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9話
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「……なんだ。この、目が覚めるような清涼感は……」
翌朝。食堂に現れたタクミを一目見るなり、副団長のカシアンが震える声で呟いた。
昨日までの「焼きたてアップルパイ」の甘い多幸感はどこへやら。今のタクミから放たれているのは、瑞々しすぎるセロリ、あるいは摘みたてのパセリ、そして極めつけに「最高級の青汁」を凝縮したような、猛烈に健康そうな香りだった。
「……おはようございます。……皆さん、何ですか、その『義務教育で野菜を食べさせられる直前の子供』みたいな顔は」
タクミが苦笑いしながら席に着くと、周囲の騎士たちが一斉に背筋を伸ばした。
「い、いえ! なんだかタクミ君を見ていると、己の不摂生を恥じたくなるといいますか……」
「昨日食べた揚げ肉が、急に胃の中で罪悪感に変わりました……。ダグラスさん、今日の朝食、生野菜に変更で」
騎士団全体に、謎の「ストイック・ムーブ」が広がっていく。
そこへ、一晩中「匂いのしないタクミ」への戸惑いで一睡もできなかったガイが、目の下にクマを作って現れた。
「……タクミ。貴様、今度は……『森』になったのか」
「森って。……まあ、青臭いですよね。すみません」
「いや、謝るな。……昨日、匂いが消えた時はどうなることかと思ったが……」
ガイはタクミの隣に座ると、長い指で眉間を揉んだ。
そして、おもむろにタクミの首筋に顔を近づけ――昨日までなら「ガブリ」と行きそうな勢いだったのに、今日はなぜか数センチ手前でピタリと止まった。
「……? ガイさん、嗅がないんですか? 今日の俺、デトックス効果抜群ですよ」
「……嗅げん。なぜか、近づくと胸が苦しいのだ」
「え、セロリアレルギーですか?」
「違う! ……そうではない。……昨日、匂いが消えた瞬間のことを思い出していた」
ガイは視線を落とし、自分の手のひらを見つめた。
匂いという「おかず」が消えた空間で、確かに感じたタクミの体温。細い肩。そして、驚いたように見開かれた瞳。
その残像が、野菜の香りを通り抜けて、ガイの脳内に直接「タクミ」という存在を叩き込んでいた。
「(……俺は、こいつを食いたい(物理)のか? それとも、こいつと食いたいのか? ……いや、そもそも俺は、こいつを……)」
ガイが深刻な顔で考え込んでいると、空気を読まない特使・ルウェリンが再びひょっこりと現れた。
「おや、本日はベジタリアンな装い(香り)ですね。タクミ様、我が国には秘伝のドレッシングが――」
「ルウェリン。貴様、朝から人の食卓にドレッシングを持ち込むな」
ガイが、いつになく冷徹な声で遮った。
ルウェリンは肩をすくめる。
「おやおや、団長。そんなに怖い顔をして。……もしかして、気づいてしまいましたか? 彼から漂う匂いが『何』であれ、貴方が彼の傍を離れたくない本当の理由に」
「……黙れ。俺は、こいつの匂いが騎士団の運営に役立つから……」
「それは建前でしょう。……タクミ様。団長は今、非常に混乱されています。なんせ『胃袋』で恋をするタイプの方ですから、心臓が動いている理由を食欲のせいにしたがっているのですよ」
ルウェリンの言葉に、タクミは心臓を掴まれたような気分になった。
(……心臓が動いている理由を、食欲のせいに……?)
タクミがガイの横顔を盗み見ると、ガイは耳まで真っ赤にして「……外交官の戯言だ。気にするな」と吐き捨てた。
「(……じっくり、ゆっくり。焦っちゃダメだ。……でも、今のガイさんの言葉、ちょっとだけ期待してもいいのかな)」
タクミの体からは、いつの間にか「苦い青汁」の匂いが消え、どこか春の陽だまりに咲く「野花」のような、優しくて穏やかな香りが微かに漂い始めていた。
「……あ。ガイさん。……今日の粥、少しだけ蜂蜜入れますか?」
「……む。……ああ。お前がそう言うなら、少しだけ、もらおう」
二人の会話は、相変わらず食べ物のことばかり。
けれど、差し出されたスプーンが触れ合う距離は、昨日よりもほんの少しだけ、甘い予感に満ちていた。
翌朝。食堂に現れたタクミを一目見るなり、副団長のカシアンが震える声で呟いた。
昨日までの「焼きたてアップルパイ」の甘い多幸感はどこへやら。今のタクミから放たれているのは、瑞々しすぎるセロリ、あるいは摘みたてのパセリ、そして極めつけに「最高級の青汁」を凝縮したような、猛烈に健康そうな香りだった。
「……おはようございます。……皆さん、何ですか、その『義務教育で野菜を食べさせられる直前の子供』みたいな顔は」
タクミが苦笑いしながら席に着くと、周囲の騎士たちが一斉に背筋を伸ばした。
「い、いえ! なんだかタクミ君を見ていると、己の不摂生を恥じたくなるといいますか……」
「昨日食べた揚げ肉が、急に胃の中で罪悪感に変わりました……。ダグラスさん、今日の朝食、生野菜に変更で」
騎士団全体に、謎の「ストイック・ムーブ」が広がっていく。
そこへ、一晩中「匂いのしないタクミ」への戸惑いで一睡もできなかったガイが、目の下にクマを作って現れた。
「……タクミ。貴様、今度は……『森』になったのか」
「森って。……まあ、青臭いですよね。すみません」
「いや、謝るな。……昨日、匂いが消えた時はどうなることかと思ったが……」
ガイはタクミの隣に座ると、長い指で眉間を揉んだ。
そして、おもむろにタクミの首筋に顔を近づけ――昨日までなら「ガブリ」と行きそうな勢いだったのに、今日はなぜか数センチ手前でピタリと止まった。
「……? ガイさん、嗅がないんですか? 今日の俺、デトックス効果抜群ですよ」
「……嗅げん。なぜか、近づくと胸が苦しいのだ」
「え、セロリアレルギーですか?」
「違う! ……そうではない。……昨日、匂いが消えた瞬間のことを思い出していた」
ガイは視線を落とし、自分の手のひらを見つめた。
匂いという「おかず」が消えた空間で、確かに感じたタクミの体温。細い肩。そして、驚いたように見開かれた瞳。
その残像が、野菜の香りを通り抜けて、ガイの脳内に直接「タクミ」という存在を叩き込んでいた。
「(……俺は、こいつを食いたい(物理)のか? それとも、こいつと食いたいのか? ……いや、そもそも俺は、こいつを……)」
ガイが深刻な顔で考え込んでいると、空気を読まない特使・ルウェリンが再びひょっこりと現れた。
「おや、本日はベジタリアンな装い(香り)ですね。タクミ様、我が国には秘伝のドレッシングが――」
「ルウェリン。貴様、朝から人の食卓にドレッシングを持ち込むな」
ガイが、いつになく冷徹な声で遮った。
ルウェリンは肩をすくめる。
「おやおや、団長。そんなに怖い顔をして。……もしかして、気づいてしまいましたか? 彼から漂う匂いが『何』であれ、貴方が彼の傍を離れたくない本当の理由に」
「……黙れ。俺は、こいつの匂いが騎士団の運営に役立つから……」
「それは建前でしょう。……タクミ様。団長は今、非常に混乱されています。なんせ『胃袋』で恋をするタイプの方ですから、心臓が動いている理由を食欲のせいにしたがっているのですよ」
ルウェリンの言葉に、タクミは心臓を掴まれたような気分になった。
(……心臓が動いている理由を、食欲のせいに……?)
タクミがガイの横顔を盗み見ると、ガイは耳まで真っ赤にして「……外交官の戯言だ。気にするな」と吐き捨てた。
「(……じっくり、ゆっくり。焦っちゃダメだ。……でも、今のガイさんの言葉、ちょっとだけ期待してもいいのかな)」
タクミの体からは、いつの間にか「苦い青汁」の匂いが消え、どこか春の陽だまりに咲く「野花」のような、優しくて穏やかな香りが微かに漂い始めていた。
「……あ。ガイさん。……今日の粥、少しだけ蜂蜜入れますか?」
「……む。……ああ。お前がそう言うなら、少しだけ、もらおう」
二人の会話は、相変わらず食べ物のことばかり。
けれど、差し出されたスプーンが触れ合う距離は、昨日よりもほんの少しだけ、甘い予感に満ちていた。
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