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10話
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王宮での生活にも少しずつ慣れてきた頃、ギルバートから「気分転換に街へ出ないか」と誘いを受けた。
ハルにとっては、初めて目にする異世界の城下町だ。
「ぜひ!」と二つ返事で快諾したハルだったが、いざ出発となると、その護衛陣容は凄まじいものになっていた。
「ハル、離れるなよ。街は王宮ほど安全ではない」
黄金の刺繍が入った私服に着替えたギルバートが、ハルの隣をがっちりとキープする。
反対側には、尻尾をぶんぶんと振るカイル。ハルのフードの中にはポポが潜み、さらに数歩後ろからは、冷徹な表情のジークが完璧な距離感で控えている。
そして、姿は見えないが、フェンがどこかの影から見守っているはずだった。
「あはは、ちょっと大げさじゃないですか?」
「大げさなものか。君に万が一のことがあれば、この国の損失どころか、俺たちの魂が死ぬ」
ギルバートが真面目な顔で言う。
獣人にとって、癒やしの源を失うことは、永遠の渇きを意味するからだ。
城門を抜け、城下町へと足を踏み入れた瞬間、ハルの目は輝いた。
石畳の道、レンガ造りの家々。そして何より、そこを行き交う多様な「もふもふ」たち。
犬、猫、馬、果ては大きな熊まで、様々な種族が共生している。
しかし、異変はすぐに起きた。
ハルが通りを一歩進むたびに、賑やかだった街の喧騒が、しんと静まり返っていくのだ。
「……おい、なんだ、この心地よい風は……」
「喧嘩してる場合じゃねぇぞ。なんだか、急に体が軽くなった……」
通りの角で荷物の積み下ろしを巡って言い争っていた強面の熊獣人たちが、ピタリと動きを止めた。
彼らは鼻をヒクつかせ、ハルが通り過ぎるのを呆然と見送る。
そしてハルの「癒やし香」をひと嗅ぎした瞬間、怒り狂っていた顔が、まるで春の陽だまりに溶ける雪のように、ふにゃりと緩んでしまった。
「あぁ……幸せだ……。仕事なんてどうでもよくなっちまった……」
熊獣人たちがその場に座り込み、お互いの肩を組んで笑い合っている。
ハルが通り過ぎた後の道は、まるで「聖域」になったかのように、穏やかで平和な空気に満たされていた。
「すごい……。ハル様が歩くだけで、街の犯罪率がリアルタイムで下がっていくのがわかります」
カイルが感心したように呟く。
この世界の獣人たちは、その強靭な生命力の代償として、常に内なる闘争本能……いわゆる「苛立ち」と戦っている。
ハルの香りは、その苛立ちの根源である「精神の淀み」を一掃してしまうのだ。
「ハル様、あちらの広場で露店が出ています。寄ってみましょうか」
ジークが優雅に案内する。
広場へ向かう道中、ハルは一人の小さな猫獣人の女の子が、転んで泣いているのを見つけた。
「あ、大丈夫?」
ハルが駆け寄り、女の子の膝の土を払って、頭を優しく撫でる。
その瞬間、女の子の涙はピタリと止まった。
ハルの手から直接伝わる「癒やし」に、女の子の瞳がとろりと蕩けそうになる。
「……おにいちゃん、すっごくいいにおい。……だいすき!」
「えへへ、ありがとう」
ハルが微笑むと、周囲でそれを見ていた大人たちの獣人たちが、一斉に胸を抑えて悶絶した。
「なんて慈悲深いんだ……」「あれこそ本物の聖人だ……」と、畏怖と憧憬の混じった囁きが広がる。
「ハル、あまり無防備に徳を振りまくのは控えてくれ。……周りの連中が、君を神格化し始めている」
ギルバートが困り顔で、ハルの肩を抱き寄せて引き寄せる。
彼は、街の人々の目が「癒やしへの感謝」から、徐々に「ハルを独占したいという崇拝」に変わりつつあるのを敏感に察知していた。
「あ、見てください! あのお菓子、美味しそう!」
ハルはそんな周囲の熱狂に全く気づかず、出店のリンゴ飴のようなお菓子を指差して目を輝かせている。
「ハル様が望むなら、この屋台ごと買い取りましょうか?」
「ジークさん、それはやりすぎです!」
そんなやり取りをしながら、一行は賑やかな街を楽しんだ。
しかし、その様子を遠くの時計塔からじっと見つめる、見慣れない外套を羽織った男の姿があった。
「……あれが、噂の癒やし手か。……ふん、あんな小僧一人のために、この国の獣人たちが骨抜きになるとはな」
男の目は、好奇心と、そして何やら不穏な光を宿していた。
ハルの平和な異世界ライフに、少しずつ、新たな「もふもふ」な嵐の予感が忍び寄っていた。
ハルにとっては、初めて目にする異世界の城下町だ。
「ぜひ!」と二つ返事で快諾したハルだったが、いざ出発となると、その護衛陣容は凄まじいものになっていた。
「ハル、離れるなよ。街は王宮ほど安全ではない」
黄金の刺繍が入った私服に着替えたギルバートが、ハルの隣をがっちりとキープする。
反対側には、尻尾をぶんぶんと振るカイル。ハルのフードの中にはポポが潜み、さらに数歩後ろからは、冷徹な表情のジークが完璧な距離感で控えている。
そして、姿は見えないが、フェンがどこかの影から見守っているはずだった。
「あはは、ちょっと大げさじゃないですか?」
「大げさなものか。君に万が一のことがあれば、この国の損失どころか、俺たちの魂が死ぬ」
ギルバートが真面目な顔で言う。
獣人にとって、癒やしの源を失うことは、永遠の渇きを意味するからだ。
城門を抜け、城下町へと足を踏み入れた瞬間、ハルの目は輝いた。
石畳の道、レンガ造りの家々。そして何より、そこを行き交う多様な「もふもふ」たち。
犬、猫、馬、果ては大きな熊まで、様々な種族が共生している。
しかし、異変はすぐに起きた。
ハルが通りを一歩進むたびに、賑やかだった街の喧騒が、しんと静まり返っていくのだ。
「……おい、なんだ、この心地よい風は……」
「喧嘩してる場合じゃねぇぞ。なんだか、急に体が軽くなった……」
通りの角で荷物の積み下ろしを巡って言い争っていた強面の熊獣人たちが、ピタリと動きを止めた。
彼らは鼻をヒクつかせ、ハルが通り過ぎるのを呆然と見送る。
そしてハルの「癒やし香」をひと嗅ぎした瞬間、怒り狂っていた顔が、まるで春の陽だまりに溶ける雪のように、ふにゃりと緩んでしまった。
「あぁ……幸せだ……。仕事なんてどうでもよくなっちまった……」
熊獣人たちがその場に座り込み、お互いの肩を組んで笑い合っている。
ハルが通り過ぎた後の道は、まるで「聖域」になったかのように、穏やかで平和な空気に満たされていた。
「すごい……。ハル様が歩くだけで、街の犯罪率がリアルタイムで下がっていくのがわかります」
カイルが感心したように呟く。
この世界の獣人たちは、その強靭な生命力の代償として、常に内なる闘争本能……いわゆる「苛立ち」と戦っている。
ハルの香りは、その苛立ちの根源である「精神の淀み」を一掃してしまうのだ。
「ハル様、あちらの広場で露店が出ています。寄ってみましょうか」
ジークが優雅に案内する。
広場へ向かう道中、ハルは一人の小さな猫獣人の女の子が、転んで泣いているのを見つけた。
「あ、大丈夫?」
ハルが駆け寄り、女の子の膝の土を払って、頭を優しく撫でる。
その瞬間、女の子の涙はピタリと止まった。
ハルの手から直接伝わる「癒やし」に、女の子の瞳がとろりと蕩けそうになる。
「……おにいちゃん、すっごくいいにおい。……だいすき!」
「えへへ、ありがとう」
ハルが微笑むと、周囲でそれを見ていた大人たちの獣人たちが、一斉に胸を抑えて悶絶した。
「なんて慈悲深いんだ……」「あれこそ本物の聖人だ……」と、畏怖と憧憬の混じった囁きが広がる。
「ハル、あまり無防備に徳を振りまくのは控えてくれ。……周りの連中が、君を神格化し始めている」
ギルバートが困り顔で、ハルの肩を抱き寄せて引き寄せる。
彼は、街の人々の目が「癒やしへの感謝」から、徐々に「ハルを独占したいという崇拝」に変わりつつあるのを敏感に察知していた。
「あ、見てください! あのお菓子、美味しそう!」
ハルはそんな周囲の熱狂に全く気づかず、出店のリンゴ飴のようなお菓子を指差して目を輝かせている。
「ハル様が望むなら、この屋台ごと買い取りましょうか?」
「ジークさん、それはやりすぎです!」
そんなやり取りをしながら、一行は賑やかな街を楽しんだ。
しかし、その様子を遠くの時計塔からじっと見つめる、見慣れない外套を羽織った男の姿があった。
「……あれが、噂の癒やし手か。……ふん、あんな小僧一人のために、この国の獣人たちが骨抜きになるとはな」
男の目は、好奇心と、そして何やら不穏な光を宿していた。
ハルの平和な異世界ライフに、少しずつ、新たな「もふもふ」な嵐の予感が忍び寄っていた。
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