傾げた。
「恋人? 私と団長さんのことですか?」
「ああ、そうだとも!その距離感、お互いを気遣う目つき。長年連れ添った夫婦のようじゃないか」
「なっ――!貴様、何をデタラメを!」
ウォルターが雷のような声を上げたが、店主は「照れなくていいよ!」と豪快に笑い、紙包みを一つフィノに押し付けた。
「これはサービスだ!仲良く分けなよ、可愛い坊や」
「ありがとうございます!……団長さん、良かったですね。一個オマケですって」
フィノが屈託のない笑顔を向けると、ウォルターは沸騰した薬缶のように顔を真っ赤にして固まった。
彼は言葉を失い、逃げるように早歩きで広場を去っていく。
「あ、待ってください団長さん!砂糖菓子、溶けちゃいますよ!」
フィノは慌ててその後を追った。
自分の空間の中にある「大切なもの棚」には、今しがた貰った砂糖菓子と、そしてウォルターが真っ赤になって慌てた貴重な表情が、新しく仕舞い込まれた。
団舎へ戻る道すがら、二人の間には心地よい静寂が流れた。
市場の喧騒は遠ざかり、夕闇が王都を静かに飲み込んでいく。
「……フィノ」
「はい?」
「……さっきの菓子、一つよこせ。……主としての毒見だ」
背中を向けたまま、ウォルターが手を差し出した。
フィノは笑みを零し、空間から取り出した甘い砂糖菓子を、彼の大きな掌にそっと乗せた。
「毒なんて入ってませんよ。……団長さんへの大好きがいっぱい入ってるだけです」
「…………。……黙って歩け。バカ者が」
ウォルターの声は低く、けれど確かに震えていた。
二人の影が石畳の上で長く伸び、一つに重なり合う。
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