異世界の勇者様が俺のワンルームに逆転生(居候)してきました。

たら昆布

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21話

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「……ユヅル、下がってください。この『重圧』、ただ事ではありません」

遊園地での甘い余韻が残る帰り道。街灯の下で足を止めたアルヴィスが、これまでにないほど険しい表情で結弦を背中に庇った。
その視線の先、人気のない路地の暗がりに、一人の男が立っていた。

トレンチコートを羽織り、氷のように冷たい瞳を光らせる男。彼が手にする銀の羅針盤は、狂ったように回転しながら、周囲の空気を震わせるほどの魔力を放っている。

「……やっと、見つけたぞ。アルヴィス」

男の声は低く、そしてひどく疲弊しているようにも聞こえた。

「四天王の一人、エルリック……! なぜ貴様がここにいる。魔王は討ち取ったはずだ!」

「黙れ。……お前を追って、この得体の知れない世界へ転移したはいいが、この地の『魔力』がこれほどまでに希薄だとは計算違いだった。……聞いて驚け。俺はこの数週間、魔力を温存するために公園のベンチで夜を明かし、試供品のパンの耳を齧って生き延びてきたのだぞ」

エルリックと名乗った男は、忌々しげに吐き捨てた。
四天王という響きからは想像もつかない苦労人の告白に、結弦は思わず「あ、お疲れ様です……」と口から漏れてしまった。

「お前か、アルヴィスを匿っているこの地の民は。……アルヴィスよ、貴様を連れ戻し、魔界の再興に協力させる。さもなくば……」

エルリックが指を鳴らすと、背後の街灯がバチバチと音を立てて明滅し、アスファルトの地面に亀裂が走った。
ネタのような苦労話とは裏腹に、放たれるプレッシャーは本物だ。アルヴィスが「本気」の戦闘態勢に入る。

「断る! 私はこの世界で、ユヅルの騎士として生きると決めたのだ!」

「ならば力ずくで……と言いたいところだが。……くっ」

凄んだ瞬間に、エルリックのお腹が「グゥ~~~ッ」と、静かな路地に響き渡るほどの音を立てて鳴った。

「…………」
「…………」

静寂が訪れる。エルリックは眼鏡をクイと直し、震える手で羅針盤を握り直したが、その顔は心なしか青白い。

「……ユヅル。奴は非常に危険な男です。ですが、今はそれ以上に『飢え』という呪いに蝕まれているようです」

「……ねえ、アルヴィス。とりあえず、戦う前に何か食べさせない? ほら、家に帰れば昨日の残りの肉じゃががあるし」

「ユヅル!? 敵を本拠地に招くなど正気ですか!」

「だって、四天王が駅前で餓死したら寝覚めが悪いよ。……あの、エルリックさん。良ければ、うちでご飯食べますか?」

結弦の提案に、エルリックはプライドと空腹の間で激しく葛藤したようだったが、数秒後、重々しく頷いた。

「……毒が盛られていないという保証はないが。……背に腹は代えられん。案内しろ」

こうして、殺気立っていたはずの再会は、なぜか「夕食への招待」という奇妙な展開にすり替わった。

帰宅したアパートにて。
玄関でスレイプニルが「ヒヒーン!(四天王だ!)」と警戒して鳴いたが、アルヴィスが「シッ! 彼は今、客(空腹)だ!」と宥める。
結弦が温め直した肉じゃがと、炊き立てのご飯を差し出すと、エルリックは震える手で箸を取った。

「……これは、何だ。暗黒の泥煮込みか?」

「肉じゃがです。いいから食べてみてください」

一口食べた瞬間、エルリックの動きが止まった。
眼鏡が曇り、冷徹だった瞳にじわりと涙が浮かぶ。

「……美味い。……人間よ、感謝する。この『醤油』という名の魔術触媒は、これほどまでに心に染み渡るのか……」

「エルリック、食べながら泣くな。威厳が台無しだぞ」

アルヴィスが呆れたようにツッコミを入れる。
エルリックは夢中でご飯を三杯おかわりし、ようやく人心地ついたのか、ソファに深く背を預けた。

「……ふぅ。助かったぞ、民。……だが勘違いするな。俺はあくまでアルヴィスを連れ戻しに来たのだ。魔力が完全に回復した暁には、貴様ごとこのアパートを……」

「はいはい。とりあえず、回復するまであそこの押し入れで寝ていいよ。あ、でも明日の朝はゴミ出し手伝ってね」

「……ゴミ出しだと? 私を雑用係と心得るか。……ふん、一宿一飯の恩だ、一回だけなら受けて立とう」

最強の刺客は、肉じゃがの魔力に屈し、あっさりと押し入れ(予備の布団付き)に収まってしまった。
こうして、結弦のワンルームには、勇者と馬に加え、新たに「行き倒れの四天王」という居候が加わることになった。

「ユヅル……本当に良かったのですか? 奴は回復すれば、また傲慢な四天王に戻りますぞ」

「いいよ。その時はまた、美味しいもの作って懐柔すれば。……それよりアルヴィス、明日から食費が三倍だね。モデルの仕事、もっと頑張ってもらわないと」

「……っ! 了解しました、主! 私はエルリックの食費を稼ぐために、さらなるポーズを研究します!」

新しい生活の幕開けに、スレイプニルが「ワン!(僕の分も忘れるなよ)」と、空気を読んで犬のように鳴いた。
平和(?)な結弦の日常は、さらなるカオスへと突入していくのだった。
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