聖獣のお気に召し!〜追放された最弱治癒師はもふもふの聖域で冷徹騎士団長に全力で甘やかされる〜

たら昆布

文字の大きさ
8 / 58

8話

 ピピが引き起こした「至福の暴風」が収まり、管理棟の扉がようやく開いたとき、外で待機していたハンスをはじめとする騎士たちは、驚愕の光景を目にすることとなった。
 そこから現れたのは、いつもの冷徹な騎士団長――ではあったが、その黒髪が、かつてないほどの輝きを放っていたからだ。

「……団長、その。髪が、凄まじくツヤツヤなのですが」
 ハンスが思わず指摘すると、ジークヴァルトは一瞬だけ表情を強張らせ、すぐに無機質な鉄面皮に戻った。
「……風の結界に閉じ込められていた際、リヒトが魔力の調整を試みただけだ。職務に支障はない」
 そう言い捨てて大股で歩き去るジークヴァルト。しかし、すれ違う騎士たちが思わず振り返るほどの、夜の静寂を映したような美しい髪のなびきは、到底「調整」という言葉で片付けられるものではなかった。

 一方、管理棟に残されたリヒトは、不思議そうに自分の手を見つめていた。
「ジークヴァルト様の髪、思っていたよりずっと柔らかくなったなぁ。……あ、でも。道具のおかげだよね、きっと」
 リヒトは、自分が団長の心までも解きほぐしたことには全く気づいていない。
 そんな無自覚なリヒトの態度に、猛烈な「不満」を募らせている存在がいた。

「くぅ……っ、ぅん」
 足元で、白銀のフェンリルがリヒトの裾をぐいぐいと引っ張る。
「わわ、どうしたのフェンリル? お腹空いた?」
 フェンリルは首を左右に振り、リヒトの膝の上に強引に大きな頭を割り込ませた。そして、先ほどジークヴァルトに触れられていたリヒトの指先を、ペロリと大きな舌で舐め上げる。

 それは、聖獣なりの「上書き」だった。
 ピピ(翠嵐鳥)も負けじと、リヒトの肩に飛び乗り、小さな嘴で耳たぶを甘噛みする。
「あはは、くすぐったいよ二人とも。わかった、わかったから! 今からたっぷりブラッシングの時間にするね」
 リヒトは笑いながら、ジークヴァルトから贈られた特注のブラシを手に取った。

 その頃、駐屯地の正門には、不穏というにはあまりに華やかな一団が到着していた。
「――こちらが、噂の『聖域』を抱える騎士団の入り口ですか」
 馬車から降り立ったのは、隣国・レムリア公国の使節団だった。彼らは「もふもふ」を聖なる象徴として崇める国柄で、最近帝国に「どんな聖獣も骨抜きにする稀代の癒やし手が現れた」という噂を聞きつけ、居ても立ってもいられずやってきたのだ。

 執務室でその報告を受けたジークヴァルトの眉間に、深い皺が刻まれた。
「……レムリアの使者が、リヒトに会いたいだと?」
「ええ。表向きは親善訪問ですが、本音はリヒト君の引き抜きでしょうね。あちらさんは聖獣への執着が凄まじいですから」
 ハンスの言葉に、ジークヴァルトは無意識に机の端を強く握りしめた。

「却下だ。リヒトは帝国の、我が騎士団の『監視対象』だ。他国の者に会わせるわけにはいかん」
「そう仰ると思いましたけど、相手は外交特権を盾にしてますよ。それに、もしリヒト君本人が『もふもふの国』に興味を持ったら……」
「……黙れ、ハンス」
 ジークヴァルトの黄金の瞳に、冷ややかだが激しい独占欲の炎が宿る。

 ジークヴァルトは、今の自分がおかしいことを自覚していた。
 かつての彼なら、一介の治癒師など国益のために交渉の道具に使っていただろう。
 だが、今の彼は違う。
 リヒトが淹れてくれる茶の香り、リヒトが自分の髪に触れた時の柔らかな指先の感覚、そして、もふもふたちに囲まれて幸せそうに笑うリヒトの姿。
 それらが一つでも欠けることを、彼の本能が拒絶していた。

「……リヒトの様子を見てくる。奴が変な気を起こさないよう、釘を刺しておく必要があるからな」
「はいはい、お気をつけて。あ、髪、また乱れてますよ? もう一度リヒト君に整えてもらいます?」
 ハンスの軽口を無視し、ジークヴァルトは再び管理棟へと向かった。

 管理棟では、リヒトがフェンリルの巨体に埋もれて、うつらうつらと昼寝をしていた。
 フェンリルは、ジークヴァルトの足音を聞きつけると、眠ったふりをしながらも「ここから先は通さない」という威圧感を放つ。
 
 ジークヴァルトは、フェンリルの毛並みに顔を埋めて眠るリヒトの寝顔を、立ち止まって見つめた。
 銀色の睫毛が、微かな呼吸に合わせて揺れている。
 その無防備な姿に、ジークヴァルトは胸の奥をぎゅっと掴まれたような感覚を覚えた。

(……この少年を、誰にも渡したくない)
 それが「もふもふの管理人」としての価値を守るためなのか、それとも一人の男としてリヒト自身を求めているからなのか。
 ジークヴァルトはまだ、その答えを出すことを自分に許さなかった。
 ただ、リヒトの寝顔を邪魔しないように、そっとその傍らに腰を下ろし、自分もまた「視察」と称して、静かな時間を共有することにした。

 聖域の平和を脅かす隣国の影。
 けれど、リヒトを守る騎士団長と聖獣たちの結束は、本人が知らないところでより一層固まっていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。