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16話
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駐屯地の正門に、白銀の馬車が滑り込んできた。
降り立ったのは、神殿が新たに「聖子候補」として担ぎ出した青年、ユリアンだった。
眩いばかりの金髪をなびかせ、柔らかな微笑みを湛えた彼は、リヒトとはまた違う、完成された美しさを持っていた。
「あなたがリヒトさんですね。噂はかねがね。……お会いできて光栄です」
ユリアンはリヒトの前に立つと、優雅な仕草でその指先を取り、恭しく唇を寄せようとした。
――ガシッ。
その指先がリヒトの肌に触れる直前、分厚い鉄の手甲が割り込んだ。
「……挨拶なら言葉だけで十分だ。聖者殿」
ジークヴァルトが、ユリアンの手を万力のような力で握りつぶさんばかりに遮っていた。
その背後では、リヒトが「あ、ジークヴァルト様」と、安心したように彼のマントの陰に隠れる。
「これは手厳しい。……ジークヴァルト団長、私はただ、同郷のよしみで親愛を示しただけですよ」
ユリアンは涼しい顔で手を引くと、その視線をリヒトの背後にいる聖獣たちへと移した。
「それにしても、見事な毛並みだ。……リヒトさん、あなたの力は神殿という清浄な場所でこそ真価を発揮する。このような戦の気配がする場所では、あなたの魂が汚れてしまう。……どうでしょう、私と一緒に王都へ戻りませんか?」
ユリアンの甘い誘い文句に、リヒトは困ったように眉を下げた。
「あの、お誘いは嬉しいのですが……。僕はここが好きなんです。ジークヴァルト様も、フェンリルも、みんなここにいますから」
「ふふ、あなたは優しいのですね。ですが、団長のような無骨な騎士に、あなたの繊細な魔力が理解できるとは思えません。……団長、失礼ですが、あなたに彼を繋ぎ止める資格があるのですか?」
ユリアンの言葉は、ジークヴァルトが心の奥底で最も恐れていた「問い」だった。
自分は騎士だ。リヒトのような柔らかな存在を、血生臭い戦場に近い場所へ縛り付けていいのか。
ジークヴァルトがわずかに沈黙した、その時。
リヒトがマントの陰から一歩前へ出た。
「資格なんて、関係ありません。……僕が、ジークヴァルト様の傍にいたいんです」
リヒトは、少しだけ勇気を出してジークヴァルトの手を握った。
「ジークヴァルト様は、僕の魔力をちゃんと分かってくれています。それに、僕の調律を一番喜んでくれるのは、ジークヴァルト様なんです」
ジークヴァルトの黄金の瞳に、衝撃と、それ以上の熱い光が灯る。
握りしめられたリヒトの手は小さくて温かく、その勇気がジークヴァルトの迷いを一瞬で吹き飛ばした。
「……聞いた通りだ、聖者殿。リヒトは私の、いや、我ら騎士団の魂だ。……お前が連れて行くことは、天地が引っくり返ってもあり得ん」
ジークヴァルトはリヒトの手を握り返し、ユリアンを射抜くような視線で見据えた。
「ぴゃぅ!」
空気を読んだのか、コンが少年の姿でユリアンの足元をチョロチョロと走り回り、わざと裾を泥で汚した。フェンリルも低く唸り、ユリアンを遠ざけようとする。
「おやおや……聖獣たちまで彼に味方するとは。……わかりました。今日のところは引き下がりましょう。ですが、リヒトさん。私の誘いはいつでも有効ですよ」
ユリアンは含みのある笑みを残し、風のように立ち去っていった。
一人と一団が去った後、駐屯地の中庭には静寂が戻った。
ジークヴァルトは、まだリヒトの手を握ったままだった。
「……リヒト。さっきの言葉、本当か」
「えっ、どれですか?」
「私が一番喜んでくれる……という言葉だ」
ジークヴァルトが真剣な顔で覗き込むので、リヒトは恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「あ、はい……。だって、ジークヴァルト様、僕がブラッシングすると、いつも耳が赤くなって……すごく、可愛い顔をするから」
「…………可愛い、だと?」
帝国最強の騎士団長が、人生で一度も言われたことのない言葉に絶句する。
「あ、すみません! 団長様に可愛いいなんて失礼でしたよね!」
慌てるリヒトだったが、ジークヴァルトは口元を隠すようにして顔を背けた。その耳は、案の定、真っ赤に染まっている。
「……勝手にしろ。その代わり、これからも私の髪を整える権利は、お前にしか与えん。……いいな」
「はい! もちろんです!」
二人の距離は、外敵が現れるたびに、より強固に、そしてより甘く結びついていく。
リヒトの無自覚な「告白」に、ジークヴァルトの心は、もはや降参するしかなかった。
降り立ったのは、神殿が新たに「聖子候補」として担ぎ出した青年、ユリアンだった。
眩いばかりの金髪をなびかせ、柔らかな微笑みを湛えた彼は、リヒトとはまた違う、完成された美しさを持っていた。
「あなたがリヒトさんですね。噂はかねがね。……お会いできて光栄です」
ユリアンはリヒトの前に立つと、優雅な仕草でその指先を取り、恭しく唇を寄せようとした。
――ガシッ。
その指先がリヒトの肌に触れる直前、分厚い鉄の手甲が割り込んだ。
「……挨拶なら言葉だけで十分だ。聖者殿」
ジークヴァルトが、ユリアンの手を万力のような力で握りつぶさんばかりに遮っていた。
その背後では、リヒトが「あ、ジークヴァルト様」と、安心したように彼のマントの陰に隠れる。
「これは手厳しい。……ジークヴァルト団長、私はただ、同郷のよしみで親愛を示しただけですよ」
ユリアンは涼しい顔で手を引くと、その視線をリヒトの背後にいる聖獣たちへと移した。
「それにしても、見事な毛並みだ。……リヒトさん、あなたの力は神殿という清浄な場所でこそ真価を発揮する。このような戦の気配がする場所では、あなたの魂が汚れてしまう。……どうでしょう、私と一緒に王都へ戻りませんか?」
ユリアンの甘い誘い文句に、リヒトは困ったように眉を下げた。
「あの、お誘いは嬉しいのですが……。僕はここが好きなんです。ジークヴァルト様も、フェンリルも、みんなここにいますから」
「ふふ、あなたは優しいのですね。ですが、団長のような無骨な騎士に、あなたの繊細な魔力が理解できるとは思えません。……団長、失礼ですが、あなたに彼を繋ぎ止める資格があるのですか?」
ユリアンの言葉は、ジークヴァルトが心の奥底で最も恐れていた「問い」だった。
自分は騎士だ。リヒトのような柔らかな存在を、血生臭い戦場に近い場所へ縛り付けていいのか。
ジークヴァルトがわずかに沈黙した、その時。
リヒトがマントの陰から一歩前へ出た。
「資格なんて、関係ありません。……僕が、ジークヴァルト様の傍にいたいんです」
リヒトは、少しだけ勇気を出してジークヴァルトの手を握った。
「ジークヴァルト様は、僕の魔力をちゃんと分かってくれています。それに、僕の調律を一番喜んでくれるのは、ジークヴァルト様なんです」
ジークヴァルトの黄金の瞳に、衝撃と、それ以上の熱い光が灯る。
握りしめられたリヒトの手は小さくて温かく、その勇気がジークヴァルトの迷いを一瞬で吹き飛ばした。
「……聞いた通りだ、聖者殿。リヒトは私の、いや、我ら騎士団の魂だ。……お前が連れて行くことは、天地が引っくり返ってもあり得ん」
ジークヴァルトはリヒトの手を握り返し、ユリアンを射抜くような視線で見据えた。
「ぴゃぅ!」
空気を読んだのか、コンが少年の姿でユリアンの足元をチョロチョロと走り回り、わざと裾を泥で汚した。フェンリルも低く唸り、ユリアンを遠ざけようとする。
「おやおや……聖獣たちまで彼に味方するとは。……わかりました。今日のところは引き下がりましょう。ですが、リヒトさん。私の誘いはいつでも有効ですよ」
ユリアンは含みのある笑みを残し、風のように立ち去っていった。
一人と一団が去った後、駐屯地の中庭には静寂が戻った。
ジークヴァルトは、まだリヒトの手を握ったままだった。
「……リヒト。さっきの言葉、本当か」
「えっ、どれですか?」
「私が一番喜んでくれる……という言葉だ」
ジークヴァルトが真剣な顔で覗き込むので、リヒトは恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「あ、はい……。だって、ジークヴァルト様、僕がブラッシングすると、いつも耳が赤くなって……すごく、可愛い顔をするから」
「…………可愛い、だと?」
帝国最強の騎士団長が、人生で一度も言われたことのない言葉に絶句する。
「あ、すみません! 団長様に可愛いいなんて失礼でしたよね!」
慌てるリヒトだったが、ジークヴァルトは口元を隠すようにして顔を背けた。その耳は、案の定、真っ赤に染まっている。
「……勝手にしろ。その代わり、これからも私の髪を整える権利は、お前にしか与えん。……いいな」
「はい! もちろんです!」
二人の距離は、外敵が現れるたびに、より強固に、そしてより甘く結びついていく。
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