路頭に迷う超絶美形を拾ったら無自覚な懐かれ方が凄すぎて義賊の頭領の心臓が持ちません! ~初恋の難易度がカンストしてる件について~

たら昆布

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17話

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 義賊の頭領ともあろう者が、情けない。
 拠点の奥にあるヴァンの寝室は、分厚い石壁に囲まれている。いつもなら心地よいはずの静寂が、今は頭の芯を金槌で叩くような鈍い痛みを増幅させていた。
「……、……っ、くそ」
 ヴァンは寝台の中で、熱を帯びた吐息を漏らす。
 先日の潜入任務での豪雨、そしてバルコニーからの跳躍。極限状態での緊張が解けた途端、頑強さが売りだったはずのヴァンの体は、あっけなく知恵熱という名の反乱を起こした。
 視界がぐにゃりと歪む。自分の吐く息が、まるで火を噴いているかのように熱い。
 重い瞼を押し上げると、ぼやけた視界の中に、場違いなほど美しい銀色の残像が揺れていた。

「ヴァン、お加減はいかがですか? 冷たいお水を持ってきましたよ」
 リナートが、盆に乗せた水差しを危なっかしい手つきで机に置いた。
 彼は昨夜から一睡もしていないのか、その翡翠色の瞳には微かな隈が浮かんでいる。だが、ヴァンの顔を見るなり、彼は慈愛に満ちた微笑を浮かべて枕元に膝をついた。
「……リナート、お前、……来るなと言っただろ。風邪が、うつる……」
「私なら大丈夫です。こうしてヴァンの側にいるだけで、とても元気になれますから」
 リナートは屈託なく笑いながら、布を水に浸した。
 絞り方が甘いせいで、リナートの指先から滴る雫がヴァンの首筋に落ちる。冷たい感触にヴァンが肩を震わせると、リナートは「あわわ」と慌ててその雫を自分の指で拭い去った。
 熱を帯びたヴァンの肌に、リナートの滑らかな指先が触れる。
 一瞬、そこだけが焼け付くような熱を帯びた。ヴァンは反射的に顔を背けるが、リナートは構わずに新しい布をヴァンの額に乗せる。
「……冷てえな」
「熱を逃がさないといけないって、メイさんが言っていました。これでも足りないでしょうか。もっとたくさん、氷を持ってきましょうか?」
「……やめろ、俺を凍死させる気か」

 ヴァンは溜め息をつき、再び目を閉じた。
 リナートはヴァンの横で、所在なげに彼の手を見つめている。
「ヴァン。あなたの大きな手が、今はこんなに熱い。……代わってあげられたらいいのに」
 リナートの声が、微かに震えていた。
 いつもはおっとりとして、空気を読まないほどに明るいリナートが、今は捨てられた仔犬のような悲しげな顔をしている。ヴァンは胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
「……馬鹿を言うな。お前が倒れたら、……それこそ俺の心臓が止まる」
「えっ? どうしてヴァンの心臓が止まってしまうのですか? やっぱり、私の看病が下手だから……」
「……、……そうじゃねえよ」
 ヴァンは呻くように言い、熱に浮かされた頭で考えを巡らせる。
 この天然素材に、自分の複雑な胸中を説明するのは、断崖絶壁を素手で登るよりも難しい。

 しばらくして、リナートが「お腹が空きましたよね」と言って部屋を出て行った。
 十分後、彼が持ってきたのは、黒焦げの何かが浮いた謎の液体だった。
「……リナート。これは、何だ」
「お粥……のつもりです。ログさんに教わって、火を強めにしてみました。元気が一番出るかなと思って!」
「火加減を間違えすぎだ。炭を食わせる気か」
 ヴァンは呆れ果てて笑いそうになった。
 だが、リナートが一生懸命に匙ですくって「あーん」と差し出してくる様子を見ると、毒だろうが炭だろうが、断る術をヴァンは持っていなかった。
 
 渋々と口を開け、その謎の液体を飲み込む。
 苦い。ひたすらに苦いが、リナートが期待に満ちた目で覗き込んでくるせいで、ヴァンは無理やりそれを飲み干した。
「……、……味は、まあ、……悪くない」
「本当ですか!? よかったです! ヴァンが笑ってくれると、私も胸のここが、ぽかぽかします」
 リナートは自分の胸に手を当て、幸せそうに目を細めた。
 その仕草があまりにも無垢で、ヴァンの理性は再び熱を帯び始める。病気のせいなのか、それともリナートのせいなのか。おそらく、その両方だろう。

 夜が深まり、拠点の喧騒も遠ざかっていく。
 ヴァンの熱は一向に引く気配がない。むしろ、闇が深まるにつれて意識はさらに朦朧としてきた。
 リナートはヴァンの手を握りしめたまま、寝椅子の横で座り込んでいる。
「リナート、……もういい。自分の部屋で、寝ろ……」
「嫌です。ヴァンが苦しんでいるのに、私だけ眠るなんてできません。……私を、ここに置いてください」
 リナートの手が、ヴァンの指の隙間に自分の指を滑り込ませた。
 吸い付くような指の感触。絡められた指先から、リナートの穏やかな体温がヴァンの血液に溶け込んでいく。
 ヴァンは朦朧とする意識の中で、リナートの顔をじっと見つめた。
 月光に照らされた銀色の髪が、まるで絹の糸のように輝いている。翡翠色の瞳は、夜の闇を吸い込んで深く、静かな光を湛えていた。

「……お前、本当に、……難儀な奴だな」
「難儀? 難しい、という意味でしょうか。ヴァンは、難しい私が嫌いですか?」
「……、……嫌いだったら、……拾ってねえよ」
 ヴァンの声が熱に溶けて、独り言のように消える。
 リナートは嬉しそうに微笑むと、あろうことかヴァンの寝台に身を乗り出し、その額に自分の額をそっと押し当てた。
「ひゃ……っ!?」
 ヴァンは驚きのあまり、喉の奥で情けない声を上げた。
 鼻先が触れ合い、リナートの長い睫毛がヴァンの頬をくすぐる。
 熱いヴァンの額に、リナートの少しだけ冷えた額が密着する。
「……、……リナート、何をして……」
「こうすると、熱が測れるってメイさんが言っていました。……わあ、やっぱり凄く熱いです。ヴァン、溶けてしまいそうですよ」
「……お前が、溶かしてるんだろうが……」
 ヴァンは顔を真っ赤に染め、逃げ場のない寝台の中で呻いた。
 心臓の音が、耳元で鐘のように鳴り響く。
 初恋の難易度がカンストしているどころか、もはや即死レベルの攻撃だ。
 リナートはヴァンの動揺に気づく様子もなく、むしろ安心したように顔を寄せたまま、小さな声で囁いた。

「大丈夫ですよ。私が、ずっとヴァンの側にいますから。悪い夢を見ても、私が追い払ってあげます」
 リナートの吐息がヴァンの唇をかすめる。
 ヴァンは、握られたままの自分の手に力を込めた。
 この男の純粋さが、今はどんな薬よりも深くヴァンの心に浸透していく。
 不器用な献身。
 失敗ばかりの看護。
 それなのに、ヴァンの胸の奥に澱んでいた孤独や寒さは、リナートの放つ不思議な熱によって、少しずつ、確実に溶かされていた。

 窓の外では、夜の風が木々を揺らしている。
 ヴァンはリナートの銀色の髪の香りに包まれながら、深い眠りの淵へと沈んでいった。
 次に目を覚ました時、この銀色の天使がいなくなっていないことだけを願いながら。

 翌朝、平熱に戻ったヴァンが最初に目にしたのは、ヴァンの腕を抱き枕のようにして、幸せそうに涎(よだれ)を垂らして眠るリナートの姿だった。
「……、……、……おい」
 ヴァンの脱力した声が、静かな寝室に響いた。
 初恋の難易度は、どうやら今日も更新され続けているようだった。
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