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16話
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王都を包む風が、いよいよ刺すような冷たさを帯びてきた。
シオンが贈ってくれた魔導絨毯のおかげで足元は暖かいが、離宮の広い空間全体を温めるには、やはり火の力が必要だ。
「よし、今日こそあの大暖炉を復活させよう」
昴(スバル)は、リビングの壁面に鎮座する煤(すす)けた石造りの暖炉を見上げた。離宮が放置されていた長い年月、一度も火が灯されることのなかったその場所は、冷気と埃の塊のようになっている。
昴は昨日から準備していた、長い竹竿の先にブラシを固定した特製の「煙突掃除用具」を取り出した。
「スバル! 暖炉に火を入れるのか? 俺が自慢の火属性魔力で一気に燃やしてやろうか!」
ちょうどそこへ、冬用の厚手のマントを翻してレオンがやってきた。その後ろには、暖炉の構造を調査しに来たのか、ヴィンセントとアルフレートも続いている。
「ダメですよレオンさん。煙突の中を見てください。何十年分もの煤と、鳥の巣みたいなゴミが詰まってます。このまま火をつけたら、煙が逆流してこの部屋が真っ黒になっちゃいます」
「げっ、マジか……」
「だから、まずは煙突掃除です。俺が上からブラシを通すので、レオンさんは下で落ちてくるゴミを袋に受けてもらえますか?」
昴がそう言うと、アルフレートが静かに一歩前に出た。
「待て、スバル。屋根の上は凍てついていて滑りやすい。君をそんな危険な場所に登らせるわけにはいかない」
「でも、上からじゃないと奥までブラシが届かないんです」
「……ならば、私が君を抱えて滞空しよう。ヴィンセント、重力軽減の術式を」
「お安い御用さ。スバル君、僕の魔法で羽のように軽くしてあげるよ」
こうして、前代未聞の「煙突掃除」が始まった。
ヴィンセントの魔法で体が軽くなった昴を、アルフレートがその強靭な腕でひょいと抱え上げる。そのまま、二人はふわりと宙に浮き、離宮の屋根の上へと降り立った。
「わあ……高い。でも、景色が綺麗ですね」
「景色に見惚れて足を踏み外すなよ。……さあ、始めるんだ」
アルフレートが背後から昴の腰をしっかりと支える。その体温が伝わってきて少し照れくさかったが、昴はすぐにプロの顔に戻った。
特製ブラシを煙突の奥深くへと差し込み、上下に激しく動かす。
「せーのっ、せーのっ!」
ゴボッ、という鈍い音と共に、数十年分の真っ黒な煤が下へと落ちていく。
下ではレオンが「うおっ! 降ってきたぞ! 任せろ!」と叫びながら、落ちてくる煤を魔法の袋で器用に回収していた。
作業を続けるうちに、煙突の中から澱んだ空気が抜け、スッと清涼な風が通り抜けるのを感じた。
「……通った! アルフレート様、これで大丈夫です!」
屋根から下りた昴は、顔も服も煤で少し黒くなっていたが、その表情は晴れやかだった。
アルフレートは、昴の頬についた煤を自分の指先で優しく拭い取った。
「……よくやった。これでようやく、暖かい冬を迎えられそうだな」
暖炉の周りをヴィンセントが細かく浄化し、仕上げに昴が石造りの彫刻を磨き上げる。
そして、レオンが持ってきた乾燥した薪を並べ、シオンが(いつの間に用意したのか)最高級の火種を投げ入れた。
パチッ……パチパチッ!
小さな火花が上がり、次の瞬間、暖炉の中にオレンジ色の暖かな炎が勢いよく燃え上がった。
煙は一点の澱みもなく、真っ直ぐに煙突を抜けて冬の空へと吸い込まれていく。
「……暖かい……」
昴は暖炉の前に座り込み、冷えた手をかざした。
火の粉が爆ぜる音。薪の焼ける香ばしい匂い。そして、部屋全体を包み込む柔らかな熱。
シオンが用意してきた大きな鍋には、たっぷりの野菜と肉が入ったスープが煮え立っている。
「スバル、掃除の後のスープは格別だよ。さあ、みんなで食べよう」
暖炉の火を囲み、五人と二匹(ウルとフウ)が輪になる。
「……。離宮でこれほど穏やかな火を見たのは、初めてだ」
アルフレートが、スープの湯気の向こうで目を細める。
「俺たちの魔力も、スバルの掃除があってこそ正しく燃えるんだな。なぁアルフレート!」
レオンがガハハと笑い、ヴィンセントも満足げにスープを口にした。
外では北風が吹き荒れ始めたが、磨き上げられ、火が灯された離宮の中は、どこまでも暖かく、清らかな幸福感に満ちていた。
足元ではウルとフウが、暖炉の熱で温まった床の上で、仲良く丸くなって眠り始めている。
昴の冬支度は、最高の結果となって、彼らの絆をより一層深く結びつけたのである。
シオンが贈ってくれた魔導絨毯のおかげで足元は暖かいが、離宮の広い空間全体を温めるには、やはり火の力が必要だ。
「よし、今日こそあの大暖炉を復活させよう」
昴(スバル)は、リビングの壁面に鎮座する煤(すす)けた石造りの暖炉を見上げた。離宮が放置されていた長い年月、一度も火が灯されることのなかったその場所は、冷気と埃の塊のようになっている。
昴は昨日から準備していた、長い竹竿の先にブラシを固定した特製の「煙突掃除用具」を取り出した。
「スバル! 暖炉に火を入れるのか? 俺が自慢の火属性魔力で一気に燃やしてやろうか!」
ちょうどそこへ、冬用の厚手のマントを翻してレオンがやってきた。その後ろには、暖炉の構造を調査しに来たのか、ヴィンセントとアルフレートも続いている。
「ダメですよレオンさん。煙突の中を見てください。何十年分もの煤と、鳥の巣みたいなゴミが詰まってます。このまま火をつけたら、煙が逆流してこの部屋が真っ黒になっちゃいます」
「げっ、マジか……」
「だから、まずは煙突掃除です。俺が上からブラシを通すので、レオンさんは下で落ちてくるゴミを袋に受けてもらえますか?」
昴がそう言うと、アルフレートが静かに一歩前に出た。
「待て、スバル。屋根の上は凍てついていて滑りやすい。君をそんな危険な場所に登らせるわけにはいかない」
「でも、上からじゃないと奥までブラシが届かないんです」
「……ならば、私が君を抱えて滞空しよう。ヴィンセント、重力軽減の術式を」
「お安い御用さ。スバル君、僕の魔法で羽のように軽くしてあげるよ」
こうして、前代未聞の「煙突掃除」が始まった。
ヴィンセントの魔法で体が軽くなった昴を、アルフレートがその強靭な腕でひょいと抱え上げる。そのまま、二人はふわりと宙に浮き、離宮の屋根の上へと降り立った。
「わあ……高い。でも、景色が綺麗ですね」
「景色に見惚れて足を踏み外すなよ。……さあ、始めるんだ」
アルフレートが背後から昴の腰をしっかりと支える。その体温が伝わってきて少し照れくさかったが、昴はすぐにプロの顔に戻った。
特製ブラシを煙突の奥深くへと差し込み、上下に激しく動かす。
「せーのっ、せーのっ!」
ゴボッ、という鈍い音と共に、数十年分の真っ黒な煤が下へと落ちていく。
下ではレオンが「うおっ! 降ってきたぞ! 任せろ!」と叫びながら、落ちてくる煤を魔法の袋で器用に回収していた。
作業を続けるうちに、煙突の中から澱んだ空気が抜け、スッと清涼な風が通り抜けるのを感じた。
「……通った! アルフレート様、これで大丈夫です!」
屋根から下りた昴は、顔も服も煤で少し黒くなっていたが、その表情は晴れやかだった。
アルフレートは、昴の頬についた煤を自分の指先で優しく拭い取った。
「……よくやった。これでようやく、暖かい冬を迎えられそうだな」
暖炉の周りをヴィンセントが細かく浄化し、仕上げに昴が石造りの彫刻を磨き上げる。
そして、レオンが持ってきた乾燥した薪を並べ、シオンが(いつの間に用意したのか)最高級の火種を投げ入れた。
パチッ……パチパチッ!
小さな火花が上がり、次の瞬間、暖炉の中にオレンジ色の暖かな炎が勢いよく燃え上がった。
煙は一点の澱みもなく、真っ直ぐに煙突を抜けて冬の空へと吸い込まれていく。
「……暖かい……」
昴は暖炉の前に座り込み、冷えた手をかざした。
火の粉が爆ぜる音。薪の焼ける香ばしい匂い。そして、部屋全体を包み込む柔らかな熱。
シオンが用意してきた大きな鍋には、たっぷりの野菜と肉が入ったスープが煮え立っている。
「スバル、掃除の後のスープは格別だよ。さあ、みんなで食べよう」
暖炉の火を囲み、五人と二匹(ウルとフウ)が輪になる。
「……。離宮でこれほど穏やかな火を見たのは、初めてだ」
アルフレートが、スープの湯気の向こうで目を細める。
「俺たちの魔力も、スバルの掃除があってこそ正しく燃えるんだな。なぁアルフレート!」
レオンがガハハと笑い、ヴィンセントも満足げにスープを口にした。
外では北風が吹き荒れ始めたが、磨き上げられ、火が灯された離宮の中は、どこまでも暖かく、清らかな幸福感に満ちていた。
足元ではウルとフウが、暖炉の熱で温まった床の上で、仲良く丸くなって眠り始めている。
昴の冬支度は、最高の結果となって、彼らの絆をより一層深く結びつけたのである。
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