お飾りの番だと言われましたが呪いを解いたら冷徹公爵様の執着が止まりません!〜聖なる緑の指で領地ごと幸せになっちゃいます〜

たら昆布

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25話

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 深紅と黄金の光を放った『共鳴の恋蓮』の余韻が残る翌朝、ロストック城の厨房裏にある広大な実験農場では、シリル教授の絶叫に近い歓声が響き渡っていた。

「見たまえ、アルヴィス! 奇跡だ、歴史が動いたぞ! 雪の下で凍りついていたはずの『大地の恵み(カブラ)』が、ユアン君の微風を受けただけで、まるで春の陽光を浴びたように丸々と太り、栄養価も通常の五倍を記録している!」

 シリルが泥だらけの手で掲げたのは、冬の北国ではお目にかかれないほど瑞々しく輝く野菜だった。ユアンは傍らで照れくさそうに笑いながら、指先からふわりと温かな風を放ち、次々と土を持ち上げて収穫を助けていく。

「シリルさんの研究のおかげです。僕はただ、土の中の種たちが『寒いよ』って言っているのを、アルヴィス様の魔力を借りて温めてあげただけですから」
「その『だけ』が国家予算レベルの価値なんだよ、ユアン君! さあ、これを今日、城下の広場で領民たちに配ろう。冬の食糧不足に喘ぐ彼らにとって、君はまさに救いの天使だ」

 シリルの提案に、アルヴィスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼は収穫作業には一切加わらず、ただひたすらにユアンの背後に立ち、その細い腰に手を添えて、飛んでくる土の粒さえもマントで遮断している。

「……天使だと? 冗談ではない。ユアンを衆目に晒すなど、本来であれば許しがたい暴挙だ。あのような慈愛に満ちた表情を不特定多数に向けさせるのは、私の精神衛生上よろしくない」
「閣下、またそうやって独占欲をこじらせないでください。領民たちは飢えているんです。奥様の慈悲を見せる絶好の機会ですよ」

 背後で収穫袋を運んでいたリアムの冷静な指摘に、アルヴィスは「……一時間だけだ」と苦々しく同意した。

 数時間後。ロストック城下の広場は、これまでにない熱気に包まれていた。
 中央に設置された特設の配布台に、ユアンが白い毛皮の襟巻きを巻いて現れると、集まった領民たちから、どよめきのような感嘆の声が上がった。

「ああ……なんてお綺麗な方だ。あの方が、閣下の呪いを解いたという『風の番』様か」
「見てくれ、あの野菜を! 冬なのに、あんなに青々としているなんて……」

 ユアンは一人一人の領民と目を合わせ、丁寧に野菜を手渡していく。
「大丈夫ですよ、ゆっくり食べてくださいね。このお野菜には、ロストックの冬を乗り越えるための力がたっぷり詰まっていますから」

 その微笑み、その声、そして彼が動くたびに周囲に漂う清々しいハーブの香り。寒さに凍えていた領民たちにとって、ユアンはもはやただの公爵夫人ではなく、天から舞い降りた『冬の聖者』そのものに見えていた。

「聖者様……! ありがとうございます、これで子供たちに腹一杯食べさせてやれます!」
 一人の老婆が感極まり、ユアンの手に縋り付こうとした。
 その瞬間、広場の気温が物理的に五度ほど下がったかのような錯覚を誰もが覚えた。

「……私の妻に触れるな」

 一歩、地を震わせるような足取りでアルヴィスが前に出た。
 彼はユアンを背後に隠すと、漆黒の外套を広げ、領民たちを射抜くような鋭い金色の瞳で睥睨した。その姿は、最愛の宝物を守るために牙を剥く凶暴な守護龍そのものだ。

「ひ、ひぃっ……! 閣下、申し訳ございません!」
「アルヴィス! 怖がらせちゃダメですよ。皆さんは喜んでくれているんですから」
 ユアンが慌ててアルヴィスの腕を掴んで宥めるが、アルヴィスの独占欲は一度火がつくと止まらない。

「喜ぶのは勝手だが、崇めるのは私の許可がいる。……ユアン、もう十分だろう。これ以上お前の笑顔を他人に安売りされては、私の忍耐が限界を迎える」
「安売りだなんて……。皆さん、困っていたんですよ?」

「困っているなら野菜をやればいい。……だが、お前の視線も、言葉も、その温かな風も、本来は私一人のために捧げられるべきものだ」

 アルヴィスは衆人環視の中、ユアンをひょいと横抱きにした。広場からは「おおお……!」という、畏怖と羨望が混ざり合ったようなどよめきが上がる。

「あ、アルヴィス! 恥ずかしいです、降ろしてください!」
「断る。……リアム、残りの配布は任せた。私はユアンを連れて城へ戻る。……こいつが今、他人に向けた微笑みの分だけ、私の部屋で『埋め合わせ』をしてもらう必要があるからな」

「はいはい、了解しましたよ。お熱いことで」
 リアムが溜息をつきながら野菜の袋を捌き始めるのを尻目に、アルヴィスはユアンを抱えたまま、迷いのない足取りで馬車へと向かった。

 城へ戻る馬車の中で、アルヴィスはユアンを自分の膝の上に座らせ、逃げられないようにしっかりと腕を回した。

「……アルヴィス。今日のは少し横暴ですよ。領民の皆さんに申し訳ないです」
「……お前が聖者のように美しすぎるのが悪い。……あの場にいた男たちの半分以上が、お前に見惚れていた。……その事実だけで、私はあの広場ごと焼き尽くしたい衝動を抑えていたのだぞ」

 アルヴィスはユアンの首筋に顔を埋め、深く、低く唸った。
 ユアンは、その独占欲の重さに溜息をつきつつも、自分に向けられるこの強烈な執着が、心地よい安らぎに変わり始めていることに気づいていた。

「……ふふ。分かりました。……そんなに怖がらなくても、僕の風は、いつでもアルヴィスと一緒にいたいって言っていますよ」

 ユアンがアルヴィスの頬を両手で包み、そっと口づけを落とすと、最強の騎士王は一瞬にして毒気を抜かれたように大人しくなった。

「…………今夜は、一歩も部屋から出さない。いいな」
「……はい。約束します、僕の旦那様」

 冬の夕闇が迫るロストック城。
 領民に希望を届けた聖者と、その聖者を誰にも渡したくないと願う守護龍は、今日も甘やかな熱に浮かされながら、二人の時間を刻んでいく。
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