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15話
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過去という呪縛を焼き尽くし、エリュシオンは心からの安らぎを得たはずだった。
しかし、運命は彼をただの「皇帝の寵愛を受ける小鳥」には留めておかなかった。
元宰相が持参した白銀の魔石――『星霜の瞳』。
それが、エリュシオンの手に触れた瞬間、まばゆい光と共に一つの預言を映し出したのだ。
それは、ヴォルガード帝国が興るよりも遥か昔、この地を治めていた伝説の氷晶王朝の正統な後継者のみが持つ紋章だった。
「これは……ありえない……」
書斎で報告を受けたカインの顔が、驚愕で強張る。
エリュシオンの血筋は、現在のヴォルガード帝室よりも古く、そして神聖なものだった。
それはつまり、エリュシオンにはこの国の半分――あるいは全土を統べる「正当な権利」があることを意味していた。
「陛下……宮廷の保守派や、古き血筋を重んじる神官たちが騒ぎ始めています。彼らはエリュシオン様を『聖皇帝』として擁立し、陛下と権力を二分させようと画策しております」
報告を聞くゼノスの表情は、読めないほどに無機質だった。
彼は窓際で月を眺めるエリュシオンの、細く白い指先を見つめていた。
もしエリュシオンが「皇帝」となれば、自分は彼を私室に閉じ込めておくことはできない。
彼は民の前に立ち、崇められ、自分とは別の公務に追われることになるだろう。
それはゼノスにとって、何よりも耐え難い「喪失」に等しかった。
「ゼノス……?」
異変を察したエリュシオンが、背後からゼノスの服の裾を引いた。
その瞳には、地位への欲望など微塵もなく、ただ主への純粋な愛だけが揺れている。
「みんなが、僕のことを『陛下』と呼び始めました。……僕、怖いんです。そんな立派なものにならなくていい。僕はただ、あなたのそばで、あなたに抱かれていたいだけなのに」
その健気な言葉に、ゼノスの理性の箍(たが)が外れた。
彼はエリュシオンを力任せに抱き寄せ、その唇を噛むように奪った。
「ん、んんっ……!」
激しい口づけ。それは愛撫というよりも、自分の所有物であることを再確認するための刻印のようだった。
ゼノスはエリュシオンの耳元で、獣が唸るような低い声で囁く。
「……誰が、お前を玉座に座らせるなどと言った。お前を玉座に縛り付けるのは、俺の腕だけでいい。神官どもも、保守派も、お前を俺から引き離そうとするなら全員処刑してやる」
「ゼノス……苦しい、ですよ……」
「苦しめ。そして覚えろ。お前の血筋がどれほど高貴であろうと、お前の身体を、心を、魔力を支配しているのはこの俺だ」
ゼノスはエリュシオンの服を乱暴に剥ぎ取り、その白い背中に浮かび上がった「聖子の紋章」を、己の魔力で力強く上書きするようになぞった。
だが、事態はゼノスの独占欲を嘲笑うように進展する。
翌朝、皇宮の前に集まった数千の民衆が、エリュシオンの覚醒した氷の魔力がもたらした「奇跡の雨」に涙し、『聖皇帝エリュシオン』を讃える唱和を始めたのだ。
権力の二分化。それは、二人の愛に「政治」という名の巨大な楔を打ち込もうとしていた。
「……いいだろう。お前を神として崇めたいのなら、そうさせてやる」
ゼノスは、震えるエリュシオンを冷たい金色の瞳で見下ろした。
「だが、お前が民の前で慈悲深い光を見せた後は、この寝室で、俺だけに無様に鳴かせてやる。……昼の神、夜の獣。それがお前の運命だ」
二人の関係は、甘い溺愛から、逃げ場のない「運命の共犯者」へと加速していく。
そしてその裏で、権力を削られた貴族たちが、ゼノス暗殺の計画をエリュシオンの名の元に進めようとしていた――。
しかし、運命は彼をただの「皇帝の寵愛を受ける小鳥」には留めておかなかった。
元宰相が持参した白銀の魔石――『星霜の瞳』。
それが、エリュシオンの手に触れた瞬間、まばゆい光と共に一つの預言を映し出したのだ。
それは、ヴォルガード帝国が興るよりも遥か昔、この地を治めていた伝説の氷晶王朝の正統な後継者のみが持つ紋章だった。
「これは……ありえない……」
書斎で報告を受けたカインの顔が、驚愕で強張る。
エリュシオンの血筋は、現在のヴォルガード帝室よりも古く、そして神聖なものだった。
それはつまり、エリュシオンにはこの国の半分――あるいは全土を統べる「正当な権利」があることを意味していた。
「陛下……宮廷の保守派や、古き血筋を重んじる神官たちが騒ぎ始めています。彼らはエリュシオン様を『聖皇帝』として擁立し、陛下と権力を二分させようと画策しております」
報告を聞くゼノスの表情は、読めないほどに無機質だった。
彼は窓際で月を眺めるエリュシオンの、細く白い指先を見つめていた。
もしエリュシオンが「皇帝」となれば、自分は彼を私室に閉じ込めておくことはできない。
彼は民の前に立ち、崇められ、自分とは別の公務に追われることになるだろう。
それはゼノスにとって、何よりも耐え難い「喪失」に等しかった。
「ゼノス……?」
異変を察したエリュシオンが、背後からゼノスの服の裾を引いた。
その瞳には、地位への欲望など微塵もなく、ただ主への純粋な愛だけが揺れている。
「みんなが、僕のことを『陛下』と呼び始めました。……僕、怖いんです。そんな立派なものにならなくていい。僕はただ、あなたのそばで、あなたに抱かれていたいだけなのに」
その健気な言葉に、ゼノスの理性の箍(たが)が外れた。
彼はエリュシオンを力任せに抱き寄せ、その唇を噛むように奪った。
「ん、んんっ……!」
激しい口づけ。それは愛撫というよりも、自分の所有物であることを再確認するための刻印のようだった。
ゼノスはエリュシオンの耳元で、獣が唸るような低い声で囁く。
「……誰が、お前を玉座に座らせるなどと言った。お前を玉座に縛り付けるのは、俺の腕だけでいい。神官どもも、保守派も、お前を俺から引き離そうとするなら全員処刑してやる」
「ゼノス……苦しい、ですよ……」
「苦しめ。そして覚えろ。お前の血筋がどれほど高貴であろうと、お前の身体を、心を、魔力を支配しているのはこの俺だ」
ゼノスはエリュシオンの服を乱暴に剥ぎ取り、その白い背中に浮かび上がった「聖子の紋章」を、己の魔力で力強く上書きするようになぞった。
だが、事態はゼノスの独占欲を嘲笑うように進展する。
翌朝、皇宮の前に集まった数千の民衆が、エリュシオンの覚醒した氷の魔力がもたらした「奇跡の雨」に涙し、『聖皇帝エリュシオン』を讃える唱和を始めたのだ。
権力の二分化。それは、二人の愛に「政治」という名の巨大な楔を打ち込もうとしていた。
「……いいだろう。お前を神として崇めたいのなら、そうさせてやる」
ゼノスは、震えるエリュシオンを冷たい金色の瞳で見下ろした。
「だが、お前が民の前で慈悲深い光を見せた後は、この寝室で、俺だけに無様に鳴かせてやる。……昼の神、夜の獣。それがお前の運命だ」
二人の関係は、甘い溺愛から、逃げ場のない「運命の共犯者」へと加速していく。
そしてその裏で、権力を削られた貴族たちが、ゼノス暗殺の計画をエリュシオンの名の元に進めようとしていた――。
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