身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布

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11話

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 騎士団の訓練所を文字通り「一掃」した昴の噂は、瞬く間に王宮内を駆け巡った。
 そんな昴の前に、音もなく現れたのはヴィンセントだ。彼はいつも通りの涼やかな笑みを浮かべ、長い指先で昴の肩を突いた。

「スバル君、レオンのところだけ手伝うなんて不公平だと思わないかい? 僕の魔塔も、君のその……情熱的な浄化を必要としているんだ」

「ヴィンセント様……。魔塔って、魔導師たちが研究に没頭する場所ですよね。嫌な予感しかしないんですけど」

 昴は警戒したが、ヴィンセントは聞く耳を持たず、「貴重な魔導書の保存状態が危ういんだ」というもっともらしい理由を並べ、半ば強引に彼を魔塔へと誘った。

 魔塔は王宮の北側にそびえ立つ、天を突くような尖塔だ。
 螺旋階段を上り、ヴィンセントの最上階にある個人研究室の扉が開いた瞬間、昴は思わず手で口を押さえた。

「……何、ここ。倉庫? それともゴミ捨て場?」

 そこは、知の集積地というより、カオスそのものだった。
 床には得体の知れない液体がこぼれて干からびた黒い染みが点在し、棚からは怪しげな魔導生物の抜け殻や、干からびた薬草が雪崩のように溢れ出している。
 さらに最悪なのは、部屋全体を包む「焦げ臭い」独特の臭気だ。換気が全く行われていないせいで、魔力の煙が天井に淀んでいた。

「ひどいな。少し実験に熱中すると、片付けという概念が脳から消えてしまうんだよ。宮廷魔導師たちは皆そうさ」

 ヴィンセントは悪びれる様子もなく、脱ぎ捨てたローブを杖で端に寄せた。
 だが、昴の目は笑っていなかった。彼は静かにエプロンを締め、特製洗浄液の瓶を握りしめた。

「ヴィンセント様。……魔導は万物の理を解き明かすものだと思ってましたが、自分の部屋の理も管理できないようじゃ、魔法なんてただの危ない遊びですよ」

 昴の冷ややかな一言に、ヴィンセントが「おや」と片眼鏡を光らせる。
 昴は迷わず、床にある巨大な黒い染みに洗浄液を垂らした。

「これは何の染みですか?」

「ああ、それは一年前、時空転移魔法の触媒をこぼした時の名残かな。魔法で消そうとしたんだけど、空間そのものに定着してしまってね。最高の掃除呪文でも落ちなかった『不滅の染み』だよ」

「へぇ……不滅、ですか。俺の辞書にそんな言葉はありません」

 昴は洗浄液が染みに馴染むのを待つ間、バケツに汲んだ水に浄化の魔力を込めていった。
 彼の黒髪が微かに輝き、部屋の澱んだ空気が震え出す。昴が無自覚に放つ「浄化の魔力」が、洗浄液の界面活性効果を極限まで高めていく。

「いけっ……!」

 昴がブラシで力強く染みを擦ると、次の瞬間、シュワシュワと異質な音が響いた。
 空間に定着していたはずの黒い染みが、昴の手に持つ「ただの布」に吸い取られるように消えていく。

「……信じられないな。物理的な洗浄で、概念的な汚れを落とすなんて。君の力はやはり、既存の魔導理論を超越している」

 ヴィンセントの瞳が、驚きと狂おしいほどの知的好奇心に染まる。
 だが、昴の猛攻は止まらない。

「次はあの棚です! あのカラカラになった抜け殻、全部捨てますからね! 標本にするならちゃんとケースに入れてください!」

「ああ、それは希少なドラゴンの抜け殻……待って、それは僕の大事な……!」

「埃を被ってる時点でゴミです! ほら、ヴィンセント様は魔法でその重い書類の束を浮かせてください! 下の埃を吸い取ります!」

 宮廷魔導師として、全魔導師の頂点に立つ男が、エプロン姿の少年に顎で使われ、必死に書類を浮かせている。その滑稽な光景は、もし他の魔導師が見れば卒倒しただろう。

 数時間の激闘の末。
 魔塔の最上階は、見違えるような「聖域」へと変貌した。
 窓ガラスからは夕陽が真っ直ぐに差し込み、床は顔が映るほどに磨き上げられている。焦げ臭い匂いは消え、スバルの残り香のような、清潔で清々しい空気が部屋を満たしていた。

「……ふぅ。これでようやく、まともな神経で研究ができるってものですよ」

 昴が汗を拭いながら笑うと、ヴィンセントは磨き上げられた机の感触を確かめ、ため息をついた。

「驚いたな。思考が昨日までの十倍はクリアだ。魔力の循環を阻害していたのは、僕の怠慢という名の汚れだったわけだね」

 ヴィンセントは、昴に歩み寄り、その白く細い指先をスバルの首筋に滑らせた。

「スバル君。君という浄化剤に、僕は中毒になりそうだ。……この魔塔を丸ごと、君の自由に作り替えてもいい。だから、ずっと僕の傍でその輝きを放っていてくれないかな?」

「またそうやって思わせぶりなことを……。ヴィンセント様、その前にこのゴミ袋、下まで運んでください。魔法で。あと、明日の朝までに換気扇の魔法を開発しておいてくださいね」

「……はは、手厳しいね。報酬は、とっておきの魔導具でいいかな?」

 昴のマイペースな対応に、ヴィンセントは肩をすくめて笑った。
 彼にとって、スバルはもはや「興味深い研究対象」を超え、自分の濁った精神を唯一洗い流してくれる、代えがたい「隣人」になりつつあった。

 足元でウルが、ヴィンセントの甘い空気を牽制するように「キュッ!」と鳴き、昴の足首を死守していた。

 その頃、離宮では。
「……遅いな。二人きりで何をさせている、あのキツネ眼鏡め」
「俺も気になるぜ。おいアルフレート、今から魔塔に殴り込みに行くか?」
「アルフレート閣下、レオン。僕を置いて行かないでよ。スバルは僕の専属(予定)なんだから」

 支配者たちの、静かな、しかし激しい争奪戦がまた一歩、熱を帯びようとしていた。
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