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3話
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「……あの、ガイさん。さっきからちょっと、くっつきすぎじゃないですかね?」
タクミは、豪華な天蓋付きベッドの隅っこで身を縮めていた。
団長の自室というだけあって、ベッドは広大だ。五人くらい並んで寝られそうなサイズなのに、なぜか隣にいる大男は、磁石のようにタクミとの距離を詰めてくる。
「……すまん。だが、離れると『旨味』が薄れるのだ」
ガイの声は、すでに半分夢の中にあるように微睡(まどろ)んでいた。
だが、その腕はタクミの腰をしっかりとホールドしている。
タクミの鼻先には、ガイの使い込まれた革と、清潔な石鹸の匂いが漂ってくる。本来なら「イケメンの匂い、最高……!」と悶絶してもいい場面だが、タクミの耳元では絶え間なく「スースー」と鼻を鳴らす音が聞こえていた。
「(……これ、寝てる間に齧られないかな、俺。さっきから首筋のあたりで、ガイさんが『ハフッ』とか言ってるんだけど)」
タクミは、前世の焼肉屋での経験を思い出していた。
繁盛期の土曜日、注文が立て込んでパニックになった時の厨房の熱気。今のガイから感じる熱は、まさにそれと同じだ。
「……あぁ、いい……。特上……ハラミ……。タレは……甘口で……」
「寝言まで注文完了してるし! どんだけ肉に飢えてるんですか!」
タクミはツッコミを入れながら、ガイの腕を押し返そうとした。
だが、鍛え抜かれた騎士団長の筋肉は、岩のようにビクともしない。それどころか、暴れるタクミを「活きがいいな」とでも言うように、さらに強く抱き寄せた。
「(……待てよ。これ、よく考えたらBLの王道展開だよな? 攻めキャラが受けキャラを抱いて寝るっていう……)」
暗闇の中、タクミの心臓が少しだけドクン、と跳ねた。
顔を上げると、月光に照らされたガイの横顔が見えた。鋭い眉、高い鼻筋、そして硬そうな唇。
黙っていれば、帝国最強と謳われるのも納得の、冷徹で気高い美丈夫なのだ。
「……まあ、見た目だけは、本当に文句なしなんだけどな。性格が完全に『腹ペコわんこ』なだけで」
タクミがそっとガイの頬に触れようとした、その時。
「……タクミ……」
ガイが、不意にタクミの名前を呼んだ。
これまでの「少年」という呼び方ではない。はっきりとした、一人の人間としての名前。
タクミの指が止まる。
(え……。まさか、寝たふり? 実は起きてて、ここから甘い展開になるの……!?)
「タクミ……。お前……」
ガイがゆっくりと目を開ける。
その瞳は、暗闇の中でも獲物を見据える獣のように、鋭く光っていた。
タクミは息を呑んだ。ついに、男としての魅力に気づいてくれたのだろうか。
「……お前、明日の朝飯は、何だ?」
「………………寝ろよ、もう!!」
タクミは手近にあった枕をガイの顔面に叩きつけた。
期待した自分がバカだった。この男の脳内メーカーは、おそらく九割が「肉」、一割が「白米」で構成されている。
* * *
翌朝。
聖騎士団の朝は、驚くほど早かった。
タクミがガイに(物理的に)拘束されたまま目を覚ますと、すでに窓の外からは騎士たちの訓練の声が聞こえていた。
「……うーん。あ、団長。起きてください、朝ですよ」
「……む。そうか。……タクミ、おはよう。……ふむ、朝のお前は、少し『サッパリ』とした匂いがするな。塩タンのような、清涼感のある……」
「朝イチから人の匂いをテイスティングするのやめてもらえます?」
ガイは名残惜しそうにタクミを解放すると、慣れた手つきで鎧を身に纏い始めた。
その姿は、昨夜の食いしん坊な男とは別人のように凛々しい。
「タクミ、お前は今日からしばらく、この城塞内を自由にしていい。だが、外へは出るな。お前の『価値』を知った輩が、お前を奪いに来るかもしれんからな」
「価値って……ただの歩く焼肉の匂いですよ? 誰が欲しがるんですか」
「俺が欲しがる。……それだけで、お前を囲う理由には十分だ」
ガイがさらっと、かなり独占欲の強いセリフを吐いた。
しかも、真顔で。
これにはタクミも、思わず顔を赤らめるしかない。
「(な、なんなの……。食欲のつもりで言ってるんだろうけど、たまに語彙力がBLっぽくなるのやめてほしい。心臓に悪い……!)」
タクミがもごもごと口を動かしていると、食堂の方から騒がしい足音が聞こえてきた。
「団長! 団長ぉぉぉ!!」
駆け込んできたのは、昨日の副団長――名はカシアンというらしい。
彼は必死な形相で、タクミとガイの間に割って入った。
「団長、朝からタクミ君を独占するのは不公平です! 騎士団員たちが、タクミ君の匂いがないと朝の粥が喉を通らないと暴動寸前なんですよ!」
「何だと? 貴様ら、昨日の夕食で一週間分は嗅いだだろう!」
「あんなの、前菜に過ぎません! さあ、タクミ君! 食堂へ行きましょう! みんなが君を……君の芳香を待っているんだ!」
「わあああっ! 引っ張らないで! 俺は消臭元じゃないんだぞ!」
タクミはカシアンに腕を引かれ、嵐のように部屋を連れ出された。
残されたガイは、自分の手に残った「香ばしい残り香」をそっと嗅ぎ、少しだけ不満そうに眉を寄せた。
「……朝から共食い(奪い合い)か。やれやれ、これでは俺の分け前が減るではないか」
ガイが感じているこの「モヤモヤ」の正体。
それが空腹感なのか、それとも初めて芽生えた嫉妬心なのか。
最強の脳筋団長がその答えにたどり着くには、まだまだ膨大な量の「白米」が必要なようだった。
タクミは、豪華な天蓋付きベッドの隅っこで身を縮めていた。
団長の自室というだけあって、ベッドは広大だ。五人くらい並んで寝られそうなサイズなのに、なぜか隣にいる大男は、磁石のようにタクミとの距離を詰めてくる。
「……すまん。だが、離れると『旨味』が薄れるのだ」
ガイの声は、すでに半分夢の中にあるように微睡(まどろ)んでいた。
だが、その腕はタクミの腰をしっかりとホールドしている。
タクミの鼻先には、ガイの使い込まれた革と、清潔な石鹸の匂いが漂ってくる。本来なら「イケメンの匂い、最高……!」と悶絶してもいい場面だが、タクミの耳元では絶え間なく「スースー」と鼻を鳴らす音が聞こえていた。
「(……これ、寝てる間に齧られないかな、俺。さっきから首筋のあたりで、ガイさんが『ハフッ』とか言ってるんだけど)」
タクミは、前世の焼肉屋での経験を思い出していた。
繁盛期の土曜日、注文が立て込んでパニックになった時の厨房の熱気。今のガイから感じる熱は、まさにそれと同じだ。
「……あぁ、いい……。特上……ハラミ……。タレは……甘口で……」
「寝言まで注文完了してるし! どんだけ肉に飢えてるんですか!」
タクミはツッコミを入れながら、ガイの腕を押し返そうとした。
だが、鍛え抜かれた騎士団長の筋肉は、岩のようにビクともしない。それどころか、暴れるタクミを「活きがいいな」とでも言うように、さらに強く抱き寄せた。
「(……待てよ。これ、よく考えたらBLの王道展開だよな? 攻めキャラが受けキャラを抱いて寝るっていう……)」
暗闇の中、タクミの心臓が少しだけドクン、と跳ねた。
顔を上げると、月光に照らされたガイの横顔が見えた。鋭い眉、高い鼻筋、そして硬そうな唇。
黙っていれば、帝国最強と謳われるのも納得の、冷徹で気高い美丈夫なのだ。
「……まあ、見た目だけは、本当に文句なしなんだけどな。性格が完全に『腹ペコわんこ』なだけで」
タクミがそっとガイの頬に触れようとした、その時。
「……タクミ……」
ガイが、不意にタクミの名前を呼んだ。
これまでの「少年」という呼び方ではない。はっきりとした、一人の人間としての名前。
タクミの指が止まる。
(え……。まさか、寝たふり? 実は起きてて、ここから甘い展開になるの……!?)
「タクミ……。お前……」
ガイがゆっくりと目を開ける。
その瞳は、暗闇の中でも獲物を見据える獣のように、鋭く光っていた。
タクミは息を呑んだ。ついに、男としての魅力に気づいてくれたのだろうか。
「……お前、明日の朝飯は、何だ?」
「………………寝ろよ、もう!!」
タクミは手近にあった枕をガイの顔面に叩きつけた。
期待した自分がバカだった。この男の脳内メーカーは、おそらく九割が「肉」、一割が「白米」で構成されている。
* * *
翌朝。
聖騎士団の朝は、驚くほど早かった。
タクミがガイに(物理的に)拘束されたまま目を覚ますと、すでに窓の外からは騎士たちの訓練の声が聞こえていた。
「……うーん。あ、団長。起きてください、朝ですよ」
「……む。そうか。……タクミ、おはよう。……ふむ、朝のお前は、少し『サッパリ』とした匂いがするな。塩タンのような、清涼感のある……」
「朝イチから人の匂いをテイスティングするのやめてもらえます?」
ガイは名残惜しそうにタクミを解放すると、慣れた手つきで鎧を身に纏い始めた。
その姿は、昨夜の食いしん坊な男とは別人のように凛々しい。
「タクミ、お前は今日からしばらく、この城塞内を自由にしていい。だが、外へは出るな。お前の『価値』を知った輩が、お前を奪いに来るかもしれんからな」
「価値って……ただの歩く焼肉の匂いですよ? 誰が欲しがるんですか」
「俺が欲しがる。……それだけで、お前を囲う理由には十分だ」
ガイがさらっと、かなり独占欲の強いセリフを吐いた。
しかも、真顔で。
これにはタクミも、思わず顔を赤らめるしかない。
「(な、なんなの……。食欲のつもりで言ってるんだろうけど、たまに語彙力がBLっぽくなるのやめてほしい。心臓に悪い……!)」
タクミがもごもごと口を動かしていると、食堂の方から騒がしい足音が聞こえてきた。
「団長! 団長ぉぉぉ!!」
駆け込んできたのは、昨日の副団長――名はカシアンというらしい。
彼は必死な形相で、タクミとガイの間に割って入った。
「団長、朝からタクミ君を独占するのは不公平です! 騎士団員たちが、タクミ君の匂いがないと朝の粥が喉を通らないと暴動寸前なんですよ!」
「何だと? 貴様ら、昨日の夕食で一週間分は嗅いだだろう!」
「あんなの、前菜に過ぎません! さあ、タクミ君! 食堂へ行きましょう! みんなが君を……君の芳香を待っているんだ!」
「わあああっ! 引っ張らないで! 俺は消臭元じゃないんだぞ!」
タクミはカシアンに腕を引かれ、嵐のように部屋を連れ出された。
残されたガイは、自分の手に残った「香ばしい残り香」をそっと嗅ぎ、少しだけ不満そうに眉を寄せた。
「……朝から共食い(奪い合い)か。やれやれ、これでは俺の分け前が減るではないか」
ガイが感じているこの「モヤモヤ」の正体。
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