1 / 20
1話
しおりを挟む
「……これが、我が国からの『誠意』にございます。どうぞ、お好きなようにお使いください」
冷え切った石造りの謁見の間。
僕、ユキは、冷たい床に膝をついたまま、震える肩を抱きしめていた。
顔を上げることは許されない。
僕をここに連れてきた神殿長の声は、まるで使い古された道具を処分するかのような、ひどく無機質な響きだった。
「聖子だと聞いていたが。……ずいぶんと細いな。折れてしまいそうだ」
頭上から降ってきたのは、低く、地響きのように重厚な男の声。
その圧倒的な圧力に、僕の身体は本能的に強張った。
ヴォルフ・ザハト。
隣国、ザハト帝国の若き皇帝。
戦場では返り血を浴びて笑う「狂犬」と恐れられ、その魔力は一国を滅ぼすほどだと言われている。
魔力を持たない「無能」の僕が、そんな恐ろしい人の前に差し出された理由は、ただ一つ。
生贄だ。
「……ユキ、と申します。陛下」
喉の奥が引き攣り、消え入りそうな声で答える。
すると、軍靴の足音がゆっくりと近づいてきた。
黒いブーツが視界に入り、逃げ場のない絶望が胸を締め付ける。
ぐい、と顎を乱暴に持ち上げられた。
「っ……!」
無理やり視線を合わされた先には、氷のように冷徹な、けれど燃えるような意志を秘めた碧眼があった。
プラチナブロンドの髪が、シャンデリアの光を反射して鋭く輝いている。
ヴォルフ皇帝――その人だ。
「ふむ……。不全、と言っていたな。魔力が枯渇しているという話だが、どうしてこれほど甘く匂い立つ?」
「え……?」
ヴォルフの顔が、僕の首筋に近づく。
吸い込まれるような深い呼吸。
その熱い吐息が肌に触れた瞬間、僕の身体の中に眠っていたはずの「熱」が、ドクンと大きく跳ねた。
おかしい。
僕には魔力がないはずだ。
それなのに、この人に触れられている場所から、火傷しそうなほどの熱が全身に回っていく。
「……くっ、ああ……」
「ほう。指先一つ触れただけで、そんな声を出すのか」
ヴォルフの瞳が、獲物を見つけた獣のように細められた。
「神殿長。この小僧は私が貰い受ける。貴様らの国への進軍は、当面の間、見合わせてやろう」
「は、ははっ! ありがとうございます、陛下!」
神殿長は僕のことなど一度も見返さず、逃げるように去っていった。
残されたのは、広大な空間に僕と、この「狂犬」だけ。
ヴォルフは僕を抱きしめるでもなく、首筋を大きな手で掴んだまま、耳元で低く囁いた。
「おい、ユキ。お前は今日から、私の呪いを鎮めるための『器』だ。……拒否権などない。その身体で、私を満足させてみせろ」
「……器、ですか……?」
「そうだ。私の魔力は強すぎる。……だが、お前に触れると、不思議と苛立ちが収まる。お前の身体が、私の毒を吸い取ってくれるようだ」
彼の指が、僕の鎖骨をなぞる。
それだけで、頭の芯が痺れるような快感が走った。
神殿の地下で、ずっと「無能」と蔑まれ、誰にも触れられずに生きてきた僕にとって、この刺激はあまりにも毒が強すぎた。
「ひ……あ、ああ……っ」
「……いい声だ。まだ何もしていないというのに」
ヴォルフは僕を軽々と横抱きにすると、そのまま奥にある皇帝専用の寝所へと歩き出した。
「陛下、待って……。僕は、そんな、心の準備が……」
「準備だと? 無用だ。お前の身体が、これほど欲しがっている」
彼が僕の胸元に手を差し入れる。
素肌に触れる大きな掌。その圧倒的な雄としての質量に、僕は抗うことができない。
僕の中の魔力が、彼を求めて暴走を始めていた。
大きなベッドに投げ出され、視界が揺れる。
ヴォルフは上着を脱ぎ捨て、筋骨逞しい胸板を露わにした。
その身体から立ち昇る魔力の波動は、凶暴で、それでいてひどく孤独に見えた。
「ユキ。お前が『無能』であったことに感謝しろ。……でなければ、初夜で壊してしまうところだった」
「っ……そんな、乱暴な……」
「乱暴? ……いいや、これは『食事』だ。私の飢えを、お前で満たせ」
覆いかぶさってきた彼の重みに、僕は息を呑む。
ヴォルフの唇が、僕の唇を強引に塞いだ。
酸素を奪い、支配するような深い口づけ。
「ん……んんっ……!」
舌が絡み合い、互いの熱が混ざり合う。
その瞬間、僕の視界は真っ白に染まった。
身体の奥底から溢れ出す、今まで知らなかった甘美な衝動。
(ああ……僕は、この人のために生まれてきたのかもしれない)
そんな恐ろしい予感が、脳裏をよぎった。
狂犬皇帝に囚われた、最初の夜。
僕の平穏だった日々は、その激しい情熱によって、跡形もなく焼き尽くされていった――。
冷え切った石造りの謁見の間。
僕、ユキは、冷たい床に膝をついたまま、震える肩を抱きしめていた。
顔を上げることは許されない。
僕をここに連れてきた神殿長の声は、まるで使い古された道具を処分するかのような、ひどく無機質な響きだった。
「聖子だと聞いていたが。……ずいぶんと細いな。折れてしまいそうだ」
頭上から降ってきたのは、低く、地響きのように重厚な男の声。
その圧倒的な圧力に、僕の身体は本能的に強張った。
ヴォルフ・ザハト。
隣国、ザハト帝国の若き皇帝。
戦場では返り血を浴びて笑う「狂犬」と恐れられ、その魔力は一国を滅ぼすほどだと言われている。
魔力を持たない「無能」の僕が、そんな恐ろしい人の前に差し出された理由は、ただ一つ。
生贄だ。
「……ユキ、と申します。陛下」
喉の奥が引き攣り、消え入りそうな声で答える。
すると、軍靴の足音がゆっくりと近づいてきた。
黒いブーツが視界に入り、逃げ場のない絶望が胸を締め付ける。
ぐい、と顎を乱暴に持ち上げられた。
「っ……!」
無理やり視線を合わされた先には、氷のように冷徹な、けれど燃えるような意志を秘めた碧眼があった。
プラチナブロンドの髪が、シャンデリアの光を反射して鋭く輝いている。
ヴォルフ皇帝――その人だ。
「ふむ……。不全、と言っていたな。魔力が枯渇しているという話だが、どうしてこれほど甘く匂い立つ?」
「え……?」
ヴォルフの顔が、僕の首筋に近づく。
吸い込まれるような深い呼吸。
その熱い吐息が肌に触れた瞬間、僕の身体の中に眠っていたはずの「熱」が、ドクンと大きく跳ねた。
おかしい。
僕には魔力がないはずだ。
それなのに、この人に触れられている場所から、火傷しそうなほどの熱が全身に回っていく。
「……くっ、ああ……」
「ほう。指先一つ触れただけで、そんな声を出すのか」
ヴォルフの瞳が、獲物を見つけた獣のように細められた。
「神殿長。この小僧は私が貰い受ける。貴様らの国への進軍は、当面の間、見合わせてやろう」
「は、ははっ! ありがとうございます、陛下!」
神殿長は僕のことなど一度も見返さず、逃げるように去っていった。
残されたのは、広大な空間に僕と、この「狂犬」だけ。
ヴォルフは僕を抱きしめるでもなく、首筋を大きな手で掴んだまま、耳元で低く囁いた。
「おい、ユキ。お前は今日から、私の呪いを鎮めるための『器』だ。……拒否権などない。その身体で、私を満足させてみせろ」
「……器、ですか……?」
「そうだ。私の魔力は強すぎる。……だが、お前に触れると、不思議と苛立ちが収まる。お前の身体が、私の毒を吸い取ってくれるようだ」
彼の指が、僕の鎖骨をなぞる。
それだけで、頭の芯が痺れるような快感が走った。
神殿の地下で、ずっと「無能」と蔑まれ、誰にも触れられずに生きてきた僕にとって、この刺激はあまりにも毒が強すぎた。
「ひ……あ、ああ……っ」
「……いい声だ。まだ何もしていないというのに」
ヴォルフは僕を軽々と横抱きにすると、そのまま奥にある皇帝専用の寝所へと歩き出した。
「陛下、待って……。僕は、そんな、心の準備が……」
「準備だと? 無用だ。お前の身体が、これほど欲しがっている」
彼が僕の胸元に手を差し入れる。
素肌に触れる大きな掌。その圧倒的な雄としての質量に、僕は抗うことができない。
僕の中の魔力が、彼を求めて暴走を始めていた。
大きなベッドに投げ出され、視界が揺れる。
ヴォルフは上着を脱ぎ捨て、筋骨逞しい胸板を露わにした。
その身体から立ち昇る魔力の波動は、凶暴で、それでいてひどく孤独に見えた。
「ユキ。お前が『無能』であったことに感謝しろ。……でなければ、初夜で壊してしまうところだった」
「っ……そんな、乱暴な……」
「乱暴? ……いいや、これは『食事』だ。私の飢えを、お前で満たせ」
覆いかぶさってきた彼の重みに、僕は息を呑む。
ヴォルフの唇が、僕の唇を強引に塞いだ。
酸素を奪い、支配するような深い口づけ。
「ん……んんっ……!」
舌が絡み合い、互いの熱が混ざり合う。
その瞬間、僕の視界は真っ白に染まった。
身体の奥底から溢れ出す、今まで知らなかった甘美な衝動。
(ああ……僕は、この人のために生まれてきたのかもしれない)
そんな恐ろしい予感が、脳裏をよぎった。
狂犬皇帝に囚われた、最初の夜。
僕の平穏だった日々は、その激しい情熱によって、跡形もなく焼き尽くされていった――。
32
あなたにおすすめの小説
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
美澄の顔には抗えない。
米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け
高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。
※なろう、カクヨムでも掲載中です。
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる