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20話
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あの大戦から、どれほどの月日が流れただろうか。
神殿の外の世界では、いくつもの国が興り、そして滅んでいった。
人々はかつて「龍神の怒り」に触れた愚かな歴史を寓話として語り継ぎ、今やこの霊峰に近づく者は一人もいない。
神殿を包む結界は、厚い雲と魔力の霧によって、下界からは決して見ることのできない「空上の楽園」となっていた。
「パパ、見て! テトと一緒に、雲の上を歩けたよ!」
銀色の髪をなびかせ、一人の少年が回廊を駆けてくる。
シエルだ。龍の血を継ぐ彼は、人間の数倍の速さで成長し、今では十代半ばほどの凛々しい少年の姿をしていた。その背中には、クロム様を彷彿とさせる漆黒の、けれどどこか柔らかな光を帯びた翼がある。
「きゅうー! きゅうぅん!」
すっかり大きくなったテトが、シエルの足元で嬉しそうに飛び跳ねる。
その光景を、僕はクロム様の腕の中で、静かな幸福感と共に眺めていた。
「……シエル、あまりナギを疲れさせるんじゃないよ。……ナギ、少し顔色が白い。また僕の魔力が足りていないんじゃないかな?」
クロム様はそう言うと、僕の腰を抱き寄せ、首筋に深く鼻を押し当てた。
何十年、何百年経とうとも、この人の独占欲と過保護ぶりは変わることがない。
いえ、魂を分かち合っているせいか、年々その愛の密度は濃くなっているようにさえ感じる。
「もう、クロム様。シエルが見ていますよ。……僕は大丈夫です。あなたの命の核(コア)が、いつも僕の中で温かいですから」
「……足りない。君のすべてを僕の色で塗りつぶしても、まだ足りないんだ。……ナギ、愛している。……狂おしいほどに」
クロム様は僕の唇を塞ぎ、深い、深い口付けを贈った。
ふと、神殿の入り口の方を見れば、そこにはいつものように、石像のごとき静謐さで控えるヴォルグさんと、魔導書の整理をしながら「またやってるわ」と呆れ顔で見守るサリアさんの姿があった。
ここには、僕の欲しかったすべてがある。
村でゴミのように扱われ、地下室で震えていたあの頃の僕に教えてあげたい。
君を突き落としたあの断崖は、終わりではなく、永遠の愛への入り口だったんだよ、と。
「……ねえ、クロム様。僕たちは、これから先もずっと、こうしていられるんでしょうか」
「当たり前だろう? 僕の魂は君のもの。君の魂は僕のもの。……たとえこの世界が朽ち果て、星が燃え尽きたとしても、僕たちの絆が解けることはない」
クロム様は僕の手を取り、その薬指に、魔力で編み上げた漆黒のリングを顕現させた。
それは、二人の魂が永遠に離れないことを証明する、最強の呪いであり、最高の祝福。
「……僕を拾ってくれて、ありがとうございます。……僕の龍神様」
「……僕を愛してくれて、ありがとう。……僕のたった一人の、愛しい番」
シエルの笑い声。
テトの鳴き声。
ヴォルグとサリアの穏やかな気配。
そして、最愛の夫の、熱い鼓動。
すべてが溶け合う神殿の午後。
僕たちの物語は、終わりのない「幸福」という名の旋律を奏でながら、永遠の未来へと続いていく。
――生贄だった僕は、今、世界で一番贅沢な檻の中で、愛という自由を謳歌している。
神殿の外の世界では、いくつもの国が興り、そして滅んでいった。
人々はかつて「龍神の怒り」に触れた愚かな歴史を寓話として語り継ぎ、今やこの霊峰に近づく者は一人もいない。
神殿を包む結界は、厚い雲と魔力の霧によって、下界からは決して見ることのできない「空上の楽園」となっていた。
「パパ、見て! テトと一緒に、雲の上を歩けたよ!」
銀色の髪をなびかせ、一人の少年が回廊を駆けてくる。
シエルだ。龍の血を継ぐ彼は、人間の数倍の速さで成長し、今では十代半ばほどの凛々しい少年の姿をしていた。その背中には、クロム様を彷彿とさせる漆黒の、けれどどこか柔らかな光を帯びた翼がある。
「きゅうー! きゅうぅん!」
すっかり大きくなったテトが、シエルの足元で嬉しそうに飛び跳ねる。
その光景を、僕はクロム様の腕の中で、静かな幸福感と共に眺めていた。
「……シエル、あまりナギを疲れさせるんじゃないよ。……ナギ、少し顔色が白い。また僕の魔力が足りていないんじゃないかな?」
クロム様はそう言うと、僕の腰を抱き寄せ、首筋に深く鼻を押し当てた。
何十年、何百年経とうとも、この人の独占欲と過保護ぶりは変わることがない。
いえ、魂を分かち合っているせいか、年々その愛の密度は濃くなっているようにさえ感じる。
「もう、クロム様。シエルが見ていますよ。……僕は大丈夫です。あなたの命の核(コア)が、いつも僕の中で温かいですから」
「……足りない。君のすべてを僕の色で塗りつぶしても、まだ足りないんだ。……ナギ、愛している。……狂おしいほどに」
クロム様は僕の唇を塞ぎ、深い、深い口付けを贈った。
ふと、神殿の入り口の方を見れば、そこにはいつものように、石像のごとき静謐さで控えるヴォルグさんと、魔導書の整理をしながら「またやってるわ」と呆れ顔で見守るサリアさんの姿があった。
ここには、僕の欲しかったすべてがある。
村でゴミのように扱われ、地下室で震えていたあの頃の僕に教えてあげたい。
君を突き落としたあの断崖は、終わりではなく、永遠の愛への入り口だったんだよ、と。
「……ねえ、クロム様。僕たちは、これから先もずっと、こうしていられるんでしょうか」
「当たり前だろう? 僕の魂は君のもの。君の魂は僕のもの。……たとえこの世界が朽ち果て、星が燃え尽きたとしても、僕たちの絆が解けることはない」
クロム様は僕の手を取り、その薬指に、魔力で編み上げた漆黒のリングを顕現させた。
それは、二人の魂が永遠に離れないことを証明する、最強の呪いであり、最高の祝福。
「……僕を拾ってくれて、ありがとうございます。……僕の龍神様」
「……僕を愛してくれて、ありがとう。……僕のたった一人の、愛しい番」
シエルの笑い声。
テトの鳴き声。
ヴォルグとサリアの穏やかな気配。
そして、最愛の夫の、熱い鼓動。
すべてが溶け合う神殿の午後。
僕たちの物語は、終わりのない「幸福」という名の旋律を奏でながら、永遠の未来へと続いていく。
――生贄だった僕は、今、世界で一番贅沢な檻の中で、愛という自由を謳歌している。
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