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24話
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温室から抱きかかえられたまま連れ戻されたユアンは、寝室の柔らかな長椅子(カウチ)にようやく降ろされた。アルヴィスは、ユアンの足元に冷えが残っていないかを確認するように、膝掛けを丁寧にかけ直すと、ようやくその険しい表情を少しだけ緩める。
「……アルヴィス、本当に過保護すぎますよ。シリルさんはただ、研究がしたいだけなんですから」
「あいつの『研究』には限度がない。放っておけばお前の睡眠時間まで削って土を捏ねさせかねん。……それに、お前の魔力を一番近くで享受していいのは、この城の主である私だけだ」
アルヴィスはそう言って、ユアンの隣に腰を下ろした。大きな体が沈み込み、その重みと体温がユアンに伝わる。この「当たり前の日常」が、かつての契約関係では望めなかった最高のご褒美であることを、二人は無意識に噛み締めていた。
そんな静かな時間を破るように、控えめな、しかしどこか執拗なノックの音が響いた。
「……嫌な予感しかしないな」
アルヴィスが溜息をつきながら扉を開けると、案の定、そこには両手に奇妙な紫色の鉢植えを抱えたシリルが、満面の笑みで立っていた。
「やあ、新婚の邪魔をして悪いね! でもこれだけはどうしても今日中に試したくて。……ユアン君、これは『共鳴の恋蓮(れん)』といってね。近くにいる二人の魔力の波長を読み取り、その『情動』の色で花を咲かせるという、極めて稀少な品種なんだ」
「情動の色……ですか?」
ユアンが身を乗り出すと、アルヴィスはシリルの侵入を阻止しようとしたが、シリルはスッと脇を抜けて部屋の中央にあるテーブルに鉢を置いた。
「そう。例えば、信頼なら青、友情なら緑。……そして、深い愛情や情熱なら、赤や紫に染まる。二人の絆が本物であればあるほど、その色は鮮明になるはずだ。さあ、二人でこの苗に手をかざしてみてくれないか?」
アルヴィスは不快そうに鼻を鳴らしたが、ユアンの「面白そう!」という瞳の輝きに抗うことはできなかった。
「……一度だけだぞ、シリル。終わったらすぐに消えろ」
「わかっているとも! さあ、ユアン君、アルヴィス。手を重ねて、苗の中心に魔力を流すイメージだ」
ユアンは緊張しながら、アルヴィスの大きな手のひらの上に、自分の細い手を重ねた。
アルヴィスの手が、ユアンの指をそっと包み込む。それだけでユアンの心臓は跳ね、視界が少し熱を帯びた。
「いきますよ、アルヴィス……」
「ああ。……お前の風を、私に預けろ」
二人の魔力が、重なり合った手を通じて静かに流れ出す。
すると、まだ固く閉ざされていたはずの紫色の蕾が、パチパチと小さな音を立てて震え始めた。
「おお……! 反応が早い。これほどまでの魔力の親和性、やはり君たちは……っ」
シリルの言葉を遮るように、蕾が勢いよく開いた。
現れたのは、これまでのどんな図鑑にも載っていないような、凄まじい「色」だった。
それは、ただの赤ではない。
燃えるような深紅の中に、どこか闇のような深い紫が混ざり合い、さらにはユアンの清らかな風を象徴するような、眩いばかりの金色の筋が走っている。
「…………これは」
シリルが、手に持っていたペンを床に落とした。その瞳は驚愕で見開かれている。
「……シリル。これは、何の色だ」
アルヴィスが、少しだけ不安そうな、けれど威圧感のある声で尋ねた。
「……信じられない。理論上、ここまで濃い色は出ないはずなんだ。この深紅は『命を懸けた献身』。紫は『病的なまでの独占欲』。そしてこの金色の筋は……『純粋無垢な信頼』だ。……アルヴィス、君、この子をどれだけ重く愛しているんだい? 鉢植えが、君の情熱で焼き切れそうだよ」
「………………」
アルヴィスは無言で視線を逸らした。だが、隠しきれない耳の先が、咲いたばかりの花よりも真っ赤に染まっているのを、ユアンは見逃さなかった。
「僕の……僕の金色も、混ざっているんですね」
ユアンは、花びらに刻まれた金色の筋をそっと指先でなぞった。
自分が抱いている、アルヴィスへの真っ直ぐな想い。彼がどれだけ怖く、重い愛を注いできても、それを「心地よい」と受け入れている自分自身の心が、この花に映し出されている。
「ユアン、……見なくていい。……あいつの持ってきた草など、デタラメだ」
「いいえ、アルヴィス。……すごく綺麗です。……僕たち、こんなに深く、繋がっているんですね」
ユアンが幸せそうに微笑み、アルヴィスの腕にそっとしがみついた。
すると、その動作に反応したのか、花はさらに鮮やかに、今度は優しく柔らかな桃色の輝きを放ち始めた。
「……追加データだ。『幸福による魔力の安定』。……ああ、もういいよ、わかったよ! 僕の負けだ、この幸せ者たちが!」
シリルは半ばやけ気味にノートを閉じると、これ以上の観察は精神衛生上よろしくないと悟ったのか、そそくさと鉢を回収して部屋を飛び出していった。
再び訪れた静寂。
アルヴィスは、自分に寄り添うユアンを、今度は力強く抱きしめ直した。
「……あの花が、嘘であってほしかったか?」
「いいえ。……本当で、良かったです」
ユアンは、アルヴィスの胸に顔を埋め、その力強い鼓動を聴いた。
独占欲が重くても、愛が深すぎても構わない。
この熱こそが、今の自分を支え、この城に居場所をくれているのだから。
「……ユアン。……今夜は、あの花以上に、お前を私の色に染めたい。……いいか」
「…………はい、アルヴィス」
月明かりが差し込む寝室で、二人はゆっくりと唇を重ねた。
外では北風が唸っていたが、この部屋を包む「二人の魔法」は、どんな暖炉よりも熱く、いつまでも冷めることはなかった。
「……アルヴィス、本当に過保護すぎますよ。シリルさんはただ、研究がしたいだけなんですから」
「あいつの『研究』には限度がない。放っておけばお前の睡眠時間まで削って土を捏ねさせかねん。……それに、お前の魔力を一番近くで享受していいのは、この城の主である私だけだ」
アルヴィスはそう言って、ユアンの隣に腰を下ろした。大きな体が沈み込み、その重みと体温がユアンに伝わる。この「当たり前の日常」が、かつての契約関係では望めなかった最高のご褒美であることを、二人は無意識に噛み締めていた。
そんな静かな時間を破るように、控えめな、しかしどこか執拗なノックの音が響いた。
「……嫌な予感しかしないな」
アルヴィスが溜息をつきながら扉を開けると、案の定、そこには両手に奇妙な紫色の鉢植えを抱えたシリルが、満面の笑みで立っていた。
「やあ、新婚の邪魔をして悪いね! でもこれだけはどうしても今日中に試したくて。……ユアン君、これは『共鳴の恋蓮(れん)』といってね。近くにいる二人の魔力の波長を読み取り、その『情動』の色で花を咲かせるという、極めて稀少な品種なんだ」
「情動の色……ですか?」
ユアンが身を乗り出すと、アルヴィスはシリルの侵入を阻止しようとしたが、シリルはスッと脇を抜けて部屋の中央にあるテーブルに鉢を置いた。
「そう。例えば、信頼なら青、友情なら緑。……そして、深い愛情や情熱なら、赤や紫に染まる。二人の絆が本物であればあるほど、その色は鮮明になるはずだ。さあ、二人でこの苗に手をかざしてみてくれないか?」
アルヴィスは不快そうに鼻を鳴らしたが、ユアンの「面白そう!」という瞳の輝きに抗うことはできなかった。
「……一度だけだぞ、シリル。終わったらすぐに消えろ」
「わかっているとも! さあ、ユアン君、アルヴィス。手を重ねて、苗の中心に魔力を流すイメージだ」
ユアンは緊張しながら、アルヴィスの大きな手のひらの上に、自分の細い手を重ねた。
アルヴィスの手が、ユアンの指をそっと包み込む。それだけでユアンの心臓は跳ね、視界が少し熱を帯びた。
「いきますよ、アルヴィス……」
「ああ。……お前の風を、私に預けろ」
二人の魔力が、重なり合った手を通じて静かに流れ出す。
すると、まだ固く閉ざされていたはずの紫色の蕾が、パチパチと小さな音を立てて震え始めた。
「おお……! 反応が早い。これほどまでの魔力の親和性、やはり君たちは……っ」
シリルの言葉を遮るように、蕾が勢いよく開いた。
現れたのは、これまでのどんな図鑑にも載っていないような、凄まじい「色」だった。
それは、ただの赤ではない。
燃えるような深紅の中に、どこか闇のような深い紫が混ざり合い、さらにはユアンの清らかな風を象徴するような、眩いばかりの金色の筋が走っている。
「…………これは」
シリルが、手に持っていたペンを床に落とした。その瞳は驚愕で見開かれている。
「……シリル。これは、何の色だ」
アルヴィスが、少しだけ不安そうな、けれど威圧感のある声で尋ねた。
「……信じられない。理論上、ここまで濃い色は出ないはずなんだ。この深紅は『命を懸けた献身』。紫は『病的なまでの独占欲』。そしてこの金色の筋は……『純粋無垢な信頼』だ。……アルヴィス、君、この子をどれだけ重く愛しているんだい? 鉢植えが、君の情熱で焼き切れそうだよ」
「………………」
アルヴィスは無言で視線を逸らした。だが、隠しきれない耳の先が、咲いたばかりの花よりも真っ赤に染まっているのを、ユアンは見逃さなかった。
「僕の……僕の金色も、混ざっているんですね」
ユアンは、花びらに刻まれた金色の筋をそっと指先でなぞった。
自分が抱いている、アルヴィスへの真っ直ぐな想い。彼がどれだけ怖く、重い愛を注いできても、それを「心地よい」と受け入れている自分自身の心が、この花に映し出されている。
「ユアン、……見なくていい。……あいつの持ってきた草など、デタラメだ」
「いいえ、アルヴィス。……すごく綺麗です。……僕たち、こんなに深く、繋がっているんですね」
ユアンが幸せそうに微笑み、アルヴィスの腕にそっとしがみついた。
すると、その動作に反応したのか、花はさらに鮮やかに、今度は優しく柔らかな桃色の輝きを放ち始めた。
「……追加データだ。『幸福による魔力の安定』。……ああ、もういいよ、わかったよ! 僕の負けだ、この幸せ者たちが!」
シリルは半ばやけ気味にノートを閉じると、これ以上の観察は精神衛生上よろしくないと悟ったのか、そそくさと鉢を回収して部屋を飛び出していった。
再び訪れた静寂。
アルヴィスは、自分に寄り添うユアンを、今度は力強く抱きしめ直した。
「……あの花が、嘘であってほしかったか?」
「いいえ。……本当で、良かったです」
ユアンは、アルヴィスの胸に顔を埋め、その力強い鼓動を聴いた。
独占欲が重くても、愛が深すぎても構わない。
この熱こそが、今の自分を支え、この城に居場所をくれているのだから。
「……ユアン。……今夜は、あの花以上に、お前を私の色に染めたい。……いいか」
「…………はい、アルヴィス」
月明かりが差し込む寝室で、二人はゆっくりと唇を重ねた。
外では北風が唸っていたが、この部屋を包む「二人の魔法」は、どんな暖炉よりも熱く、いつまでも冷めることはなかった。
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