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24話
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離宮の寝室、その空気は一瞬で氷点下へと叩き落とされた。
扉を背に立ちはだかるボリス公爵の背後から、抜身の剣を構えた私兵たちが雪崩れ込んでくる。
「……、……下がってろ、リナート」
ヴァンは愛用の短剣を逆手に持ち替え、リナートを己の背後に隠した。
「殿下、そんな野良犬に縋り付いて見苦しいですよ。その汚らわしい指が貴方の肌に触れるだけで、私の所有物に傷がつく。さあ、こちらへ」
ボリスが嘲笑を浮かべ、細い指先をリナートへと伸ばす。
その瞬間、ヴァンの喉の奥から獣のような唸り声が漏れた。
「誰が……誰の所有物だ、ドブネズミが」
「義賊の頭領ともあろうお方が、言葉遣いも知らないのですか? 教育が必要なのは殿下だけではないようですね。……殺せ。殿下に怪我をさせない程度に、その男を肉塊に変えろ」
ボリスの冷酷な命令と共に、私兵たちが一斉に突きを出した。
ヴァンはリナートの腰を抱き寄せ、流れるような動作で最初の一撃を躱す。石床を蹴るブーツの音が、重厚な静寂を切り裂いた。
「ヴァン! あちらの方、剣の先が震えています。きっとお腹が空いて力が入らないのですね。私のマドレーヌを分けてあげれば……」
「お前は黙ってろ! これ、お菓子じゃねえんだよ!」
緊迫した状況下で放たれるリナートの天然発言に、ヴァンは危うく膝を折りかけた。
ヴァンは襲いかかる剣筋を紙一重で避け、相手の鳩尾に鋭い膝蹴りを叩き込む。衝撃で崩れ落ちる兵士を盾にしながら、彼はリナートを横抱きにして跳躍した。
目指すは扉ではない。この部屋の唯一の出口――月明かりに照らされたバルコニーだ。
「逃がすな! 追え!」
ボリスの怒号を背に、ヴァンはバルコニーの手すりを蹴った。
夜風が耳元で猛烈な音を立てる。階下にはメイたちが用意した陽動の煙が立ち込め、視界を白く染め上げていた。
「リナート、しっかり掴まってろ。舌を噛むなよ」
「はい、ヴァン! ヴァンの体、とても熱くて……暖炉の中にいるみたいです」
「……お前のせいで、俺の頭まで熱くなってんだよ!」
ヴァンは外套を大きく広げ、壁の突起を足がかりにしながら一気に地上へと滑り下りた。
着地と同時に、待ち構えていたログが声を張り上げる。
「頭領! こっちだ! 正面玄関の警備はメイがぶち壊した。……今なら、あのクソったれな披露宴の真っ最中を突き抜けられるぜ!」
「……はあ? なんでそんな危ねえ道を通るんだよ!」
「一番安全な道は、一番騒がしい道だって教えたのはあんただろうが!」
ログが不敵な笑みを浮かべ、手に持った煙幕の筒を回廊の奥へと投げ込んだ。
爆音と共に、王宮のメインホールへ続く扉が吹き飛ぶ。
そこは、まさに披露宴の真っ最中だった。
大理石の床には色とりどりのドレスを纏った貴族たちが溢れ、豪華なシャンデリアの下で優雅な音楽が流れていた。だが、突如として現れた黒い外套の男と、その腕に抱かれた「行方不明の王子」の姿に、音楽は無残な音を立てて止まった。
「な、何事だ!?」
「リナート殿下!? なぜ、あのような野蛮な男に抱かれて……」
周囲の困惑と悲鳴を切り裂き、ヴァンは大股で披露宴の会場を蹂躙していく。
腕の中に収まったリナートは、恐怖を感じるどころか、集まった貴族たちに向けて「皆さん、こんばんは! 私は今からヴァンのところへ帰ります!」と、晴れやかな笑顔で手を振っている。
「……、……っ、お前、何を挨拶してんだ!」
「だって、皆さんが驚いた顔をしているから。お別れの挨拶は大切だと、教科書に書いてありました」
「そんなもん今すぐ破り捨てろ!」
ヴァンの顔が、怒りと恥ずかしさで沸騰寸前まで熱くなる。
ホールの中央、呆然と立ち尽くす招待客たちの間を、ヴァンは力強く駆け抜けた。
背後からはボリスの私兵と、ようやく方向を認識したアラリックの騎士団が迫ってきている。
「……リナート、俺を信じてろ。二度とお前を、あの味のしない世界には戻さねえ」
ヴァンはリナートの腰を抱き直し、その首筋に顔を埋めるようにして囁いた。
リナートから漂う、清潔な石鹸の香りと、彼自身の甘い熱。
その熱が、ヴァンの腕を通じて全身の血液へと溶け込み、恐怖を完全に焼き尽くしていく。
「はい。ヴァンの隣が、私の世界です。……あ、ヴァン、心臓の音が凄いです。また、太鼓のお祭りですね」
「…………五月蝿い、このアホ王子!」
ヴァンはホールの最奥、ステンドグラスが嵌め込まれた巨大な窓に向かって全速力で疾走した。
後ろを振り返れば、ボリスが顔を真っ赤にして何かを叫んでいるが、その声はもうヴァンの耳には届かない。
ステンドグラスを突き破る、鋭い衝撃。
砕け散ったガラスの破片が、月光を反射して宝石のように夜空を舞う。
二人の影は、王宮の重圧から解放され、自由な夜の帳へと躍り出た。
重なり合う二人の心臓の音だけが、これからの未来を祝福するファンファーレのように、静かな森の奥へと響き渡っていった。
扉を背に立ちはだかるボリス公爵の背後から、抜身の剣を構えた私兵たちが雪崩れ込んでくる。
「……、……下がってろ、リナート」
ヴァンは愛用の短剣を逆手に持ち替え、リナートを己の背後に隠した。
「殿下、そんな野良犬に縋り付いて見苦しいですよ。その汚らわしい指が貴方の肌に触れるだけで、私の所有物に傷がつく。さあ、こちらへ」
ボリスが嘲笑を浮かべ、細い指先をリナートへと伸ばす。
その瞬間、ヴァンの喉の奥から獣のような唸り声が漏れた。
「誰が……誰の所有物だ、ドブネズミが」
「義賊の頭領ともあろうお方が、言葉遣いも知らないのですか? 教育が必要なのは殿下だけではないようですね。……殺せ。殿下に怪我をさせない程度に、その男を肉塊に変えろ」
ボリスの冷酷な命令と共に、私兵たちが一斉に突きを出した。
ヴァンはリナートの腰を抱き寄せ、流れるような動作で最初の一撃を躱す。石床を蹴るブーツの音が、重厚な静寂を切り裂いた。
「ヴァン! あちらの方、剣の先が震えています。きっとお腹が空いて力が入らないのですね。私のマドレーヌを分けてあげれば……」
「お前は黙ってろ! これ、お菓子じゃねえんだよ!」
緊迫した状況下で放たれるリナートの天然発言に、ヴァンは危うく膝を折りかけた。
ヴァンは襲いかかる剣筋を紙一重で避け、相手の鳩尾に鋭い膝蹴りを叩き込む。衝撃で崩れ落ちる兵士を盾にしながら、彼はリナートを横抱きにして跳躍した。
目指すは扉ではない。この部屋の唯一の出口――月明かりに照らされたバルコニーだ。
「逃がすな! 追え!」
ボリスの怒号を背に、ヴァンはバルコニーの手すりを蹴った。
夜風が耳元で猛烈な音を立てる。階下にはメイたちが用意した陽動の煙が立ち込め、視界を白く染め上げていた。
「リナート、しっかり掴まってろ。舌を噛むなよ」
「はい、ヴァン! ヴァンの体、とても熱くて……暖炉の中にいるみたいです」
「……お前のせいで、俺の頭まで熱くなってんだよ!」
ヴァンは外套を大きく広げ、壁の突起を足がかりにしながら一気に地上へと滑り下りた。
着地と同時に、待ち構えていたログが声を張り上げる。
「頭領! こっちだ! 正面玄関の警備はメイがぶち壊した。……今なら、あのクソったれな披露宴の真っ最中を突き抜けられるぜ!」
「……はあ? なんでそんな危ねえ道を通るんだよ!」
「一番安全な道は、一番騒がしい道だって教えたのはあんただろうが!」
ログが不敵な笑みを浮かべ、手に持った煙幕の筒を回廊の奥へと投げ込んだ。
爆音と共に、王宮のメインホールへ続く扉が吹き飛ぶ。
そこは、まさに披露宴の真っ最中だった。
大理石の床には色とりどりのドレスを纏った貴族たちが溢れ、豪華なシャンデリアの下で優雅な音楽が流れていた。だが、突如として現れた黒い外套の男と、その腕に抱かれた「行方不明の王子」の姿に、音楽は無残な音を立てて止まった。
「な、何事だ!?」
「リナート殿下!? なぜ、あのような野蛮な男に抱かれて……」
周囲の困惑と悲鳴を切り裂き、ヴァンは大股で披露宴の会場を蹂躙していく。
腕の中に収まったリナートは、恐怖を感じるどころか、集まった貴族たちに向けて「皆さん、こんばんは! 私は今からヴァンのところへ帰ります!」と、晴れやかな笑顔で手を振っている。
「……、……っ、お前、何を挨拶してんだ!」
「だって、皆さんが驚いた顔をしているから。お別れの挨拶は大切だと、教科書に書いてありました」
「そんなもん今すぐ破り捨てろ!」
ヴァンの顔が、怒りと恥ずかしさで沸騰寸前まで熱くなる。
ホールの中央、呆然と立ち尽くす招待客たちの間を、ヴァンは力強く駆け抜けた。
背後からはボリスの私兵と、ようやく方向を認識したアラリックの騎士団が迫ってきている。
「……リナート、俺を信じてろ。二度とお前を、あの味のしない世界には戻さねえ」
ヴァンはリナートの腰を抱き直し、その首筋に顔を埋めるようにして囁いた。
リナートから漂う、清潔な石鹸の香りと、彼自身の甘い熱。
その熱が、ヴァンの腕を通じて全身の血液へと溶け込み、恐怖を完全に焼き尽くしていく。
「はい。ヴァンの隣が、私の世界です。……あ、ヴァン、心臓の音が凄いです。また、太鼓のお祭りですね」
「…………五月蝿い、このアホ王子!」
ヴァンはホールの最奥、ステンドグラスが嵌め込まれた巨大な窓に向かって全速力で疾走した。
後ろを振り返れば、ボリスが顔を真っ赤にして何かを叫んでいるが、その声はもうヴァンの耳には届かない。
ステンドグラスを突き破る、鋭い衝撃。
砕け散ったガラスの破片が、月光を反射して宝石のように夜空を舞う。
二人の影は、王宮の重圧から解放され、自由な夜の帳へと躍り出た。
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