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6話
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「……タクミ。今日から、俺の隣で寝る必要はない」
朝食の席で、ガイが唐突にそう宣言した。
手に持ったパンを千切る動作はいつも通り力強いが、その目は一度もタクミと合っていない。
タクミは口に運びかけていたスープのスプーンを止めた。
「え……? あ、はい。それは全然いいんですけど。……どうしたんですか、急に」
「お前のその……『甘い匂い』のせいだ。あれを浴び続けていると、俺の騎士としての研ぎ澄まされた感覚が鈍る気がする。……そう、糖分は脳を甘やかすからな」
「はぁ。……糖分っていうか、匂いなんですけどね、これ」
タクミは少しだけ、胸の奥が「ツン」とするのを感じた。
確かに自分は『歩く飯テロ装置』としてここに置かれている。ガイが自分を囲うのは、食欲を刺激されるからだ。それは十分に理解していたはずだった。
(……なのに、なんでちょっとショック受けてんだ、俺。むしろ一人で寝られるなら万々歳じゃないか)
タクミは自分に言い聞かせるように、無理やり粥を飲み込んだ。
* * *
それから数日。
ガイは徹底してタクミを避けるようになった。
廊下ですれ違っても「……む」と短く唸るだけで通り過ぎ、食事時も遠くの席で、部下たちと「いかに効率よく筋肉を育てるか」という暑苦しい議論に没頭している。
代わりにタクミの周囲に集まってきたのは、ガイの「遠ざけ令」をチャンスと捉えた騎士たちだった。
「タクミ様、本日もお美しい……いや、美味しそうな香りですね。これ、王都で一番人気の紅茶です。良ければご一緒に」
「タクミ君、肩が凝っていませんか? 揉みましょうか? ああ、揉むとさらにメイプルシロップの香りが強まって……最高だ……」
「……あの、皆さん。俺、一応ここでの立ち位置は『捕虜』に近いんですけど」
タクミが困惑していると、遠くの席から「ガシャン!」と激しい音が響いた。
見ると、ガイがスープの皿をテーブルに叩きつけて立ち上がっていた。
「……訓練だ! 全員、直ちに練兵場へ集まれ! 甘っちょろい空気に浸っている暇があるなら、剣の一振りでも多くこなせ!」
「ひえっ! 団長、目がマジだ!」
「逃げろ! 今日の団長は激辛モードだぞ!」
騎士たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。
食堂に残されたのは、呆然とするタクミと、肩を怒らせて歩いてくるガイだけだった。
ガイはタクミの目の前まで来ると、鼻をこれでもかと動かした。
「……タクミ。貴様、他の男に匂いを振りまきすぎだ」
「振りまいてませんよ! 勝手に寄ってくるんですもん。……大体、遠ざけたのはガイさんじゃないですか。俺の匂い、騎士の感覚が鈍るから嫌なんですよね?」
タクミが少しだけ尖った声を出すと、ガイは言葉に詰まったように顔を逸らした。
その耳たぶが、ほんのりと赤い。
「……嫌だとは言っていない。ただ、制御不能になるのが……怖かったのだ」
「制御不能?」
「お前の匂いを嗅いでいると、飯のことだけじゃなくて……。お前が笑うと、胸の奥が『ふわふわ』して、剣を握る手が震えそうになる。そんな経験、俺の人生にはなかったんだ」
ガイは切実な顔で、タクミの手首を掴んだ。
昨夜までの「パンケーキの匂い」は少し薄れ、今はどこか「焼きたてのアップルパイ」のような、温かくて安心する香りがタクミから漂っている。
「……タクミ。俺は、お前をどう扱えばいいのか分からん。肉なら食えばいい。だが、お前は……」
ガイがタクミの顔に、ゆっくりと自分の顔を近づけていく。
タクミの心臓が、耳元でうるさいくらいに鳴り響く。
(ちょ、ちょっと待って。これ、避けてた反動で一気に来るパターン!? 展開ゆっくりって言ったのに、ガイさんの情緒が追いついてない!)
ガイの唇が、タクミの鼻先に触れるかという距離まで迫った、その時。
「――団長! 大変です! 隣国のルウェリン特使が、タクミ君を強引に連れ出そうと、特製の『超大型パフェ』を積んだ馬車を門の前に回しました!」
カシアン副団長の叫び声が、食堂に響き渡った。
「…………パフェだと?」
ガイの目が、一瞬で「甘党を許さない厳格な騎士」のそれに切り替わった。
タクミを抱き寄せようとしていた手は、そのままタクミを小脇に抱え上げるホールドへと変わる。
「……野郎、実力行使に出たか。タクミ、やはりお前は俺の部屋から一歩も出すわけにはいかん!」
「結局、監禁(という名の相部屋)に戻るのかよ!!」
「黙れ! パフェの馬車など、俺が物理的に粉砕してくれるわ!」
ガイはタクミを担いだまま、怒涛の勢いで食堂を飛び出した。
少しずつ、本当に少しずつだが、ガイの中の「食欲」という名のフィルターが、自覚のない「独占欲」へとひび割れ始めている。
タクミはガイの背中で揺られながら、「これはこれで、前途多難だな……」と溜息をつくのだった。
朝食の席で、ガイが唐突にそう宣言した。
手に持ったパンを千切る動作はいつも通り力強いが、その目は一度もタクミと合っていない。
タクミは口に運びかけていたスープのスプーンを止めた。
「え……? あ、はい。それは全然いいんですけど。……どうしたんですか、急に」
「お前のその……『甘い匂い』のせいだ。あれを浴び続けていると、俺の騎士としての研ぎ澄まされた感覚が鈍る気がする。……そう、糖分は脳を甘やかすからな」
「はぁ。……糖分っていうか、匂いなんですけどね、これ」
タクミは少しだけ、胸の奥が「ツン」とするのを感じた。
確かに自分は『歩く飯テロ装置』としてここに置かれている。ガイが自分を囲うのは、食欲を刺激されるからだ。それは十分に理解していたはずだった。
(……なのに、なんでちょっとショック受けてんだ、俺。むしろ一人で寝られるなら万々歳じゃないか)
タクミは自分に言い聞かせるように、無理やり粥を飲み込んだ。
* * *
それから数日。
ガイは徹底してタクミを避けるようになった。
廊下ですれ違っても「……む」と短く唸るだけで通り過ぎ、食事時も遠くの席で、部下たちと「いかに効率よく筋肉を育てるか」という暑苦しい議論に没頭している。
代わりにタクミの周囲に集まってきたのは、ガイの「遠ざけ令」をチャンスと捉えた騎士たちだった。
「タクミ様、本日もお美しい……いや、美味しそうな香りですね。これ、王都で一番人気の紅茶です。良ければご一緒に」
「タクミ君、肩が凝っていませんか? 揉みましょうか? ああ、揉むとさらにメイプルシロップの香りが強まって……最高だ……」
「……あの、皆さん。俺、一応ここでの立ち位置は『捕虜』に近いんですけど」
タクミが困惑していると、遠くの席から「ガシャン!」と激しい音が響いた。
見ると、ガイがスープの皿をテーブルに叩きつけて立ち上がっていた。
「……訓練だ! 全員、直ちに練兵場へ集まれ! 甘っちょろい空気に浸っている暇があるなら、剣の一振りでも多くこなせ!」
「ひえっ! 団長、目がマジだ!」
「逃げろ! 今日の団長は激辛モードだぞ!」
騎士たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。
食堂に残されたのは、呆然とするタクミと、肩を怒らせて歩いてくるガイだけだった。
ガイはタクミの目の前まで来ると、鼻をこれでもかと動かした。
「……タクミ。貴様、他の男に匂いを振りまきすぎだ」
「振りまいてませんよ! 勝手に寄ってくるんですもん。……大体、遠ざけたのはガイさんじゃないですか。俺の匂い、騎士の感覚が鈍るから嫌なんですよね?」
タクミが少しだけ尖った声を出すと、ガイは言葉に詰まったように顔を逸らした。
その耳たぶが、ほんのりと赤い。
「……嫌だとは言っていない。ただ、制御不能になるのが……怖かったのだ」
「制御不能?」
「お前の匂いを嗅いでいると、飯のことだけじゃなくて……。お前が笑うと、胸の奥が『ふわふわ』して、剣を握る手が震えそうになる。そんな経験、俺の人生にはなかったんだ」
ガイは切実な顔で、タクミの手首を掴んだ。
昨夜までの「パンケーキの匂い」は少し薄れ、今はどこか「焼きたてのアップルパイ」のような、温かくて安心する香りがタクミから漂っている。
「……タクミ。俺は、お前をどう扱えばいいのか分からん。肉なら食えばいい。だが、お前は……」
ガイがタクミの顔に、ゆっくりと自分の顔を近づけていく。
タクミの心臓が、耳元でうるさいくらいに鳴り響く。
(ちょ、ちょっと待って。これ、避けてた反動で一気に来るパターン!? 展開ゆっくりって言ったのに、ガイさんの情緒が追いついてない!)
ガイの唇が、タクミの鼻先に触れるかという距離まで迫った、その時。
「――団長! 大変です! 隣国のルウェリン特使が、タクミ君を強引に連れ出そうと、特製の『超大型パフェ』を積んだ馬車を門の前に回しました!」
カシアン副団長の叫び声が、食堂に響き渡った。
「…………パフェだと?」
ガイの目が、一瞬で「甘党を許さない厳格な騎士」のそれに切り替わった。
タクミを抱き寄せようとしていた手は、そのままタクミを小脇に抱え上げるホールドへと変わる。
「……野郎、実力行使に出たか。タクミ、やはりお前は俺の部屋から一歩も出すわけにはいかん!」
「結局、監禁(という名の相部屋)に戻るのかよ!!」
「黙れ! パフェの馬車など、俺が物理的に粉砕してくれるわ!」
ガイはタクミを担いだまま、怒涛の勢いで食堂を飛び出した。
少しずつ、本当に少しずつだが、ガイの中の「食欲」という名のフィルターが、自覚のない「独占欲」へとひび割れ始めている。
タクミはガイの背中で揺られながら、「これはこれで、前途多難だな……」と溜息をつくのだった。
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