異世界の勇者様が俺のワンルームに逆転生(居候)してきました。

たら昆布

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7話

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「……はあ。やっと終わった……」

時計の針は、すでに夜の十時を回っていた。
山積みの書類をなんとか片付けた結弦は、重い体を引きずるようにしてオフィスを出る。
いつものように街灯の少ない夜道を歩いていると、ふと、自宅に残してきたあの「金色の居候」の顔が浮かんだ。

(今日は大人しく待っててくれてるかな。またキッチンで何かを『浄化』してなきゃいいけど……)

そんな不安を抱きながら、いつもの角を曲がった、その時だった。

「……!? アルヴィス?」

暗い住宅街の道端、コンビニの青白い看板の光に照らされて、一際目立つ長身の男が立っていた。
結弦の貸したネイビーのパーカーを羽織り、フードを深く被っているが、その隙間から覗く黄金の髪と、彫刻のような横顔は隠しようがない。
アルヴィスは、誰かを待ち侘びる大型犬のように、何度も通りの先を覗き込んでいた。

「主! ……あ、失礼。ユヅル! 無事だったのですね!」

結弦の姿を見つけた瞬間、アルヴィスの顔がパッと輝いた。
彼は周囲の目を引くような大きな歩幅で駆け寄ってくると、結弦の目の前でピタリと止まり、その肩や腕を真剣な目つきで調べ始めた。

「怪我はありませんか? 魔力の枯渇は? あまりにも帰還が遅いので、てっきり邪悪な『残業』という魔物に捕らわれ、地下牢に幽閉されたのかと……!」

「いや、幽閉はされてないけど。……っていうか、アルヴィス、どうしてここに? 家で待っててって言ったのに」

「それは無理な相談です。外はこれほどまでに暗く、冷たい風が吹いている。それなのに、武器も持たぬあなたが一人で歩いているなど、騎士として看過(かんか)できません!」

アルヴィスは鼻息荒く宣言した。その手には、なぜか一本の「長ネギ」が握られている。

「……アルヴィス、そのネギは何?」

「これは、お隣の田中さんにいただいた『聖なる……』失礼、『せいけつ』な、ええと……とにかく強力な武器です! これで不届き者を一喝しようと思いまして」

「ただの野菜だから! 武器にならないから! っていうか田中さん、何でもかんでも君にあげすぎだよ……」

結弦は脱力して、ネギを構える勇者の腕を下ろさせた。
アルヴィスは少し不服そうにネギを見つめたが、すぐに結弦の顔を覗き込み、その眉間のシワを心配そうに指でなぞった。

「ユヅル。あなたの顔色が、不気味な青白い光に浸食されています。もしや、呪いの一種ですか?」

「……それはただの疲れ。あと、この街灯が青っぽいだけだから」

「疲れ……。この地の『残業』という呪いは、これほどまでに主の生気を吸い取るのですね。許せません。明日、私がその『かいしゃ』という本拠地に乗り込み、諸悪の根源を叩き斬ってきましょうか?」

「絶対にやめて。社会的に死んじゃうから。……ほら、帰るよ。お腹空いたでしょ」

結弦が歩き出すと、アルヴィスは当然のようにその隣に並んだ。
そして、結弦が手に持っていた重いビジネスバッグを、ひょいと奪い取った。

「あ、いいよ、自分でも……」

「騎士の務めです。それに、私にはこのバッグが羽根のように軽く感じられます。ユヅルの荷物は、私がすべて背負いましょう。……それが、この地における私の『せいかつ』の糧ですから」

「……ありがとう」

重い荷物がなくなり、心なしか足取りが軽くなる。
並んで歩く道すがら、アルヴィスは今日一日の出来事を楽しそうに報告し始めた。

「今日は、あの『せいなる……』ではなく、『てれび』という箱で、天気予報という儀式を見ました。明日は雨が降るそうです。ユヅル、雨具の準備はできていますか?」

「うん。ビニール傘があるよ。……アルヴィス、だいぶ言葉に気をつけるようになったね」

「はい。ユヅルに褒めていただきたい一心で、脳内を書き換えております! ……あ、見てください、ユヅル! あそこの家の塀の上に、小さな暗黒の獣が!」

「……あれはただの黒猫。聖なる獣でも暗黒の獣でもないよ」

「……む。普通の、ネコ、ですね。了解しました」

いちいち訂正するのも面倒になってきたが、こうして隣で誰かが喋っているだけで、残業終わりの冷たい夜道が不思議と温かく感じられた。
一人きりで歩いていた昨日の夜までは、街灯の光はただ寂しいだけだったのに。

「ユヅル。家に帰ったら、温かな『せいなる……』お風呂を沸かしましょう。それから、私が肩を揉みます。ユヅルの疲れを、私がすべて浄化……いや、癒やしてみせます!」

「浄化はしなくていいけど、肩揉みはお願いしようかな」

「お任せください! 私の指先には、微かな回復の……じゃなくて、ええと、いい感じの力がありますから!」

自信満々に胸を叩く勇者の姿に、結弦は今日初めて心からの笑みをこぼした。
たとえ彼がネギを持って夜道に立つ変質者紛いの男であっても、今の結弦にとっては、どんな伝説の武器よりも頼りになる存在だ。

「さあ、急ぎましょう、ユヅル! 我が拠点はもうすぐそこです!」

「……主じゃないんだから、そんなに急がないでよ」

黄金の髪を夜風になびかせ、足取り軽く進むアルヴィス。
その広い背中を追いかけながら、結弦は「お人好しも、たまには良い縁を連れてくるものだな」と、密かに思うのだった。
二人の影が、街灯の光に長く伸びて、一つに重なった。
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