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11話
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ヴォルガード帝国の空が、不気味な赤紫に染まっていた。
国境の魔獣をわずか数時間で殲滅し、軍用竜を乗り潰して帝都へ帰還したゼノスを待っていたのは、「エリュシオン消失」という最悪の報告だった。
「……もう一度言え。小鳥が、どうしたと?」
謁見の間に、ゼノスの静かな、しかし鼓膜を震わせるほど低い声が響く。
床に跪くカインと近衛兵たちは、あまりの重圧に呼吸することさえ忘れていた。
ゼノスの周囲では、彼の魔力が黒い稲妻となってパチパチと空間を削り取っている。
「申し訳ございません……軍部の一部が旧王国の残党と共謀し、陛下を誘い出した隙に離宮を強襲。エリュシオン様を連れ去りました」
カインが報告を終えるより早く、ゼノスが座っていた石造りの玉座が粉々に砕け散った。
「俺の所有物に触れるなと、あれほど言ったはずだ」
ゼノスが立ち上がる。その瞳はもはや黄金ではなく、血のような赤に染まっていた。
彼が放った殺気だけで、広場の窓ガラスが一斉に砕け、逃げ遅れた文官たちが恐怖のあまり失禁して倒れ伏す。
「カイン。関わった貴族、軍人、その一族すべてを捕らえろ。抵抗する者はその場で八つ裂きにして構わん。……俺は、エリュシオンを連れてきた『鼠』どもの巣を叩き潰しに行く」
「はっ! しかし、行き先は……」
「魔力の残滓を追う。俺の魔力(しるし)をあれほど刻み込んだのだ。地の果てまで逃げようと、俺の鼻が逃しはしない」
ゼノスは漆黒の外套を翻し、夜の闇へと飛び出した。
一方、帝都郊外の秘密研究所。
エリュシオンは冷たい石の台の上に拘束され、全身に魔導管を繋がれていた。
首の拘束具が、彼の意志に関わらず内側の聖力を無理やり引き出し、試験管へと流し込んでいる。
「あ、ぐ……っ、ぁあああ……っ!!」
「素晴らしい。これほど純度の高い氷の魔力があれば、最強の魔導砲が完成する。無能どころか、お前は最高の兵器だ、エリュシオン」
かつて彼を「無能」と呼び捨てた実家の魔導師たちが、狂気じみた笑みを浮かべていた。
エリュシオンの意識は、苦痛と寒さで朦朧としていた。
あんなに熱かったゼノスの体温が、今は遠い。
――寒い、寒いよ、ゼノス……。
――僕を、食べて……壊してもいいから、あの熱い腕の中に、戻して……。
エリュシオンの目から、一筋の氷の涙がこぼれ落ちた。
その瞬間だった。
ドォォォォォンッ!!
研究所の、厚さ三メートルを超える魔法障壁付きの鉄扉が、外部からの衝撃で「消滅」した。
爆炎と黒煙の中から現れたのは、もはや人の形をした災厄そのものだった。
「……見つけたぞ。俺の宝を汚した薄汚い鼠ども」
ゼノスの手には、巨大な漆黒の魔剣が握られていた。
彼の一歩ごとに床が溶け、熱風が研究所内の精密機器を次々と破壊していく。
「ひ、陛下!? なぜここが……ぎゃぁぁぁっ!!」
言い終える前に、魔導師の一人の首が飛んだ。
ゼノスは言葉を交わす気など毛頭ない。
彼はただ、自分から一番大切なものを奪おうとした世界すべてを、今この瞬間に終わらせるつもりだった。
「エリュシオン……待っていろ。すぐにその汚らわしい鎖を、俺が噛みちぎってやる」
血飛沫の中で、ゼノスの狂気に満ちた愛が、ついにエリュシオンの元へと届こうとしていた。
国境の魔獣をわずか数時間で殲滅し、軍用竜を乗り潰して帝都へ帰還したゼノスを待っていたのは、「エリュシオン消失」という最悪の報告だった。
「……もう一度言え。小鳥が、どうしたと?」
謁見の間に、ゼノスの静かな、しかし鼓膜を震わせるほど低い声が響く。
床に跪くカインと近衛兵たちは、あまりの重圧に呼吸することさえ忘れていた。
ゼノスの周囲では、彼の魔力が黒い稲妻となってパチパチと空間を削り取っている。
「申し訳ございません……軍部の一部が旧王国の残党と共謀し、陛下を誘い出した隙に離宮を強襲。エリュシオン様を連れ去りました」
カインが報告を終えるより早く、ゼノスが座っていた石造りの玉座が粉々に砕け散った。
「俺の所有物に触れるなと、あれほど言ったはずだ」
ゼノスが立ち上がる。その瞳はもはや黄金ではなく、血のような赤に染まっていた。
彼が放った殺気だけで、広場の窓ガラスが一斉に砕け、逃げ遅れた文官たちが恐怖のあまり失禁して倒れ伏す。
「カイン。関わった貴族、軍人、その一族すべてを捕らえろ。抵抗する者はその場で八つ裂きにして構わん。……俺は、エリュシオンを連れてきた『鼠』どもの巣を叩き潰しに行く」
「はっ! しかし、行き先は……」
「魔力の残滓を追う。俺の魔力(しるし)をあれほど刻み込んだのだ。地の果てまで逃げようと、俺の鼻が逃しはしない」
ゼノスは漆黒の外套を翻し、夜の闇へと飛び出した。
一方、帝都郊外の秘密研究所。
エリュシオンは冷たい石の台の上に拘束され、全身に魔導管を繋がれていた。
首の拘束具が、彼の意志に関わらず内側の聖力を無理やり引き出し、試験管へと流し込んでいる。
「あ、ぐ……っ、ぁあああ……っ!!」
「素晴らしい。これほど純度の高い氷の魔力があれば、最強の魔導砲が完成する。無能どころか、お前は最高の兵器だ、エリュシオン」
かつて彼を「無能」と呼び捨てた実家の魔導師たちが、狂気じみた笑みを浮かべていた。
エリュシオンの意識は、苦痛と寒さで朦朧としていた。
あんなに熱かったゼノスの体温が、今は遠い。
――寒い、寒いよ、ゼノス……。
――僕を、食べて……壊してもいいから、あの熱い腕の中に、戻して……。
エリュシオンの目から、一筋の氷の涙がこぼれ落ちた。
その瞬間だった。
ドォォォォォンッ!!
研究所の、厚さ三メートルを超える魔法障壁付きの鉄扉が、外部からの衝撃で「消滅」した。
爆炎と黒煙の中から現れたのは、もはや人の形をした災厄そのものだった。
「……見つけたぞ。俺の宝を汚した薄汚い鼠ども」
ゼノスの手には、巨大な漆黒の魔剣が握られていた。
彼の一歩ごとに床が溶け、熱風が研究所内の精密機器を次々と破壊していく。
「ひ、陛下!? なぜここが……ぎゃぁぁぁっ!!」
言い終える前に、魔導師の一人の首が飛んだ。
ゼノスは言葉を交わす気など毛頭ない。
彼はただ、自分から一番大切なものを奪おうとした世界すべてを、今この瞬間に終わらせるつもりだった。
「エリュシオン……待っていろ。すぐにその汚らわしい鎖を、俺が噛みちぎってやる」
血飛沫の中で、ゼノスの狂気に満ちた愛が、ついにエリュシオンの元へと届こうとしていた。
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