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眩い光が収まったとき、俺こと安藤晶(アキ)の目の前に広がっていたのは、大理石の床と、豪奢な装飾が施された高い天井……そして、いかにも「異世界」といった風貌の騎士たちだった。
「おお! 聖女様がついにお越しになられた!」
騎士たちの視線は、俺の隣で腰を抜かしている幼馴染のリナに注がれている。彼女はフリフリのワンピースを着た、いかにも可憐な美少女だ。
一方で俺は、仕事帰りのくたびれたポロシャツにチノパン姿。おまけに片手には、さっきまで店で使っていた犬用の「骨型ガム」を握りしめている。
(……いや、これ完全に巻き込まれたやつじゃん)
ペットショップ店員として長年培った「事態を冷静に把握する力」が、俺にそう告げていた。
案の定、中央に座る威厳たっぷりの国王らしき男が、リナを見て満足げに頷き、その後に俺を見て露骨に眉を寄せた。
「……そちらの男は何だ? 聖女の守護者か?」
「いえ、ただの一般人、というかオマケです……」
俺が正直に答えると、場が凍りついた。
魔力が測定され、リナには「聖女」の称号が与えられたが、俺の魔力測定器はピクリとも動かない。
この国において、魔力のない人間は価値がないらしい。
「ふむ。魔力なき異物か。……騎士団長、この男の処遇は任せる」
王が投げやりに告げると、カチャリと鎧の音が鳴り、一人の男が前に出た。
その瞬間、周囲の空気がマイナス十度くらいに下がった気がした。
黒髪を隙なくオールバックにし、氷の刃のような鋭い青い瞳を持つ男。
この男が、王国最強の第一騎士団長、ゼクス・ヴァン・ブラッドレイ。
彼は無表情のまま俺を見下ろし、死刑宣告にも等しい冷徹な声で言った。
「――地下の牢へ。使い道がないのであれば、処分を検討する」
ひえっ、と声が出る前に、俺は衛兵たちに両脇を抱えられた。
リナが「アキを放して!」と叫んでくれているが、彼女は聖女として別室へ連れて行かれてしまう。
絶体絶命。俺の異世界生活は、開始五分で終了のお知らせか……と思った、その時だった。
『……おい。おい、人間』
どこからか、ふてぶてしい声が聞こえた。
辺りを見回すが、喋っている人間はいない。
声の主は、ゼクス団長の肩に乗っていた。
それは、白くてふわふわした綿毛のような、手のひらサイズのウサギ……のような生き物だった。
しかし、その小さな頭には二本の立派な角が生えており、その目は金色に輝いている。
『そこの茶髪。お前、さっきから手に持ってるソレ……めちゃくちゃ美味そうな匂いがするな?』
俺は固まった。
ウサギ(?)が喋っている。いや、違う。
これは俺の頭に直接響いている感覚だ。ペットショップで働いていた時も、たまに犬や猫の感情が分かることはあったが、ここまでハッキリと「言葉」として聞こえるのは初めてだった。
(……これ、俺が持ってる骨型ガムのことか?)
俺は衛兵に引きずられながら、必死に声を絞り出した。
「これ、食べる……? ちょっと硬いけど、噛めば噛むほど味が出るよ」
静寂が訪れた。
ゼクス団長が足を止め、冷ややかな視線を俺に向ける。
「……誰に口を利いている。処刑される前に、狂ったか?」
「違います! その、あなたの肩に乗ってる、角が生えた白い子が……!」
俺が指差すと、ゼクス団長の眉がピクリと動いた。
その白い生き物――この国の伝説の聖獣『ルル』は、ゼクスの肩からぴょんと飛び降りると、俺の元までトコトコと歩いてきた。
『寄こせ。我は腹が減っているのだ』
俺は衛兵の手を振りほどき、ルルの前に骨型ガムを差し出した。
ルルは小さな口でガムをガリッ! と豪快に噛み砕く。
『……!? なんだこれは、異次元の美味さだぞ! この歯ごたえ、そして溢れ出る牛(?)の旨味! 人間、気に入ったぞ!』
ルルは嬉しそうに俺の膝に飛び乗ると、そのまま俺の首筋にスリスリと頬ずりを始めた。
その様子を見ていた騎士たち、そしてゼクス団長が絶句している。
「な……っ!? 建国以来、一度も人間に懐かなかった聖獣ルル様が……!?」
「あの気難しいルル様が、あんなに甘えるなんて……!」
ゼクス団長が、信じられないものを見るような目で俺を見た。
さっきまでの殺気はどこへやら、彼は驚きで瞳を大きく見開いている。
「貴様……今、ルル様と会話をしていたのか?」
「え、あ、はい。お腹空いたって言ってたので、これをあげたら喜んでくれて……」
俺がそう答えると、ゼクス団長はゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。
そして、逃げ場のない壁際で、俺の目の前に大きな手を置く。
いわゆる「壁ドン」というやつだが、相手の顔が怖すぎて、俺の心臓は別の意味でバクバク言っていた。
「……ルル様は、今、何と言っている」
「えっと……『このガムは最高だ。もっと寄こせ。あと、この黒髪(団長)はいつも顔が怖くて緊張するから、お前が代わりにずっと俺を撫でてろ』……だそうです」
俺が正直に通訳すると、ゼクス団長の顔が、一瞬だけピリッと引きつった。
ショックを受けたのか、それとも怒っているのか。
彼はしばらく黙り込んでいたが、やがて、至近距離で俺の顔をじっと見つめてきた。
「……決めたぞ。お前を地下牢に入れるのは中止だ」
「本当ですか!?」
「ああ。貴様は今日から、騎士団直属の『聖獣番』として採用する」
ゼクス団長の顔が、わずかに近づく。
氷のような冷たさは消え、代わりになんだか熱っぽい、射抜くような視線が俺を捉えた。
「そして――私の部屋で寝泊まりしろ。ルル様の通訳、そして私の『ある悩み』を解決してもらうためにな」
「……はい?」
王宮の地下牢行きは免れたが、なんだか別の、もっと逃げられない場所へ連れて行かれるような気がして、俺は思わず首をすくめた。
膝の上では、ルルが『早く撫でろ』と催促している。
こうして、俺の異世界生活は「聖獣の通訳」兼「団長の私的係」として、ドタバタと幕を開けたのだった。
「おお! 聖女様がついにお越しになられた!」
騎士たちの視線は、俺の隣で腰を抜かしている幼馴染のリナに注がれている。彼女はフリフリのワンピースを着た、いかにも可憐な美少女だ。
一方で俺は、仕事帰りのくたびれたポロシャツにチノパン姿。おまけに片手には、さっきまで店で使っていた犬用の「骨型ガム」を握りしめている。
(……いや、これ完全に巻き込まれたやつじゃん)
ペットショップ店員として長年培った「事態を冷静に把握する力」が、俺にそう告げていた。
案の定、中央に座る威厳たっぷりの国王らしき男が、リナを見て満足げに頷き、その後に俺を見て露骨に眉を寄せた。
「……そちらの男は何だ? 聖女の守護者か?」
「いえ、ただの一般人、というかオマケです……」
俺が正直に答えると、場が凍りついた。
魔力が測定され、リナには「聖女」の称号が与えられたが、俺の魔力測定器はピクリとも動かない。
この国において、魔力のない人間は価値がないらしい。
「ふむ。魔力なき異物か。……騎士団長、この男の処遇は任せる」
王が投げやりに告げると、カチャリと鎧の音が鳴り、一人の男が前に出た。
その瞬間、周囲の空気がマイナス十度くらいに下がった気がした。
黒髪を隙なくオールバックにし、氷の刃のような鋭い青い瞳を持つ男。
この男が、王国最強の第一騎士団長、ゼクス・ヴァン・ブラッドレイ。
彼は無表情のまま俺を見下ろし、死刑宣告にも等しい冷徹な声で言った。
「――地下の牢へ。使い道がないのであれば、処分を検討する」
ひえっ、と声が出る前に、俺は衛兵たちに両脇を抱えられた。
リナが「アキを放して!」と叫んでくれているが、彼女は聖女として別室へ連れて行かれてしまう。
絶体絶命。俺の異世界生活は、開始五分で終了のお知らせか……と思った、その時だった。
『……おい。おい、人間』
どこからか、ふてぶてしい声が聞こえた。
辺りを見回すが、喋っている人間はいない。
声の主は、ゼクス団長の肩に乗っていた。
それは、白くてふわふわした綿毛のような、手のひらサイズのウサギ……のような生き物だった。
しかし、その小さな頭には二本の立派な角が生えており、その目は金色に輝いている。
『そこの茶髪。お前、さっきから手に持ってるソレ……めちゃくちゃ美味そうな匂いがするな?』
俺は固まった。
ウサギ(?)が喋っている。いや、違う。
これは俺の頭に直接響いている感覚だ。ペットショップで働いていた時も、たまに犬や猫の感情が分かることはあったが、ここまでハッキリと「言葉」として聞こえるのは初めてだった。
(……これ、俺が持ってる骨型ガムのことか?)
俺は衛兵に引きずられながら、必死に声を絞り出した。
「これ、食べる……? ちょっと硬いけど、噛めば噛むほど味が出るよ」
静寂が訪れた。
ゼクス団長が足を止め、冷ややかな視線を俺に向ける。
「……誰に口を利いている。処刑される前に、狂ったか?」
「違います! その、あなたの肩に乗ってる、角が生えた白い子が……!」
俺が指差すと、ゼクス団長の眉がピクリと動いた。
その白い生き物――この国の伝説の聖獣『ルル』は、ゼクスの肩からぴょんと飛び降りると、俺の元までトコトコと歩いてきた。
『寄こせ。我は腹が減っているのだ』
俺は衛兵の手を振りほどき、ルルの前に骨型ガムを差し出した。
ルルは小さな口でガムをガリッ! と豪快に噛み砕く。
『……!? なんだこれは、異次元の美味さだぞ! この歯ごたえ、そして溢れ出る牛(?)の旨味! 人間、気に入ったぞ!』
ルルは嬉しそうに俺の膝に飛び乗ると、そのまま俺の首筋にスリスリと頬ずりを始めた。
その様子を見ていた騎士たち、そしてゼクス団長が絶句している。
「な……っ!? 建国以来、一度も人間に懐かなかった聖獣ルル様が……!?」
「あの気難しいルル様が、あんなに甘えるなんて……!」
ゼクス団長が、信じられないものを見るような目で俺を見た。
さっきまでの殺気はどこへやら、彼は驚きで瞳を大きく見開いている。
「貴様……今、ルル様と会話をしていたのか?」
「え、あ、はい。お腹空いたって言ってたので、これをあげたら喜んでくれて……」
俺がそう答えると、ゼクス団長はゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。
そして、逃げ場のない壁際で、俺の目の前に大きな手を置く。
いわゆる「壁ドン」というやつだが、相手の顔が怖すぎて、俺の心臓は別の意味でバクバク言っていた。
「……ルル様は、今、何と言っている」
「えっと……『このガムは最高だ。もっと寄こせ。あと、この黒髪(団長)はいつも顔が怖くて緊張するから、お前が代わりにずっと俺を撫でてろ』……だそうです」
俺が正直に通訳すると、ゼクス団長の顔が、一瞬だけピリッと引きつった。
ショックを受けたのか、それとも怒っているのか。
彼はしばらく黙り込んでいたが、やがて、至近距離で俺の顔をじっと見つめてきた。
「……決めたぞ。お前を地下牢に入れるのは中止だ」
「本当ですか!?」
「ああ。貴様は今日から、騎士団直属の『聖獣番』として採用する」
ゼクス団長の顔が、わずかに近づく。
氷のような冷たさは消え、代わりになんだか熱っぽい、射抜くような視線が俺を捉えた。
「そして――私の部屋で寝泊まりしろ。ルル様の通訳、そして私の『ある悩み』を解決してもらうためにな」
「……はい?」
王宮の地下牢行きは免れたが、なんだか別の、もっと逃げられない場所へ連れて行かれるような気がして、俺は思わず首をすくめた。
膝の上では、ルルが『早く撫でろ』と催促している。
こうして、俺の異世界生活は「聖獣の通訳」兼「団長の私的係」として、ドタバタと幕を開けたのだった。
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