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21話
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ドーム公演の成功から一週間。世間ではいまだに「GALAXY」の快挙が連日ニュースを賑わせていたけれど、僕たちの時間は、驚くほど穏やかに、そして確実に「次の約束」へと向かって動き出していた。
レオが提案した温泉旅行。それは、超多忙なトップアイドルである彼にとって、事務所やマネージャー、そして何より五万人のファンという「衆人環視」から完全に解き放たれるための、命懸けの休息でもあった。
「……よし、ここなら絶対にバレないと思うんだ」
深夜、僕の部屋のコタツの上には、レオがどこからか仕入れてきた何冊もの旅行雑誌と、手書きのメモがびっしりと並べられていた。
レオは真剣な眼差しでスマホの地図アプリを操作しながら、僕が淹れたほうじ茶を啜っている。
「見て、千秋。この宿、山奥にあるんだけど、一日に数本しかバスが通ってないんだよ。しかも、全室露天風呂付きの離れになってて、他の宿泊客ともほとんど顔を合わせないで済むらしいんだ」
彼が指し示したのは、東北の深い山間にある古い温泉宿だった。雪深い静寂の中に佇むその宿は、確かに都会の喧騒からは何光年も離れているように見える。
「……本気なんだね。でも、移動はどうするの? 新幹線を使えば、さすがに目立つと思うけど」
「そこは、リーダーのシオンが協力してくれることになったんだ。事務所には『個人的なリフレッシュ期間』として許可を取ってくれたし、シオンの知り合いが経営しているレンタカー会社から、スモークの濃い車を借りてくれるって」
シオンさんは、どこまで僕たちのことを理解し、支えてくれているのだろう。僕はそのリーダーとしての器の大きさに改めて感謝すると同時に、レオがそこまでして「僕との時間」を確保しようとしてくれていることに、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……千秋。もしかして、面倒くさいって思ってる?」
僕が黙り込んでいると、レオが不安そうに僕の顔を覗き込んできた。その瞳は、ドームで何万人を魅了した鋭い眼差しではなく、ただ親友と遊びたいだけの、幼い頃の「玲央くん」のものだった。
「まさか。……僕も、楽しみだよ。レオと二人で、ゆっくり雪を見ながらお湯に浸かるなんて、最高の贅沢だろ?」
僕がそう答えると、レオはパッと顔を輝かせ、勢いよく僕の手を握りしめた。
「よかった! ……僕ね、ずっと考えてたんだ。10年前、僕が引っ越してからも、本当は千秋と一緒にやりたいことがたくさんあったんだよ。修学旅行だって一緒に行けなかったし、卒業式だって……。だから、この旅行は僕にとって、失くした10年分を取り戻すための、第一歩なんだ」
レオの手は温かく、少しだけ震えていた。
アイドルという虚飾に彩られた世界で生きる彼にとって、この「計画」を立てている時間そのものが、何物にも代えがたい救いになっているのだと気づかされる。
僕たちはそれから明け方まで、時刻表を調べたり、宿で食べる夕飯のメニューに一喜一憂したりして過ごした。
「レオ、温泉卵って自分で作れるらしいよ」
「えっ、本当? じゃあ、朝から温泉卵の食べ比べをしようよ!」
そんな、どうでもいいような会話が、今の僕たちには世界で一番重要だった。
レオは時折、明日からのリハーサルのことや、次のシングルの打ち合わせのことを思い出しては少しだけ表情を曇らせたけれど、僕が「その時は、この宿の写真を送ってあげるから」と言うと、すぐに笑顔を取り戻した。
「……ねえ、千秋。今回の旅行には、あのタイムカプセルの手紙も持っていこうかな」
「どうして?」
「……もう一度、読み直したいんだ。あの日、泣き虫だった僕が、どんな気持ちで未来の自分と千秋にメッセージを残したのか。……今の僕が、ちゃんとあの日の僕に胸を張れるかどうか、確かめてみたいんだよね」
レオは、窓の外のまだ暗い空を見上げた。そこには、暁の明星が一つ、静かに輝いていた。
二人の逃避行。
それは、スターと大学生という立場を捨てて、ただの「玲央」と「千秋」に戻るための、聖域への旅路。
計画が進むにつれて、僕の部屋には大きな旅行鞄が二つ、並んで置かれるようになった。
出発は三日後の早朝。
僕たちは、まだ見ぬ雪景色の向こう側にある「夢の続き」を求めて、静かに準備を整えていった。
レオは僕の膝に頭を乗せ、計画表を抱きしめたまま、いつの間にか穏やかな寝息を立て始めた。
彼の寝顔を見守りながら、僕は確信していた。
この旅は、僕たちの物語をさらに深く、そして誰も届かないほど特別な場所へと導いてくれるだろうということを。
レオが提案した温泉旅行。それは、超多忙なトップアイドルである彼にとって、事務所やマネージャー、そして何より五万人のファンという「衆人環視」から完全に解き放たれるための、命懸けの休息でもあった。
「……よし、ここなら絶対にバレないと思うんだ」
深夜、僕の部屋のコタツの上には、レオがどこからか仕入れてきた何冊もの旅行雑誌と、手書きのメモがびっしりと並べられていた。
レオは真剣な眼差しでスマホの地図アプリを操作しながら、僕が淹れたほうじ茶を啜っている。
「見て、千秋。この宿、山奥にあるんだけど、一日に数本しかバスが通ってないんだよ。しかも、全室露天風呂付きの離れになってて、他の宿泊客ともほとんど顔を合わせないで済むらしいんだ」
彼が指し示したのは、東北の深い山間にある古い温泉宿だった。雪深い静寂の中に佇むその宿は、確かに都会の喧騒からは何光年も離れているように見える。
「……本気なんだね。でも、移動はどうするの? 新幹線を使えば、さすがに目立つと思うけど」
「そこは、リーダーのシオンが協力してくれることになったんだ。事務所には『個人的なリフレッシュ期間』として許可を取ってくれたし、シオンの知り合いが経営しているレンタカー会社から、スモークの濃い車を借りてくれるって」
シオンさんは、どこまで僕たちのことを理解し、支えてくれているのだろう。僕はそのリーダーとしての器の大きさに改めて感謝すると同時に、レオがそこまでして「僕との時間」を確保しようとしてくれていることに、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……千秋。もしかして、面倒くさいって思ってる?」
僕が黙り込んでいると、レオが不安そうに僕の顔を覗き込んできた。その瞳は、ドームで何万人を魅了した鋭い眼差しではなく、ただ親友と遊びたいだけの、幼い頃の「玲央くん」のものだった。
「まさか。……僕も、楽しみだよ。レオと二人で、ゆっくり雪を見ながらお湯に浸かるなんて、最高の贅沢だろ?」
僕がそう答えると、レオはパッと顔を輝かせ、勢いよく僕の手を握りしめた。
「よかった! ……僕ね、ずっと考えてたんだ。10年前、僕が引っ越してからも、本当は千秋と一緒にやりたいことがたくさんあったんだよ。修学旅行だって一緒に行けなかったし、卒業式だって……。だから、この旅行は僕にとって、失くした10年分を取り戻すための、第一歩なんだ」
レオの手は温かく、少しだけ震えていた。
アイドルという虚飾に彩られた世界で生きる彼にとって、この「計画」を立てている時間そのものが、何物にも代えがたい救いになっているのだと気づかされる。
僕たちはそれから明け方まで、時刻表を調べたり、宿で食べる夕飯のメニューに一喜一憂したりして過ごした。
「レオ、温泉卵って自分で作れるらしいよ」
「えっ、本当? じゃあ、朝から温泉卵の食べ比べをしようよ!」
そんな、どうでもいいような会話が、今の僕たちには世界で一番重要だった。
レオは時折、明日からのリハーサルのことや、次のシングルの打ち合わせのことを思い出しては少しだけ表情を曇らせたけれど、僕が「その時は、この宿の写真を送ってあげるから」と言うと、すぐに笑顔を取り戻した。
「……ねえ、千秋。今回の旅行には、あのタイムカプセルの手紙も持っていこうかな」
「どうして?」
「……もう一度、読み直したいんだ。あの日、泣き虫だった僕が、どんな気持ちで未来の自分と千秋にメッセージを残したのか。……今の僕が、ちゃんとあの日の僕に胸を張れるかどうか、確かめてみたいんだよね」
レオは、窓の外のまだ暗い空を見上げた。そこには、暁の明星が一つ、静かに輝いていた。
二人の逃避行。
それは、スターと大学生という立場を捨てて、ただの「玲央」と「千秋」に戻るための、聖域への旅路。
計画が進むにつれて、僕の部屋には大きな旅行鞄が二つ、並んで置かれるようになった。
出発は三日後の早朝。
僕たちは、まだ見ぬ雪景色の向こう側にある「夢の続き」を求めて、静かに準備を整えていった。
レオは僕の膝に頭を乗せ、計画表を抱きしめたまま、いつの間にか穏やかな寝息を立て始めた。
彼の寝顔を見守りながら、僕は確信していた。
この旅は、僕たちの物語をさらに深く、そして誰も届かないほど特別な場所へと導いてくれるだろうということを。
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