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12話
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「……というわけで、俺もここに住むことにした。文句はあるまい?」
王宮騎士団宿舎の廊下。タイガは、自らの荷物(といっても豪華な装飾が施された大剣一本と、隣国から奪ってきたような高級寝具のみ)を床に放り出し、堂々と宣言した。
その場所は、ハルの部屋のまさに「真隣」だった。
「文句しかない! タイガ、貴様は一国の王子だろう。勝手に他国の宿舎に居座るなど、外交問題に発展するぞ!」
ギルバートが額に青筋を立てて怒鳴るが、タイガはどこ吹く風で、ふわりと漂ってきたハルの香りに鼻をひくつかせ、うっとりと目を細めている。
「外交だと? くだらん。俺にとっての優先事項は、この焼け付くような衝動を鎮めてくれる『ハル』の側にいることだけだ。……それに、俺がいなければ、この軟弱なライオンではハルを守りきれまい」
「なんだと……!」
この世界における獣人たちの「縄張り意識」は凄まじい。
特に、ハルのような「伝説の癒やし香」を持つ存在の周辺は、獣人にとって最も守るべき『聖域』となる。彼らにとって、ハルの隣室を確保することは、生存戦略上、最も重要なミッションなのだ。
「あ、あの……タイガさん、本当にここに住むんですか? 帝国の方は大丈夫なんですか?」
ハルが心配そうに尋ねると、タイガはそれまでの険しい表情を一変させ、大型の猫が喉を鳴らすような甘い低音で答えた。
「問題ない。仕事は部下に丸投げしてきた。ハル、俺は虎だ。ライオンのように群れるのは性に合わんが……お前の側にだけは、ずっと伏せていたい」
タイガはそう言うと、ハルの手を取り、その手の甲に自らの額を押し付けた。
虎獣人にとっての「額の接触」は、相手を自分より上位の存在、あるいは生涯守るべき伴侶として認める際の、最高級の服従儀礼である。
「……っ! 貴様、どさくさに紛れてハル様に誓約を……!」
背後から黒い殺気が立ち昇った。侍従長のジークだ。
彼はいつの間にか手にしたティーセットのトレイを武器のように構え、冷徹な観察眼でタイガを射抜いている。
「タイガ殿。ハル様の隣室は、すでに空気清浄と結界維持の観点から、魔法省の管理下に入っております。野良虎が入り込む隙間などございません」
「誰が野良虎だ、この黒猫め」
「キュキュッ! (そうだそうだ、あっちいけー!)」
フードの中からポポも加勢し、ハルの周りは一瞬で騒がしい口論の場と化した。
ハルはそんな彼らを見つめながら、少しだけ困ったように、けれど優しく微笑んだ。
社畜時代、誰からも必要とされず、ただ消費されるだけの毎日を送っていた自分。
今は、こんなに個性的で強い彼らが、自分を求めて火花を散らしている。
(……賑やかだけど、なんだか嬉しいな)
ハルは、タイガの赤髪の間から覗く虎の耳を、そっと撫でた。
「タイガさん。喧嘩しないなら、一緒にいてもいいですよ。……その代わり、仲良くしてくださいね?」
「…………っ!」
ハルの「癒やし」がダイレクトに注入され、タイガは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
最強の虎が、たった一言で完全に懐柔された瞬間だった。
「……ハルがそう言うなら、仕方ない。……仲良く、努力だけはしてやる」
こうして、ハルの隣室を巡る争奪戦は(一時的な)休戦協定が結ばれた。
しかし、それは同時に、宿舎がさらなる「もふもふの密集地帯」へと化していく予兆でもあった。
その夜、ハルの部屋の壁の至る所から、壁越しにハルの香りを嗅ごうとする獣人たちの「クンクン」という鼻息が聞こえてきたのは、言うまでもない。
王宮騎士団宿舎の廊下。タイガは、自らの荷物(といっても豪華な装飾が施された大剣一本と、隣国から奪ってきたような高級寝具のみ)を床に放り出し、堂々と宣言した。
その場所は、ハルの部屋のまさに「真隣」だった。
「文句しかない! タイガ、貴様は一国の王子だろう。勝手に他国の宿舎に居座るなど、外交問題に発展するぞ!」
ギルバートが額に青筋を立てて怒鳴るが、タイガはどこ吹く風で、ふわりと漂ってきたハルの香りに鼻をひくつかせ、うっとりと目を細めている。
「外交だと? くだらん。俺にとっての優先事項は、この焼け付くような衝動を鎮めてくれる『ハル』の側にいることだけだ。……それに、俺がいなければ、この軟弱なライオンではハルを守りきれまい」
「なんだと……!」
この世界における獣人たちの「縄張り意識」は凄まじい。
特に、ハルのような「伝説の癒やし香」を持つ存在の周辺は、獣人にとって最も守るべき『聖域』となる。彼らにとって、ハルの隣室を確保することは、生存戦略上、最も重要なミッションなのだ。
「あ、あの……タイガさん、本当にここに住むんですか? 帝国の方は大丈夫なんですか?」
ハルが心配そうに尋ねると、タイガはそれまでの険しい表情を一変させ、大型の猫が喉を鳴らすような甘い低音で答えた。
「問題ない。仕事は部下に丸投げしてきた。ハル、俺は虎だ。ライオンのように群れるのは性に合わんが……お前の側にだけは、ずっと伏せていたい」
タイガはそう言うと、ハルの手を取り、その手の甲に自らの額を押し付けた。
虎獣人にとっての「額の接触」は、相手を自分より上位の存在、あるいは生涯守るべき伴侶として認める際の、最高級の服従儀礼である。
「……っ! 貴様、どさくさに紛れてハル様に誓約を……!」
背後から黒い殺気が立ち昇った。侍従長のジークだ。
彼はいつの間にか手にしたティーセットのトレイを武器のように構え、冷徹な観察眼でタイガを射抜いている。
「タイガ殿。ハル様の隣室は、すでに空気清浄と結界維持の観点から、魔法省の管理下に入っております。野良虎が入り込む隙間などございません」
「誰が野良虎だ、この黒猫め」
「キュキュッ! (そうだそうだ、あっちいけー!)」
フードの中からポポも加勢し、ハルの周りは一瞬で騒がしい口論の場と化した。
ハルはそんな彼らを見つめながら、少しだけ困ったように、けれど優しく微笑んだ。
社畜時代、誰からも必要とされず、ただ消費されるだけの毎日を送っていた自分。
今は、こんなに個性的で強い彼らが、自分を求めて火花を散らしている。
(……賑やかだけど、なんだか嬉しいな)
ハルは、タイガの赤髪の間から覗く虎の耳を、そっと撫でた。
「タイガさん。喧嘩しないなら、一緒にいてもいいですよ。……その代わり、仲良くしてくださいね?」
「…………っ!」
ハルの「癒やし」がダイレクトに注入され、タイガは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
最強の虎が、たった一言で完全に懐柔された瞬間だった。
「……ハルがそう言うなら、仕方ない。……仲良く、努力だけはしてやる」
こうして、ハルの隣室を巡る争奪戦は(一時的な)休戦協定が結ばれた。
しかし、それは同時に、宿舎がさらなる「もふもふの密集地帯」へと化していく予兆でもあった。
その夜、ハルの部屋の壁の至る所から、壁越しにハルの香りを嗅ごうとする獣人たちの「クンクン」という鼻息が聞こえてきたのは、言うまでもない。
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