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10話
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その朝、ゼノスは国境付近で起きた魔獣の暴走を鎮圧するため、急遽、帝都を離れることになった。
エリュシオンの額に深い接吻を残し、ゼノスは苦々しげに言い残した。
「三日で戻る。離宮から一歩も出るな。カイン、この者に指一本触れさせるなよ」
それが、ゼノスとのしばしの別れになるとは。
エリュシオンは、嵐が去った後のような静かな離宮で、自分の胸元に残された熱い痕をなぞりながら、主の帰りを待っていた。
しかし、二日目の夜。
カインが緊急の伝令で呼び出され、守備が手薄になった隙を突くように、「それ」はやってきた。
「エリュシオン様、失礼いたします。陛下より、至急の言伝を預かって参りました」
部屋に入ってきたのは、見慣れぬ文官の男だった。
男が差し出した書状には、ゼノスの紋章が刻印されている。だが、エリュシオンがそれに触れようとした瞬間――。
バキィィィッ!
書状から放たれたどす黒い魔力が、エリュシオンの手首を縛り上げた。
「なっ……あぁっ!?」
「捕らえろ! 陛下を惑わす呪いの種、氷の化け物を!」
背後の闇から、軍部の過激派と見られる魔導師たちが次々と現れた。
彼らはエリュシオンを包囲し、特殊な「魔力封じ」の結界を展開する。
「やめて、ください……ゼノス……ゼノスっ!」
「無駄だ。陛下は今頃、遠い国境で我々が放った魔獣の群れと戦っている。お前の声など届きはしない」
男たちはエリュシオンの銀髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
その瞳には、かつて地下牢で向けられていたものと同じ、人間を道具としか見ない冷酷な光が宿っている。
「聖子の力……これを帝国の魔導兵器の核にする。無能と蔑まれていたゴミが、ようやく国の役に立つ時が来たのだ。光栄に思え」
「嫌だ……触らないで……っ!」
エリュシオンの心の中で、恐怖が爆発した。
同時に、体内の氷の魔力が猛烈に膨れ上がる。
だが、首につけられた拘束具が、その力を強制的にエリュシオン自身の肉体へと跳ね返した。
「ぐ、ぅあぁぁぁっ……!!」
内側から凍りつくような激痛。
あまりの苦しみにエリュシオンの意識が遠のいていく中、男たちは彼を乱暴に黒い馬車へと放り込んだ。
冷たい床に転がされたエリュシオンの脳裏に、最後に浮かんだのはゼノスの黄金の瞳だった。
『お前は、ただ俺の腕の中で溶けていればいいんだ』
――ごめんなさい、ゼノス。
――僕、また……暗い場所に、戻るみたいだ……。
馬車の車輪が、不吉な音を立てて動き出す。
エリュシオンを乗せた馬車は、皇宮の裏口から闇に紛れて走り去っていった。
数時間後。
異変を察知して血相を変えて戻ってきたカインが見たのは、無残に荒らされた離宮の寝室と、床に落ちたエリュシオンのサファイアの首飾りだけだった。
「なんという……陛下が戻られたら、この帝都は血の海に沈むぞ……」
カインの震える声が、静寂の離宮に虚しく響いた。
聖子を奪われた野獣の怒りが、世界を焼き尽くそうとしていた。
エリュシオンの額に深い接吻を残し、ゼノスは苦々しげに言い残した。
「三日で戻る。離宮から一歩も出るな。カイン、この者に指一本触れさせるなよ」
それが、ゼノスとのしばしの別れになるとは。
エリュシオンは、嵐が去った後のような静かな離宮で、自分の胸元に残された熱い痕をなぞりながら、主の帰りを待っていた。
しかし、二日目の夜。
カインが緊急の伝令で呼び出され、守備が手薄になった隙を突くように、「それ」はやってきた。
「エリュシオン様、失礼いたします。陛下より、至急の言伝を預かって参りました」
部屋に入ってきたのは、見慣れぬ文官の男だった。
男が差し出した書状には、ゼノスの紋章が刻印されている。だが、エリュシオンがそれに触れようとした瞬間――。
バキィィィッ!
書状から放たれたどす黒い魔力が、エリュシオンの手首を縛り上げた。
「なっ……あぁっ!?」
「捕らえろ! 陛下を惑わす呪いの種、氷の化け物を!」
背後の闇から、軍部の過激派と見られる魔導師たちが次々と現れた。
彼らはエリュシオンを包囲し、特殊な「魔力封じ」の結界を展開する。
「やめて、ください……ゼノス……ゼノスっ!」
「無駄だ。陛下は今頃、遠い国境で我々が放った魔獣の群れと戦っている。お前の声など届きはしない」
男たちはエリュシオンの銀髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
その瞳には、かつて地下牢で向けられていたものと同じ、人間を道具としか見ない冷酷な光が宿っている。
「聖子の力……これを帝国の魔導兵器の核にする。無能と蔑まれていたゴミが、ようやく国の役に立つ時が来たのだ。光栄に思え」
「嫌だ……触らないで……っ!」
エリュシオンの心の中で、恐怖が爆発した。
同時に、体内の氷の魔力が猛烈に膨れ上がる。
だが、首につけられた拘束具が、その力を強制的にエリュシオン自身の肉体へと跳ね返した。
「ぐ、ぅあぁぁぁっ……!!」
内側から凍りつくような激痛。
あまりの苦しみにエリュシオンの意識が遠のいていく中、男たちは彼を乱暴に黒い馬車へと放り込んだ。
冷たい床に転がされたエリュシオンの脳裏に、最後に浮かんだのはゼノスの黄金の瞳だった。
『お前は、ただ俺の腕の中で溶けていればいいんだ』
――ごめんなさい、ゼノス。
――僕、また……暗い場所に、戻るみたいだ……。
馬車の車輪が、不吉な音を立てて動き出す。
エリュシオンを乗せた馬車は、皇宮の裏口から闇に紛れて走り去っていった。
数時間後。
異変を察知して血相を変えて戻ってきたカインが見たのは、無残に荒らされた離宮の寝室と、床に落ちたエリュシオンのサファイアの首飾りだけだった。
「なんという……陛下が戻られたら、この帝都は血の海に沈むぞ……」
カインの震える声が、静寂の離宮に虚しく響いた。
聖子を奪われた野獣の怒りが、世界を焼き尽くそうとしていた。
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