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2話
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「今日からここが、貴様の職場兼、寝室だ」
ゼクス団長に連れてこられたのは、王城の最上階に近い一等地に位置する「騎士団長室」だった。
重厚な扉を開けると、そこには洗練された調度品が並び、男一人で住むには広すぎるほどの空間が広がっていた。
「……あの、団長。俺、ただの『聖獣番』ですよね? 普通は厩舎の横の小屋とかじゃないんですか?」
「却下だ。聖獣ルル様が貴様から離れようとしない。ならば、ルル様の守護役である私が貴様を監視するのが最も効率的だ」
ゼクス団長は、表情一つ変えずに言い切った。
俺の腕の中では、白い角付きウサギのルルが『そうだぞ、お前は我の抱き枕だ。光栄に思え』と偉そうに鼻を鳴らしている。
とはいえ、部屋を見渡してもベッドは一つしかない。
嫌な予感がして視線で問うと、団長は当然のように告げた。
「安心しろ。私はソファで寝る。貴様はルル様と共にそのベッドを使え」
「ええっ!? 団長をソファに追いやるなんて、そんな恐れ多いこと……!」
「命令だ」
有無を言わさない圧力。
この人、やっぱり怖い。氷の貴公子なんて呼ばれているだけあって、瞳の奥が全く笑っていない。
俺はガクガクと震えながら、とりあえずルルをベッドの上に降ろした。
すると、ゼクス団長の様子が少しおかしくなった。
彼はカチャカチャと音を立てて鎧を脱ぎ捨て(脱ぎっぱなしなのが意外とガサツで驚いた)、シャツ一枚の姿になると、おもむろに棚から「最高級の干し肉」を取り出した。
そして。
あの大柄な騎士団長が、ベッドの端で丸まっているルルの前に、膝をついたのだ。
まるで、神に祈りを捧げる信者のような敬虔(けいけん)なポーズで。
「……ルル様。本日のおやつです。……どうぞ」
ゼクス団長の声が、わずかに震えている。
期待に満ちた、熱い視線をルルに向けている。
だが。
『ゲッ。……おいアキ、こいつをどかせ。目が怖すぎるんだよ! 食欲が失せる!』
ルルは干し肉を一瞥しただけで、フンッと顔を背けて俺の背中に隠れてしまった。
その瞬間。
ドサッ、と音がした。
見ると、ゼクス団長が床に両手をついて、絶望に打ちひしがれていた。
周囲に、目に見えるほどのどす黒いオーラが漂っている。
「……またか。また、一瞥(いちべつ)すらして頂けないのか……。私はこれほどまでに、ルル様を、動物たちを愛しているというのに……」
「だ、団長……?」
「アキ。……ルル様は何と言っておられる。正直に言え。死罪にはしない」
嘘だ。死罪にはしないと言いつつ、目が「悪い報告をしたら泣くぞ」と言っている。
俺はおそるおそる、通訳した。
「えーと……『目が怖すぎて食欲が失せる』、だそうです……」
「……ッ!!」
ゼクス団長が、胸を押さえてのけ反った。
まるで心臓を剣で貫かれたようなリアクションだ。
「……やはり。私は、これほどまでにルル様を想い、毎晩ルル様の図鑑を自作し、ルル様の好物を研究しているというのに……。強すぎる魔力と覇気が、愛する者たちを遠ざけてしまうのか……」
「……あの、団長。もしかして、動物がお好きなんですか?」
俺が尋ねると、彼は顔を上げ、氷の仮面が剥がれ落ちたような情けない顔で頷いた。
「好きどころではない。私の人生の目標は、動物たちに囲まれて暮らすことだ。だが……幼い頃から、私が近づくだけで馬は暴れ、鳥は空へ逃げ、猫は毛を逆立てて威嚇する。……私には、才能がないのだ」
……なんだ、この人。
めちゃくちゃ不憫(ふびん)じゃないか。
さっきまでの恐怖が、一気に同情へと変わった。
ペットショップには、こういう「愛が重すぎて空回りする客」がたまに来ていた。
「団長、そんなに落ち込まないでください。ルルはただ、ちょっと圧倒されてるだけですよ。俺が間に立てば、少しずつ仲良くなれるかもしれません」
「……本当か? 貴様、私とルル様の仲を取り持ってくれるのか?」
ゼクス団長が、ガシッと俺の両肩を掴んだ。
手が、大きい。そして熱い。
至近距離で見つめられると、彫刻のように整った顔立ちのせいで、心臓に悪い。
「はい、仕事ですから。俺、ペットショップ店員……あ、ええと、聖獣番ですからね」
「アキ……! 貴様は恩人だ。いや、我が騎士団の、いや私の希望だ!」
ゼクス団長の瞳に、怪しい光が宿った。
それは動物への愛というより、それを取り持ってくれる俺に対する「執着」に近いものだったが、当時の俺はまだ、それに気づく由もなかった。
「よし。ならばアキ、まずは予行演習だ。私を『怖くない人間』に見せるための特訓に付き合え」
「えっ、特訓?」
「ああ。まずは……そうだな。……私を撫でてみろ」
「……はい?」
団長は真顔で、自分の頭を俺の方へと差し出してきた。
「動物に懐かれる貴様の『撫で方』を、私の体で覚え込ませる。さあ、遠慮はいらん。優しく、慈しむように……頼む」
いや、おかしいだろ。
なんで俺、初対面の騎士団長(イケメン)をよしよししなきゃいけないんだ?
戸惑う俺の横で、ルルがケタケタと笑いながら『やってやれ。こいつ、寂しがり屋の大型犬みたいなもんだからな』と茶化している。
俺は冷や汗をかきながら、おずおずと、ゼクス団長の艶やかな黒髪に手を伸ばした。
これが、俺の平和な(はずだった)異世界生活が、大きく狂い始めた瞬間だった。
ゼクス団長に連れてこられたのは、王城の最上階に近い一等地に位置する「騎士団長室」だった。
重厚な扉を開けると、そこには洗練された調度品が並び、男一人で住むには広すぎるほどの空間が広がっていた。
「……あの、団長。俺、ただの『聖獣番』ですよね? 普通は厩舎の横の小屋とかじゃないんですか?」
「却下だ。聖獣ルル様が貴様から離れようとしない。ならば、ルル様の守護役である私が貴様を監視するのが最も効率的だ」
ゼクス団長は、表情一つ変えずに言い切った。
俺の腕の中では、白い角付きウサギのルルが『そうだぞ、お前は我の抱き枕だ。光栄に思え』と偉そうに鼻を鳴らしている。
とはいえ、部屋を見渡してもベッドは一つしかない。
嫌な予感がして視線で問うと、団長は当然のように告げた。
「安心しろ。私はソファで寝る。貴様はルル様と共にそのベッドを使え」
「ええっ!? 団長をソファに追いやるなんて、そんな恐れ多いこと……!」
「命令だ」
有無を言わさない圧力。
この人、やっぱり怖い。氷の貴公子なんて呼ばれているだけあって、瞳の奥が全く笑っていない。
俺はガクガクと震えながら、とりあえずルルをベッドの上に降ろした。
すると、ゼクス団長の様子が少しおかしくなった。
彼はカチャカチャと音を立てて鎧を脱ぎ捨て(脱ぎっぱなしなのが意外とガサツで驚いた)、シャツ一枚の姿になると、おもむろに棚から「最高級の干し肉」を取り出した。
そして。
あの大柄な騎士団長が、ベッドの端で丸まっているルルの前に、膝をついたのだ。
まるで、神に祈りを捧げる信者のような敬虔(けいけん)なポーズで。
「……ルル様。本日のおやつです。……どうぞ」
ゼクス団長の声が、わずかに震えている。
期待に満ちた、熱い視線をルルに向けている。
だが。
『ゲッ。……おいアキ、こいつをどかせ。目が怖すぎるんだよ! 食欲が失せる!』
ルルは干し肉を一瞥しただけで、フンッと顔を背けて俺の背中に隠れてしまった。
その瞬間。
ドサッ、と音がした。
見ると、ゼクス団長が床に両手をついて、絶望に打ちひしがれていた。
周囲に、目に見えるほどのどす黒いオーラが漂っている。
「……またか。また、一瞥(いちべつ)すらして頂けないのか……。私はこれほどまでに、ルル様を、動物たちを愛しているというのに……」
「だ、団長……?」
「アキ。……ルル様は何と言っておられる。正直に言え。死罪にはしない」
嘘だ。死罪にはしないと言いつつ、目が「悪い報告をしたら泣くぞ」と言っている。
俺はおそるおそる、通訳した。
「えーと……『目が怖すぎて食欲が失せる』、だそうです……」
「……ッ!!」
ゼクス団長が、胸を押さえてのけ反った。
まるで心臓を剣で貫かれたようなリアクションだ。
「……やはり。私は、これほどまでにルル様を想い、毎晩ルル様の図鑑を自作し、ルル様の好物を研究しているというのに……。強すぎる魔力と覇気が、愛する者たちを遠ざけてしまうのか……」
「……あの、団長。もしかして、動物がお好きなんですか?」
俺が尋ねると、彼は顔を上げ、氷の仮面が剥がれ落ちたような情けない顔で頷いた。
「好きどころではない。私の人生の目標は、動物たちに囲まれて暮らすことだ。だが……幼い頃から、私が近づくだけで馬は暴れ、鳥は空へ逃げ、猫は毛を逆立てて威嚇する。……私には、才能がないのだ」
……なんだ、この人。
めちゃくちゃ不憫(ふびん)じゃないか。
さっきまでの恐怖が、一気に同情へと変わった。
ペットショップには、こういう「愛が重すぎて空回りする客」がたまに来ていた。
「団長、そんなに落ち込まないでください。ルルはただ、ちょっと圧倒されてるだけですよ。俺が間に立てば、少しずつ仲良くなれるかもしれません」
「……本当か? 貴様、私とルル様の仲を取り持ってくれるのか?」
ゼクス団長が、ガシッと俺の両肩を掴んだ。
手が、大きい。そして熱い。
至近距離で見つめられると、彫刻のように整った顔立ちのせいで、心臓に悪い。
「はい、仕事ですから。俺、ペットショップ店員……あ、ええと、聖獣番ですからね」
「アキ……! 貴様は恩人だ。いや、我が騎士団の、いや私の希望だ!」
ゼクス団長の瞳に、怪しい光が宿った。
それは動物への愛というより、それを取り持ってくれる俺に対する「執着」に近いものだったが、当時の俺はまだ、それに気づく由もなかった。
「よし。ならばアキ、まずは予行演習だ。私を『怖くない人間』に見せるための特訓に付き合え」
「えっ、特訓?」
「ああ。まずは……そうだな。……私を撫でてみろ」
「……はい?」
団長は真顔で、自分の頭を俺の方へと差し出してきた。
「動物に懐かれる貴様の『撫で方』を、私の体で覚え込ませる。さあ、遠慮はいらん。優しく、慈しむように……頼む」
いや、おかしいだろ。
なんで俺、初対面の騎士団長(イケメン)をよしよししなきゃいけないんだ?
戸惑う俺の横で、ルルがケタケタと笑いながら『やってやれ。こいつ、寂しがり屋の大型犬みたいなもんだからな』と茶化している。
俺は冷や汗をかきながら、おずおずと、ゼクス団長の艶やかな黒髪に手を伸ばした。
これが、俺の平和な(はずだった)異世界生活が、大きく狂い始めた瞬間だった。
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