5 / 22
5話
しおりを挟む
「……ん? なんだ、この匂いは」
翌朝、一番に声を上げたのは、やはりタクミの横で寝ていたガイだった。
いつもなら「特上カルビの目覚め」を期待して鼻をヒクつかせているはずの彼が、今朝はひどく困惑した顔でタクミの首筋を見つめている。
タクミは眠い目をこすりながら、寝ぼけ眼で応えた。
「ん……。なんですか、ガイさん。朝からまたテイスティングですか……?」
「いや、違う。タクミ、お前……昨日の肉の匂いはどうした。今はその……もっと、こう……」
「……?」
タクミが自分の腕の匂いを嗅いでみる。
すると、そこから漂ってきたのは、昨日までの「香ばしい醤油と脂の香り」ではなかった。
「……あ。これ、バニラエッセンス……? それに、焼きたてのスポンジ生地みたいな……」
「そうだ! パンケーキだ! それも、これでもかと蜂蜜と生クリームをぶっかけた、背徳的なまでの甘い匂いだぞ!」
ガイがガタッとベッドから起き上がった。
タクミも驚いて飛び起きる。
「え、えええっ!? 何で!? 俺、昨日はお肉のことばっかり考えて寝たのに!」
「知らん! だが、この匂い……昨日までの『白米を呼ぶ力』とは違うが、これはこれで……抗いがたい破壊力がある……!」
ガイの瞳が、これまでの「肉食獣」のそれから、何か「未知の甘美な快楽に目覚めそうな男」のそれに変化していく。
どうやら女神の言っていた『誘惑(チャーム)』スキルは、タクミの状態や時間経過によって「提供メニュー」が変わる仕様らしい。
「(最悪だ……。これじゃ、ただの『歩くデザートバイキング』じゃないか!)」
* * *
その日の訓練場は、いつにも増して殺気立っていた。
いや、殺気というよりは……「浮足立っていた」という方が正しい。
タクミがガイに連れられて訓練場の端を通るだけで、木剣を振るっていた騎士たちの動きがピタリと止まる。
「……おい、嗅いだか。今、団長の隣を通り過ぎたタクミ君の匂い」
「ああ。天国のような甘い香りだ。……俺、本当は辛いものより甘いものの方が好きだったんだよな……」
「わかる。あの匂いに包まれて、紅茶が飲みたい……」
屈強な筋肉自慢の騎士たちが、頬を赤らめてタクミをうっとりと見送っている。
昨日までの「ガツガツとした食欲」とは違い、今の彼らの目は、どこか乙女チックな熱を帯びていた。
「(こ、こっちの方が怖い! 視線がねっとりしてる気がする!)」
タクミはガイの背中に隠れるようにして歩くが、ガイ自身もどこか落ち着かない様子だった。
「……タクミ、お前。あまりキョロキョロするな。その、甘い匂いを撒き散らすなと言っている」
「俺だって好きで出してるんじゃないですよ! そもそも、ガイさんは甘いもの興味ないんじゃなかったんですか?」
「興味は……なかった。戦士の食事に菓子など不要だと思っていたからな。だが……」
ガイが立ち止まり、タクミの方を振り返る。
彼の手が、タクミの頬をそっと撫でた。
その指先が震えているのは、怒りのせいか、それとも――。
「……この匂いを嗅いでいると、なんだかこう、胸の奥がムズムズする。肉の時とは違う……もっと、お前そのものを『甘やかしたくなる』ような、妙な気分だ」
「え……?」
タクミはドキン、と心臓が跳ねるのを感じた。
今までの「美味しそう」という評価は、あくまでタクミを「食材」として見ていたものだ。
けれど今のガイの言葉は、ほんの少しだけ、タクミという「人間」に向けられているような気がした。
(……いやいや、騙されるな俺! 相手は脳筋団長だぞ。きっと『糖分が足りてない』だけだ!)
タクミが顔を赤くして俯くと、そこへ新たな伏兵が現れた。
「――おやおや。本日は随分とスイートな香りが漂っておりますね」
昨日、米を餌にタクミを釣ろうとした特使・ルウェリンだ。
彼は何食わぬ顔で歩み寄り、タクミの目の前で優雅に一礼した。
「タクミ様。我が国の王宮には、世界最高のパティシエがおります。その匂いに相応しい、宝石のようなスイーツを共に楽しみませんか?」
「パティシエ……! ショートケーキとか、ありますか?」
「ええ、もちろん。イチゴをふんだんに使ったものを」
「タクミ! 待てと言っているだろう!」
ガイが割って入る。
「ルウェリン、貴様……。昨日は米だと言ったはずだ。今日は菓子で釣るつもりか!」
「フフ、柔軟な対応こそ外交の基本ですよ。さあ、タクミ様。どちらが貴方に相応しい『甘いひととき』を提供できるか、試してみませんか?」
ガイはルウェリンを睨みつけるが、その手はしっかりとタクミの腕を掴んでいた。
「……試すまでもない。こいつのデザート(匂い)を独占するのは、俺だ。タクミ、部屋に戻るぞ!」
「わわっ! ちょっと、ガイさん! 引っ張らないで!」
ガイはタクミを連れ去るように歩き出す。
その背中は昨日よりも少しだけ焦っているようで、タクミにはそれが、ほんの少しだけ可笑しく、そして嬉しく感じられた。
(……じっくり、ゆっくり。俺、この世界でちゃんと『人間』として好きになってもらえるのかな……)
タクミから漂う甘い香りは、二人の間に漂う微妙な空気も、少しずつ甘く変えようとしていた。
翌朝、一番に声を上げたのは、やはりタクミの横で寝ていたガイだった。
いつもなら「特上カルビの目覚め」を期待して鼻をヒクつかせているはずの彼が、今朝はひどく困惑した顔でタクミの首筋を見つめている。
タクミは眠い目をこすりながら、寝ぼけ眼で応えた。
「ん……。なんですか、ガイさん。朝からまたテイスティングですか……?」
「いや、違う。タクミ、お前……昨日の肉の匂いはどうした。今はその……もっと、こう……」
「……?」
タクミが自分の腕の匂いを嗅いでみる。
すると、そこから漂ってきたのは、昨日までの「香ばしい醤油と脂の香り」ではなかった。
「……あ。これ、バニラエッセンス……? それに、焼きたてのスポンジ生地みたいな……」
「そうだ! パンケーキだ! それも、これでもかと蜂蜜と生クリームをぶっかけた、背徳的なまでの甘い匂いだぞ!」
ガイがガタッとベッドから起き上がった。
タクミも驚いて飛び起きる。
「え、えええっ!? 何で!? 俺、昨日はお肉のことばっかり考えて寝たのに!」
「知らん! だが、この匂い……昨日までの『白米を呼ぶ力』とは違うが、これはこれで……抗いがたい破壊力がある……!」
ガイの瞳が、これまでの「肉食獣」のそれから、何か「未知の甘美な快楽に目覚めそうな男」のそれに変化していく。
どうやら女神の言っていた『誘惑(チャーム)』スキルは、タクミの状態や時間経過によって「提供メニュー」が変わる仕様らしい。
「(最悪だ……。これじゃ、ただの『歩くデザートバイキング』じゃないか!)」
* * *
その日の訓練場は、いつにも増して殺気立っていた。
いや、殺気というよりは……「浮足立っていた」という方が正しい。
タクミがガイに連れられて訓練場の端を通るだけで、木剣を振るっていた騎士たちの動きがピタリと止まる。
「……おい、嗅いだか。今、団長の隣を通り過ぎたタクミ君の匂い」
「ああ。天国のような甘い香りだ。……俺、本当は辛いものより甘いものの方が好きだったんだよな……」
「わかる。あの匂いに包まれて、紅茶が飲みたい……」
屈強な筋肉自慢の騎士たちが、頬を赤らめてタクミをうっとりと見送っている。
昨日までの「ガツガツとした食欲」とは違い、今の彼らの目は、どこか乙女チックな熱を帯びていた。
「(こ、こっちの方が怖い! 視線がねっとりしてる気がする!)」
タクミはガイの背中に隠れるようにして歩くが、ガイ自身もどこか落ち着かない様子だった。
「……タクミ、お前。あまりキョロキョロするな。その、甘い匂いを撒き散らすなと言っている」
「俺だって好きで出してるんじゃないですよ! そもそも、ガイさんは甘いもの興味ないんじゃなかったんですか?」
「興味は……なかった。戦士の食事に菓子など不要だと思っていたからな。だが……」
ガイが立ち止まり、タクミの方を振り返る。
彼の手が、タクミの頬をそっと撫でた。
その指先が震えているのは、怒りのせいか、それとも――。
「……この匂いを嗅いでいると、なんだかこう、胸の奥がムズムズする。肉の時とは違う……もっと、お前そのものを『甘やかしたくなる』ような、妙な気分だ」
「え……?」
タクミはドキン、と心臓が跳ねるのを感じた。
今までの「美味しそう」という評価は、あくまでタクミを「食材」として見ていたものだ。
けれど今のガイの言葉は、ほんの少しだけ、タクミという「人間」に向けられているような気がした。
(……いやいや、騙されるな俺! 相手は脳筋団長だぞ。きっと『糖分が足りてない』だけだ!)
タクミが顔を赤くして俯くと、そこへ新たな伏兵が現れた。
「――おやおや。本日は随分とスイートな香りが漂っておりますね」
昨日、米を餌にタクミを釣ろうとした特使・ルウェリンだ。
彼は何食わぬ顔で歩み寄り、タクミの目の前で優雅に一礼した。
「タクミ様。我が国の王宮には、世界最高のパティシエがおります。その匂いに相応しい、宝石のようなスイーツを共に楽しみませんか?」
「パティシエ……! ショートケーキとか、ありますか?」
「ええ、もちろん。イチゴをふんだんに使ったものを」
「タクミ! 待てと言っているだろう!」
ガイが割って入る。
「ルウェリン、貴様……。昨日は米だと言ったはずだ。今日は菓子で釣るつもりか!」
「フフ、柔軟な対応こそ外交の基本ですよ。さあ、タクミ様。どちらが貴方に相応しい『甘いひととき』を提供できるか、試してみませんか?」
ガイはルウェリンを睨みつけるが、その手はしっかりとタクミの腕を掴んでいた。
「……試すまでもない。こいつのデザート(匂い)を独占するのは、俺だ。タクミ、部屋に戻るぞ!」
「わわっ! ちょっと、ガイさん! 引っ張らないで!」
ガイはタクミを連れ去るように歩き出す。
その背中は昨日よりも少しだけ焦っているようで、タクミにはそれが、ほんの少しだけ可笑しく、そして嬉しく感じられた。
(……じっくり、ゆっくり。俺、この世界でちゃんと『人間』として好きになってもらえるのかな……)
タクミから漂う甘い香りは、二人の間に漂う微妙な空気も、少しずつ甘く変えようとしていた。
11
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!
木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。
この話は小説家になろうにも投稿しています。
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる