異世界転生して「誘惑」スキルを得たはずがなぜか脳筋騎士たちの「食欲」を刺激する体質になった件~俺のフェロモン肉の焼ける匂いか何かなの!?~

たら昆布

文字の大きさ
6 / 22

6話

しおりを挟む
「……タクミ。今日から、俺の隣で寝る必要はない」

朝食の席で、ガイが唐突にそう宣言した。
手に持ったパンを千切る動作はいつも通り力強いが、その目は一度もタクミと合っていない。

タクミは口に運びかけていたスープのスプーンを止めた。
「え……? あ、はい。それは全然いいんですけど。……どうしたんですか、急に」

「お前のその……『甘い匂い』のせいだ。あれを浴び続けていると、俺の騎士としての研ぎ澄まされた感覚が鈍る気がする。……そう、糖分は脳を甘やかすからな」

「はぁ。……糖分っていうか、匂いなんですけどね、これ」

タクミは少しだけ、胸の奥が「ツン」とするのを感じた。
確かに自分は『歩く飯テロ装置』としてここに置かれている。ガイが自分を囲うのは、食欲を刺激されるからだ。それは十分に理解していたはずだった。

(……なのに、なんでちょっとショック受けてんだ、俺。むしろ一人で寝られるなら万々歳じゃないか)

タクミは自分に言い聞かせるように、無理やり粥を飲み込んだ。

   * * *

それから数日。
ガイは徹底してタクミを避けるようになった。
廊下ですれ違っても「……む」と短く唸るだけで通り過ぎ、食事時も遠くの席で、部下たちと「いかに効率よく筋肉を育てるか」という暑苦しい議論に没頭している。

代わりにタクミの周囲に集まってきたのは、ガイの「遠ざけ令」をチャンスと捉えた騎士たちだった。

「タクミ様、本日もお美しい……いや、美味しそうな香りですね。これ、王都で一番人気の紅茶です。良ければご一緒に」
「タクミ君、肩が凝っていませんか? 揉みましょうか? ああ、揉むとさらにメイプルシロップの香りが強まって……最高だ……」

「……あの、皆さん。俺、一応ここでの立ち位置は『捕虜』に近いんですけど」

タクミが困惑していると、遠くの席から「ガシャン!」と激しい音が響いた。
見ると、ガイがスープの皿をテーブルに叩きつけて立ち上がっていた。

「……訓練だ! 全員、直ちに練兵場へ集まれ! 甘っちょろい空気に浸っている暇があるなら、剣の一振りでも多くこなせ!」

「ひえっ! 団長、目がマジだ!」
「逃げろ! 今日の団長は激辛モードだぞ!」

騎士たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。
食堂に残されたのは、呆然とするタクミと、肩を怒らせて歩いてくるガイだけだった。

ガイはタクミの目の前まで来ると、鼻をこれでもかと動かした。

「……タクミ。貴様、他の男に匂いを振りまきすぎだ」

「振りまいてませんよ! 勝手に寄ってくるんですもん。……大体、遠ざけたのはガイさんじゃないですか。俺の匂い、騎士の感覚が鈍るから嫌なんですよね?」

タクミが少しだけ尖った声を出すと、ガイは言葉に詰まったように顔を逸らした。
その耳たぶが、ほんのりと赤い。

「……嫌だとは言っていない。ただ、制御不能になるのが……怖かったのだ」

「制御不能?」

「お前の匂いを嗅いでいると、飯のことだけじゃなくて……。お前が笑うと、胸の奥が『ふわふわ』して、剣を握る手が震えそうになる。そんな経験、俺の人生にはなかったんだ」

ガイは切実な顔で、タクミの手首を掴んだ。
昨夜までの「パンケーキの匂い」は少し薄れ、今はどこか「焼きたてのアップルパイ」のような、温かくて安心する香りがタクミから漂っている。

「……タクミ。俺は、お前をどう扱えばいいのか分からん。肉なら食えばいい。だが、お前は……」

ガイがタクミの顔に、ゆっくりと自分の顔を近づけていく。
タクミの心臓が、耳元でうるさいくらいに鳴り響く。

(ちょ、ちょっと待って。これ、避けてた反動で一気に来るパターン!? 展開ゆっくりって言ったのに、ガイさんの情緒が追いついてない!)

ガイの唇が、タクミの鼻先に触れるかという距離まで迫った、その時。

「――団長! 大変です! 隣国のルウェリン特使が、タクミ君を強引に連れ出そうと、特製の『超大型パフェ』を積んだ馬車を門の前に回しました!」

カシアン副団長の叫び声が、食堂に響き渡った。

「…………パフェだと?」

ガイの目が、一瞬で「甘党を許さない厳格な騎士」のそれに切り替わった。
タクミを抱き寄せようとしていた手は、そのままタクミを小脇に抱え上げるホールドへと変わる。

「……野郎、実力行使に出たか。タクミ、やはりお前は俺の部屋から一歩も出すわけにはいかん!」

「結局、監禁(という名の相部屋)に戻るのかよ!!」

「黙れ! パフェの馬車など、俺が物理的に粉砕してくれるわ!」

ガイはタクミを担いだまま、怒涛の勢いで食堂を飛び出した。
少しずつ、本当に少しずつだが、ガイの中の「食欲」という名のフィルターが、自覚のない「独占欲」へとひび割れ始めている。

タクミはガイの背中で揺られながら、「これはこれで、前途多難だな……」と溜息をつくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...