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19話
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御子の誕生から、瞬く間に数ヶ月が過ぎた。
「シエル」と名付けられたその子は、龍の血の導きか、すでに人間の三歳児ほどの大きさに成長し、神殿内を元気に走り回っている。
シエルが笑うたびに神殿には花が咲き、彼が泣けば慈雨が降る。それはまさに、神の御子としての輝きに満ちた日々だった。
けれど、その輝きを「脅威」と見なす者たちがいた。
「……主様。麓に集結した諸国連合軍、その数およそ五万。……彼らは『龍神の暴走を抑える』という大義名分の元、シエル様の引き渡しを要求しています」
ヴォルグの報告に、神殿の広間が凍りついた。
以前の隣国だけではない。今度は大陸中の国々が、龍神の強大すぎる力と、その血を継ぐ御子を恐れ、一致団結して牙を剥いてきたのだ。
「……引き渡し、だと?」
クロム様の声は、静かすぎて逆に恐ろしかった。
彼は膝の上で眠るシエルの銀髪を優しく撫でながら、真紅の瞳に昏い焔を灯した。
「ナギを谷底へ追いやり、今度は産まれたばかりの我が子を奪おうというのか。……人間の欲深さには、底がないらしいね」
「クロム様……」
僕はクロム様の手に、自分の手を重ねた。
かつての僕は、争いを恐れ、ただ震えることしかできなかった。けれど今は違う。
僕の中には、クロム様から分け与えられた命の核があり、守るべき愛おしい我が子がいる。
「僕は、どこへも行きません。シエルも、一歩もこの神殿から出しません。……それが、僕の答えです」
「……ああ、ナギ。君がそう言ってくれるなら、僕に迷いはない」
クロム様はシエルをそっと僕の腕に預けると、立ち上がった。
彼が纏う黒衣が、龍の魔力によって激しく羽ばたく。
「サリア、ヴォルグ。……神殿の最外周結界を完全に閉じろ。……これより先、神殿の敷地に足を踏み入れた者は、女子供であっても容赦はしない。……すべて、塵にしろ」
「御意!」
ヴォルグが影のように消え、サリアさんも眼鏡を光らせて魔導書を開いた。
神殿の外では、連合軍の法螺貝が鳴り響き、無数の矢や魔導砲が結界を叩き始めていた。
だが、その攻撃が結界に触れた瞬間、天から「絶望」が舞い降りた。
漆黒の翼を広げたクロム様が、空中から軍勢を見下ろす。
「愚かな人間どもよ。……僕の慈悲を、一度ならず二度までも踏みにじった罪は重い。……お前たちが望んだ『龍の力』、その身に刻んで消え果てるがいい」
クロム様が指先を空に向けた。
次の瞬間、空から降り注いだのは、雨ではなく「漆黒の火」だった。
それは盾も鎧も、そして戦う意志さえも一瞬で焼き尽くす、神の裁き。
僕は神殿の窓から、赤く染まる地平線を見つめていた。
かつて僕を捨てた世界が、今、クロム様の手によって裁かれていく。
「……パパ、こわい?」
目を覚ましたシエルが、僕の服をぎゅっと掴んで不安そうに尋ねる。
僕はシエルを強く抱きしめ、首を振った。
「いいえ。……パパは、世界で一番強くて、一番優しい守り神なんだよ。……シエルを守るために、戦ってくれているんだ」
僕は知っている。
クロム様が冷酷な「魔王」として振る舞うのは、僕たちという「光」を、二度と誰にも触れさせないためだということを。
地響きのような悲鳴が遠ざかり、やがて不気味なほどの静寂が訪れた。
扉が開き、クロム様が戻ってくる。
その瞳にはまだ、敵を殲滅した直後の冷徹な光が残っていたが、僕と目が合った瞬間に、それはいつもの甘い、独占欲に満ちた色へと戻った。
「……終わったよ、ナギ。……もう、僕たちの邪魔をする者は誰もいない」
クロム様は血の匂いを消すように、僕たちを深く抱きしめた。
これが、僕たちが選んだ道。
世界を敵に回しても、この神殿という名の小さな楽園(檻)で、永遠に愛し合う。
物語は、ついに真のフィナーレへと向かっていた。
「シエル」と名付けられたその子は、龍の血の導きか、すでに人間の三歳児ほどの大きさに成長し、神殿内を元気に走り回っている。
シエルが笑うたびに神殿には花が咲き、彼が泣けば慈雨が降る。それはまさに、神の御子としての輝きに満ちた日々だった。
けれど、その輝きを「脅威」と見なす者たちがいた。
「……主様。麓に集結した諸国連合軍、その数およそ五万。……彼らは『龍神の暴走を抑える』という大義名分の元、シエル様の引き渡しを要求しています」
ヴォルグの報告に、神殿の広間が凍りついた。
以前の隣国だけではない。今度は大陸中の国々が、龍神の強大すぎる力と、その血を継ぐ御子を恐れ、一致団結して牙を剥いてきたのだ。
「……引き渡し、だと?」
クロム様の声は、静かすぎて逆に恐ろしかった。
彼は膝の上で眠るシエルの銀髪を優しく撫でながら、真紅の瞳に昏い焔を灯した。
「ナギを谷底へ追いやり、今度は産まれたばかりの我が子を奪おうというのか。……人間の欲深さには、底がないらしいね」
「クロム様……」
僕はクロム様の手に、自分の手を重ねた。
かつての僕は、争いを恐れ、ただ震えることしかできなかった。けれど今は違う。
僕の中には、クロム様から分け与えられた命の核があり、守るべき愛おしい我が子がいる。
「僕は、どこへも行きません。シエルも、一歩もこの神殿から出しません。……それが、僕の答えです」
「……ああ、ナギ。君がそう言ってくれるなら、僕に迷いはない」
クロム様はシエルをそっと僕の腕に預けると、立ち上がった。
彼が纏う黒衣が、龍の魔力によって激しく羽ばたく。
「サリア、ヴォルグ。……神殿の最外周結界を完全に閉じろ。……これより先、神殿の敷地に足を踏み入れた者は、女子供であっても容赦はしない。……すべて、塵にしろ」
「御意!」
ヴォルグが影のように消え、サリアさんも眼鏡を光らせて魔導書を開いた。
神殿の外では、連合軍の法螺貝が鳴り響き、無数の矢や魔導砲が結界を叩き始めていた。
だが、その攻撃が結界に触れた瞬間、天から「絶望」が舞い降りた。
漆黒の翼を広げたクロム様が、空中から軍勢を見下ろす。
「愚かな人間どもよ。……僕の慈悲を、一度ならず二度までも踏みにじった罪は重い。……お前たちが望んだ『龍の力』、その身に刻んで消え果てるがいい」
クロム様が指先を空に向けた。
次の瞬間、空から降り注いだのは、雨ではなく「漆黒の火」だった。
それは盾も鎧も、そして戦う意志さえも一瞬で焼き尽くす、神の裁き。
僕は神殿の窓から、赤く染まる地平線を見つめていた。
かつて僕を捨てた世界が、今、クロム様の手によって裁かれていく。
「……パパ、こわい?」
目を覚ましたシエルが、僕の服をぎゅっと掴んで不安そうに尋ねる。
僕はシエルを強く抱きしめ、首を振った。
「いいえ。……パパは、世界で一番強くて、一番優しい守り神なんだよ。……シエルを守るために、戦ってくれているんだ」
僕は知っている。
クロム様が冷酷な「魔王」として振る舞うのは、僕たちという「光」を、二度と誰にも触れさせないためだということを。
地響きのような悲鳴が遠ざかり、やがて不気味なほどの静寂が訪れた。
扉が開き、クロム様が戻ってくる。
その瞳にはまだ、敵を殲滅した直後の冷徹な光が残っていたが、僕と目が合った瞬間に、それはいつもの甘い、独占欲に満ちた色へと戻った。
「……終わったよ、ナギ。……もう、僕たちの邪魔をする者は誰もいない」
クロム様は血の匂いを消すように、僕たちを深く抱きしめた。
これが、僕たちが選んだ道。
世界を敵に回しても、この神殿という名の小さな楽園(檻)で、永遠に愛し合う。
物語は、ついに真のフィナーレへと向かっていた。
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