路頭に迷う超絶美形を拾ったら無自覚な懐かれ方が凄すぎて義賊の頭領の心臓が持ちません! ~初恋の難易度がカンストしてる件について~

たら昆布

文字の大きさ
23 / 32

23話

しおりを挟む
 石造りの作業場に、研ぎ石と刃が擦れる鋭い音が規則的に響く。
 ヴァンは一言も発さず、愛用の短剣を研いでいた。ランプの火に照らされた刃先が、鏡のように滑らかな光を跳ね返す。指先で刃の掛かりを確かめるその動作は、かつてないほど精密で、淀みがない。
「……準備は、どうだ」
 低く、抑えの効いた声が静寂を切り裂く。
「へいへい。こっちはいつでも行けるぜ。王宮の搬入口に潜り込むための偽装馬車も、衛兵の制服も揃えた。あとはあんたの号令待ちだ」
 ログが重い革の袋をテーブルに置いた。中からは金属同士が触れ合う、ジャラリとした音が漏れる。
「メイ、お前の方は」
「王宮内の地図は頭に入れたわ。リナートが幽閉されている離宮の守り、結構えげつないわよ。例の『鉄の公爵』ボリスが連れてきた私兵も混じってるみたい。あいつ、よっぽど自分の獲物を逃がしたくないみたいね」
 メイが広げた羊皮紙には、複雑な回廊の構造が細かく書き込まれていた。
 ヴァンの眉間に、深い皺が刻まれる。
 公爵、ボリス。
 冷酷な野心家として知られるその男が、あの無防備で世間知らずな銀髪をその手中に収めている。それを想像しただけで、ヴァンの心臓が焼けるような痛みと共に激しく脈打った。
「……、……あのアホが、大人しく座って待ってるとは思えねえ」
「違いないな。今頃、お菓子が出てこないって泣いてるか、窓から逃げようとしてドレスを破いてるかのどっちかだろうぜ」
 ログの言葉に、作業場に微かな、それでいて確かな熱が戻る。
 ヴァンは立ち上がり、壁に掛けていた黒い外套を羽織った。
 背中には黄金の牙の紋章。
 これまではただの居場所を守るための旗印だった。だが、今は違う。自分から手を離してしまった、あの唯一無二の光を奪い返すための旗印だ。

「行くぞ。今回の狙いは、国宝でも金貨でもねえ。……俺たちの、大切な拾い物だ」
 ヴァンの号令と共に、団員たちが一斉に動き出す。

 夜の帳が王都を包み、冷たい月が天頂に昇る。
 ヴァンたちは闇に紛れ、王宮へと続く秘密の地下道へと足を踏み入れた。
 一歩、また一歩と進むたびに、湿った土の匂いと古びた石の香りが鼻を突く。
 ヴァンの頭の中には、去り際のリナートの顔がこびりついて離れない。
 悲しげに揺れていた翡翠色の瞳。
 あの時、自分の言葉が彼をどれほど傷つけたのか。それを考えるだけで、足元が崩れ落ちるような感覚に襲われる。
(……待ってろ。今度は、絶対に俺から離さねえ)
 掌を強く握りしめる。
 その中にはもう、リナートの柔らかい熱はない。だが、空っぽになったその場所が、今は何よりも強くヴァンを突き動かしていた。

「ヴァン。正面の第三門を抜けたわ。ここからは二手に分かれるわよ」
 メイの合図で、ヴァンは頷いた。
 彼は一人、離宮へと続く回廊を駆け抜ける。
 警備の目は、ログたちが起こした陽動作戦によって手薄になっていた。
 壁を蹴り、彫像の影に潜み、風のように移動する。
 ヴァンの身体能力は、かつてないほど研ぎ澄まされていた。
 肺が痛むほど冷たい空気を吸い込み、跳躍する。

 辿り着いた離宮の最上階。
 そこには、一際豪華な装飾が施された、重厚な扉があった。
 中からは、人の気配がしない。
 ヴァンは扉の鍵穴に針を差し込み、手際よく解錠した。
 音もなく開いた扉の先、窓辺に腰を下ろして月を見上げている影があった。

 絹のように滑らかな銀髪。
 月の光を吸い込んで発光しているかのような、細い肩。
 その姿を見つけた瞬間、ヴァンの思考は真っ白に染まった。
「……、……リナート」
 掠れた声でその名を呼ぶ。
 影がびくりと震え、ゆっくりと振り返った。
 翡翠色の瞳に、ヴァンの姿が映る。
 次の瞬間、その瞳にみるみるうちに涙が溜まり、溢れ出した。
「……ヴァン? 夢、ですか? 私の鑑定眼が、壊れてしまったのでしょうか」
 リナートの声は、消え入りそうなほど細かった。
 彼はふらふらと立ち上がり、覚束ない足取りでヴァンに歩み寄る。
 ヴァンは堪らず駆け寄り、その細い体を力一杯抱き寄せた。

「……夢じゃねえよ。迎えに来た、バカ野郎」
 腕の中に収まる、待ち焦がれた熱。
 リナートの体からは、王宮の上品な香水の匂いではなく、どこか懐かしい、拠点の暖炉の匂いがした。
 リナートはヴァンの胸に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。
「ひどいです……。勝手にいなくなれなんて言って……。私、お野菜の味がしなくて、とてもお腹が空いたんです」
「……ああ、分かってる。帰ったら、ログに特大のスープを作らせてやる」
 ヴァンはリナートの背中を、大きな掌で何度も撫でた。
 壊れ物を扱うような、それでいて二度と手放さないという執念がこもった手つき。
 リナートの涙がヴァンのシャツを濡らし、そこから熱が直接心臓へと伝わってくる。
「ヴァン。私のこと、もう、いらないなんて言わないでください」
「……言わねえよ。お前がいない拠点は、ただの寒い洞窟だった。……俺には、お前が必要なんだ」
 ヴァンの口から溢れた本音。
 リナートは潤んだ瞳でヴァンを見上げ、ふわりと、あの出会った日のような無垢な微笑みを浮かべた。
「嬉しいです。私も、ヴァンがいない世界は、真っ暗で何も見えませんでしたから」

 その時。
 廊下の向こうから、複数の足音と、金属が擦れる不快な音が近づいてきた。
「……鼠が迷い込んだようだな。殿下の部屋で何をしている」
 扉の隙間から、低く冷酷な声が響く。
 現れたのは、豪奢な衣装を纏いながらも、その瞳には凍てつくような残虐さを秘めた男。
 リナートの婚約者候補、ボリス公爵だった。
 ヴァンの腕の中で、リナートが怯えたように身を竦める。
 ヴァンはリナートを自分の背後に隠し、腰のナイフを抜き払った。
「……、……。誰が鼠だ。俺は、俺の探し物を取り返しに来ただけだ」
「探し物? 殿下が貴様のような下賤な男の物だとでも言うつもりか」
 ボリスが嘲笑うように手を挙げる。
 背後に控えていた私兵たちが、一斉に剣を抜いた。

 奪還作戦は、まだ始まったばかりだ。
 ヴァンの胸の鼓動は、戦いの高揚ではなく、背後にいる銀髪の青年の体温を感じて、さらに激しく打ち鳴らされていた。
 この豪華な牢獄を突破し、真の自由を手にするために、最後の一線を越えようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王太子殿下のやりなおし

3333(トリささみ)
BL
ざまぁモノでよくある『婚約破棄をして落ちぶれる王太子』が断罪前に改心し、第三の道を歩むお話です。 とある時代のとある異世界。 そこに王太子と、その婚約者の公爵令嬢と、男爵令嬢がいた。 公爵令嬢は周囲から尊敬され愛される素晴らしい女性だが、王太子はたいそう愚かな男だった。 王太子は学園で男爵令嬢と知り合い、ふたりはどんどん関係を深めていき、やがては愛し合う仲になった。 そんなあるとき、男爵令嬢が自身が受けている公爵令嬢のイジメを、王太子に打ち明けた。 王太子は驚いて激怒し、学園の卒業パーティーで公爵令嬢を断罪し婚約破棄することを、男爵令嬢に約束する。 王太子は喜び、舞い上がっていた。 これで公爵令嬢との縁を断ち切って、彼女と結ばれる! 僕はやっと幸せを手に入れられるんだ! 「いいやその幸せ、間違いなく破綻するぞ。」 あの男が現れるまでは。

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される

木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー ※この話は小説家になろうにも掲載しています。

おしまいのそのあとは

makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……

恋のかたちになるまでに

キザキ ケイ
BL
トラウマで女性が苦手な善は、初めて足を踏み入れたミックスバーで男に恋してしまう。 男を恋愛対象にできると知っていたのは、親友のリュウが男と付き合っていたことがあるからだった。 気持ちを持て余して恋心を相談した善は、「野暮ったい自分」を脱するためにリュウのアドバイスを受けることに。 一方、リュウのほうも、ただの友達だったはずの善に対する気持ちに変化があるようで────。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

処理中です...