身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布

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7話

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 アルフレートが静かに扉を閉め、廊下を去っていく足音が遠ざかる。
 「……おやすみ」という、あの低く落ち着いた声が、静まり返った離宮の闇に心地よく響いていた。
 
 昴(すばる)は大きく息を吐き出し、ベッドに倒れ込んだ。
「……なんなんだよ、一体。掃除しろって言ったり、するなって言ったり、おやすみって言ったり。忙しい人たちだな」
 
 枕元で丸まっているウルを撫でると、温かな体温が手のひらに伝わってくる。ようやく訪れた静寂。だが、昴の脳裏には、先ほどまでここで火花を散らしていた四人の顔が浮かんで消えない。冷淡な公爵、食えない魔導師、暑苦しい騎士、そして底の知れない王子。
 この世界の頂点に立つはずの男たちが、なぜたかが「掃除の邪魔」と怒鳴られたくらいで、あんなに従順な、あるいは妙に楽しげな顔をしたのか。
「……考えても無駄か。明日は明日で、やりたい掃除が山積みだしな」
 
 昴は目を閉じ、深い眠りに落ちた。
 
 ――そして、翌朝。
 窓から差し込む眩しい朝日と共に、昴の異世界生活二日目が本格的に幕を開けた。
 いつものように、朝一番の空気を入れるために一階のリビングへ下りると、そこには昨夜の騒動が幻ではなかったことを物語る、異様な光景が広がっていた。

「……おはよう、スバル。よく眠れたか?」

 リビングの中央、昨夜レオンが必死に磨いたはずのソファに腰掛け、優雅に朝刊らしき羊皮紙をめくっているのは、当然のような顔をしたアルフレート公爵だ。
 その隙のない軍服姿は、ここが廃屋同然の離宮であることを忘れさせるほどの威圧感を放っているが、その表情は昨夜よりも幾分か穏やかだ。

「おはようスバル君。昨夜の僕の『お遊び』のせいで寝不足になっていないかな? 隈ができていたら、僕の指先で消してあげてもいいんだよ?」

 キッチンの方からは、ヴィンセントが勝手に湯を沸かし、見たこともないほど芳醇な茶葉の香りを漂わせている。銀髪をさらりと流し、片眼鏡の奥で紫の瞳を細めるその姿は、朝から毒気に満ちていた。

「おーいスバル! 腹減っただろ、城下の市場から最高の肉と果物を仕入れてきたぜ! これ食って、今日こそ俺と特訓だ!」

 庭に面したテラスからは、山のような食材を抱えたレオンが、昨夜の説教を守ったのか律儀にスリッパに履き替えて、ドカドカと踏み込んできた。

「みんな、朝から騒がしいね。……おはよう、スバル。昨日のチョーカー、外してしまったみたいだけど、今日は僕が直接着けてあげようか?」

 そして、昴が振り向くよりも早く、背後から甘い吐息が耳を打った。プラチナブロンドの髪を揺らし、天使のような微笑みを浮かべたシオン王子が立っている。

 昴は手に持っていた箒を床に突き立て、大きく息を吐いた。
「……皆さん。昨夜の俺の説教、一文字も聞いてませんでしたよね? 掃除の邪魔だって言ったはずですけど。なんで朝から全員集合してるんですか」

「聞いている。だからこそ、今日は君の『仕事』を尊重し、我々ができる限りの助力をしようと決めたのだ」

 アルフレートが理知的な仕草で立ち上がる。その隣で、レオンがガハハと笑いながらシオンの肩を親しげに叩いた。

「おいシオン、お前、公務はどうしたんだよ。また影武者に押し付けてきたのか?」

「うるさいなレオン。君こそ騎士団の訓練はどうしたのさ。サボり?」

「あぁ!? 俺はスバルの護衛っていう、大事な任務中なんだよ!」

 昴は、彼らのやり取りを眺めながら、この国の理を改めて噛み締めていた。
 建国以来の盟約で結ばれた四つの名家『四翼』。血統こそ王子であるシオンが上だが、実力と歴史においては対等。ゆえに、彼ら三人は王子に対しても一切の遠慮がない。この四人が揃うということは、この国の権力が一点に集中しているも同然なのだ。

「……で、その皆さんが、俺の掃除をどう手伝ってくれるんですか? まさか雑巾がけしてくれるわけじゃないですよね」

 昴の皮肉混じりの問いに、ヴィンセントが恭しく一つの小箱を差し出した。
 中に入っていたのは、一見するとただの布切れと、小さな水晶のついた短い杖だ。

「これは僕の特製さ。汚れを感知して自動で吸着する『魔導布』と、微細な塵を分子レベルで分解する『滅菌の杖』だよ。これを使えば、君が一日中雑巾がけをしなくても、離宮は永遠に清潔に保たれる」

「……あ、それはいらないです。却下」

 昴は即答した。

「えっ」

 最高位の魔導師が、かつてないほど間抜けな声を出す。

「あのですね、汚れが落ちる手応えがない掃除なんて、ただの作業です。俺は、真っ黒な雑巾が綺麗になっていく過程が好きなんです。魔法でパッと消しちゃったら、俺のやりがいまで消えるじゃないですか」

「ははは! ざまぁみろヴィンセント! お前の理屈はスバルには通じねえんだよ。……ほらスバル、俺はこれだ! 騎士団特注の、頑固な汚れを削ぎ落とす『超硬質ブラシ』だ! これでこすれば、この古い床も一皮剥けて新品同様だぜ!」

「レオンさん……それ、床の木材まで削っちゃうからダメです。掃除じゃなくて研磨ですよ。却下」

「うっ……」

 最強の騎士団長が、ショックで膝をつく。

「二人とも、スバルのこだわりがわかってないなぁ。スバル、僕はこれ。君が掃除をしている間、ずっと横で風を送って、汗を拭いてあげるための『専属侍従(僕)』だよ」

 シオンが背後から抱きついてこようとするが、昴は慣れた手つきでその額を手のひらで押し返した。
「シオン様、それ一番邪魔です。そこに座っててください」

「……スバル」

 最後に、アルフレートが重々しく口を開いた。
 彼は懐から、一通の封書を取り出す。

「道具が不要だと言うのなら、環境を整えよう。……この離宮に隣接する庭園と、周辺の建物を一時的にベルンハルト家の管轄に置くことにした。今日からここは制限区域だ。君の許可なく余計な人間は立ち入らせない。君が望む最高級の洗浄剤や食材も、すべて手配させよう」

 アルフレートの提案は、他とは次元の違う「管理」だった。
 昴を召喚失敗のゴミとして捨て置くのではなく、その類まれなる「清浄化」の能力を認め、自らの安眠を確保するための貴重な存在として、組織的に保護しようというのだ。

「……それって、俺をここに閉じ込めるってことですか?」

「いや、保護だ。昨日のシオン様の件もそうだが、君のような身元の不確かな者を狙う輩は少なくない。私が管理下に置くのが、君にとっても一番安全で、掃除に専念できる環境のはずだ」

 アルフレートの黄金の瞳には、強い関心の色がある。しかしそれは、数日前に「ゴミ」と呼んだ相手をようやく「価値ある存在」として認めたばかりの、支配者としての理詰めの判断に近いものだった。

「……気持ちは嬉しいんですけど、俺、今日やりたいことがあるんです。昨夜リビングを磨いて確信したんですけど、この世界の洗剤、ちょっと洗浄力が物足りないんですよ。だから、自分で材料を買いに行きたくて」

 昴の言葉に、四人が同時に眉を動かした。

「自分で買いに行く……? スバル、城下へ下りるというのか」
 アルフレートが懸念を示すように声を落とした。

「はい。実家のクリーニング屋で使ってた、秘伝の洗剤に近い材料があるか確かめたいんです。レオンさんが持ってきた食材も助かりますけど、掃除用具だけは妥協したくなくて」

 四人の支配者たちが顔を見合わせる。彼らにとって、自分たちが「手配する」のが当然であり、昴が「自分の足で外へ行く」ことは、想定外の行動だった。しかし、昴の掃除に対する頑固なまでの情熱は、すでに彼らも知るところだ。

「……いいだろう。ただし、条件がある」
 アルフレートが、折れる形で静かに告げた。

「君を一人で行かせるわけにはいかない。我々四人が、君の護衛として同行する。それが認められないなら、一歩も外へは出さない」

「えっ、四人全員ですか? 買い物に行くだけなのに?」
「当然だ。君に万が一のことがあれば、私の安眠が損なわれる」
「僕も、君の黒髪が汚れるのは見ていられないからね」
「おう! 荷物持ちなら俺に任せろ。全部持ってやるぜ!」
「僕の馬車なら、城下まで目立たずに運んであげられるよ、スバル」

 シオン様まで乗り気になっている。昴は「むしろ皆さん連れて行く方が目立ちそうなんだけど……」と内心で思ったが、ここで断れば本当に「保護」という名の監禁が始まりそうな気配を感じ取った。

「……分かりました。じゃあ、重いもの持ってもらうの、お願いしてもいいですか?」

 昴が少し困ったように、けれど頼るように笑うと、四人の男たちの表情がわずかに和らいだ。

 昴は二階から下りてきたウルを肩に乗せ、四人を引き連れて、離宮の門へと向かう。
 城下の賑わい、そしてそこで待ち受ける、自らの「黒髪」が引き起こす騒動など、この時の昴はまだ知る由もなかった。

 こうして、最強にして最恐の「買い出し部隊」が結成されたのである。
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