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26話
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二月十四日。街中がバレンタインの甘い香りに包まれ、SNS上では「#HappyLeoDay」というハッシュタグが世界中のトレンドを席巻していた。
そんな喧騒を遠くに聞きながら、僕は朝からキッチンに立っていた。今日はレオの21歳の誕生日。夜には大規模なバースデーライブが控えているけれど、お昼までの数時間は、彼が事務所に無理を言って勝ち取った「僕と過ごすための時間」だ。
メニューは、レオが一番好きな煮込みハンバーグと、彼が幼い頃に「千秋のお母さんが作るのと似てる」と言ってくれたポテトサラダ。そして、この日のために練習を重ねた、少し不格好だけれど愛情を込めた手作りのガトーショコラ。
正午を少し過ぎた頃。
トントン、トトト、トン。
いつものリズムがドアを叩いた。扉を開けると、そこには大きめのマフラーで顔を隠し、少しだけ緊張した面持ちのレオが立っていた。けれど、僕と目が合った瞬間、その瞳は春の日差しのように柔らかくほどけた。
「……千秋。ただいま。……間に合ったよ」
「おかえり、レオ。誕生日おめでとう。さあ、早く入って」
レオは部屋に入ると、真っ先にキッチンの匂いを嗅いで「ああ、この匂い……最高のご褒美だ」と呟き、幸せそうに目を細めた。彼は持ってきた紙袋をテーブルに置き、僕が用意した食卓をじっと見つめていた。
「すごいよ、千秋。……僕、今日は世界中から『おめでとう』って言われて、最高級のシャンパンや豪華な花束もたくさんもらったけど。……この湯気が立ってるハンバーグが、何よりも嬉しい」
椅子に座り、二人で「いただきます」と手を合わせる。
レオは一口食べるごとに「美味しい、美味しい」と繰り返し、まるでお腹を空かせた子供のように夢中で頬張った。その姿を見ているだけで、僕の胸はいっぱいになった。テレビの中の彼は、完璧なマナーで高級料理を口に運ぶ王子様だけれど、僕の前の彼は、好きなものを最後に取っておく、あの頃の玲央くんのままだった。
「……ねえ、千秋。僕ね、21歳になったら、絶対に千秋に渡したいものがあったんだ」
食事が一段落したところで、レオが持ってきた紙袋から、一つの小さな箱を取り出した。
「これ、僕からの……逆プレゼント。……開けてみて」
僕が戸惑いながら箱を開けると、そこにはシンプルながらも重厚感のある、ブルーの革製のパスケースが入っていた。
「……これ、温泉旅行の時に千秋が『電車の切符を失くさないようにしなきゃ』って言ってたでしょ? だから、これからはそれを使ってほしいなって。……それと、中を見て」
言われるままにパスケースのポケットを確認すると、そこには一枚の「手書きのチケット」が入っていた。
『有効期限:一生。内容:レオが千秋のわがままを何でも一つ聞く券』
10年前、僕が彼の誕生日に贈った「肩たたき券」のパロディだ。
僕は思わず吹き出してしまったけれど、レオの目は真剣だった。
「……10年前、千秋がくれたあの券、僕は今でも宝物にしてるんだよ。だから、今の僕にできる一番のプレゼントを考えたら、これになっちゃった」
「……ありがとう、レオ。大切にするよ。……僕からも、プレゼントがあるんだ」
僕はクローゼットの奥から、用意していた大きな包みを持ってきた。
中身は、彼が以前「寒いロケの時に、こういうのがあったらいいな」と呟いていた、特殊な保温素材を使ったオーダーメイドのブランケット。そして、もう一つ。
「……これ、覚えてる?」
僕が差し出したのは、10年前のタイムカプセルから取り出した、あの「将来の夢」が書かれた手紙のコピーだった。
「あの日、玲央くんは『千秋の隣で、ずっと笑っていられますように』って書いてた。……21歳になった今、それは叶ってるかな?」
レオは手紙を手に取り、一文字一文字をなぞるように読み返した。
やがて、彼が顔を上げたとき、その瞳には大きな涙が溜まっていた。
「……叶ってるよ。……っていうか、想像してたよりもずっと、ずっと幸せな形で叶ってる。……千秋、僕をまた見つけてくれて、本当にありがとう」
レオは僕の手に自分の手を重ね、ぎゅっと握りしめた。
その時、彼のスマホが無機質な音を立てて震えた。マネージャーからの、ライブ会場への入りを告げる連絡だ。
「……行かなきゃ。……『レオ』に戻る時間だね」
レオは立ち上がり、マフラーを巻き直した。その表情は、先ほどまでの甘えん坊な親友から、五万人を魅了するスターの顔へと、一瞬で切り替わっていく。
「千秋。夜、ライブで僕のこと、ちゃんと見ててね。……世界中の誰のためでもない、君のためだけに歌う曲があるから」
「……分かってる。最高のステージにしてね、レオ」
レオは玄関で一度だけ僕を振り返り、最高の笑顔で手を振って去っていった。
一人になった部屋には、彼の残したぬくもりと、半分食べたガトーショコラが残されていた。
僕は彼から貰ったパスケースを胸に抱き、夜の奇跡を信じて、準備を始めた。
21年前、この世に生まれてきてくれた彼へ。
そして、10年の時を超えて、再び僕の隣を選んでくれた彼へ。
僕は心の中で、何度目かの「おめでとう」を呟いた。
そんな喧騒を遠くに聞きながら、僕は朝からキッチンに立っていた。今日はレオの21歳の誕生日。夜には大規模なバースデーライブが控えているけれど、お昼までの数時間は、彼が事務所に無理を言って勝ち取った「僕と過ごすための時間」だ。
メニューは、レオが一番好きな煮込みハンバーグと、彼が幼い頃に「千秋のお母さんが作るのと似てる」と言ってくれたポテトサラダ。そして、この日のために練習を重ねた、少し不格好だけれど愛情を込めた手作りのガトーショコラ。
正午を少し過ぎた頃。
トントン、トトト、トン。
いつものリズムがドアを叩いた。扉を開けると、そこには大きめのマフラーで顔を隠し、少しだけ緊張した面持ちのレオが立っていた。けれど、僕と目が合った瞬間、その瞳は春の日差しのように柔らかくほどけた。
「……千秋。ただいま。……間に合ったよ」
「おかえり、レオ。誕生日おめでとう。さあ、早く入って」
レオは部屋に入ると、真っ先にキッチンの匂いを嗅いで「ああ、この匂い……最高のご褒美だ」と呟き、幸せそうに目を細めた。彼は持ってきた紙袋をテーブルに置き、僕が用意した食卓をじっと見つめていた。
「すごいよ、千秋。……僕、今日は世界中から『おめでとう』って言われて、最高級のシャンパンや豪華な花束もたくさんもらったけど。……この湯気が立ってるハンバーグが、何よりも嬉しい」
椅子に座り、二人で「いただきます」と手を合わせる。
レオは一口食べるごとに「美味しい、美味しい」と繰り返し、まるでお腹を空かせた子供のように夢中で頬張った。その姿を見ているだけで、僕の胸はいっぱいになった。テレビの中の彼は、完璧なマナーで高級料理を口に運ぶ王子様だけれど、僕の前の彼は、好きなものを最後に取っておく、あの頃の玲央くんのままだった。
「……ねえ、千秋。僕ね、21歳になったら、絶対に千秋に渡したいものがあったんだ」
食事が一段落したところで、レオが持ってきた紙袋から、一つの小さな箱を取り出した。
「これ、僕からの……逆プレゼント。……開けてみて」
僕が戸惑いながら箱を開けると、そこにはシンプルながらも重厚感のある、ブルーの革製のパスケースが入っていた。
「……これ、温泉旅行の時に千秋が『電車の切符を失くさないようにしなきゃ』って言ってたでしょ? だから、これからはそれを使ってほしいなって。……それと、中を見て」
言われるままにパスケースのポケットを確認すると、そこには一枚の「手書きのチケット」が入っていた。
『有効期限:一生。内容:レオが千秋のわがままを何でも一つ聞く券』
10年前、僕が彼の誕生日に贈った「肩たたき券」のパロディだ。
僕は思わず吹き出してしまったけれど、レオの目は真剣だった。
「……10年前、千秋がくれたあの券、僕は今でも宝物にしてるんだよ。だから、今の僕にできる一番のプレゼントを考えたら、これになっちゃった」
「……ありがとう、レオ。大切にするよ。……僕からも、プレゼントがあるんだ」
僕はクローゼットの奥から、用意していた大きな包みを持ってきた。
中身は、彼が以前「寒いロケの時に、こういうのがあったらいいな」と呟いていた、特殊な保温素材を使ったオーダーメイドのブランケット。そして、もう一つ。
「……これ、覚えてる?」
僕が差し出したのは、10年前のタイムカプセルから取り出した、あの「将来の夢」が書かれた手紙のコピーだった。
「あの日、玲央くんは『千秋の隣で、ずっと笑っていられますように』って書いてた。……21歳になった今、それは叶ってるかな?」
レオは手紙を手に取り、一文字一文字をなぞるように読み返した。
やがて、彼が顔を上げたとき、その瞳には大きな涙が溜まっていた。
「……叶ってるよ。……っていうか、想像してたよりもずっと、ずっと幸せな形で叶ってる。……千秋、僕をまた見つけてくれて、本当にありがとう」
レオは僕の手に自分の手を重ね、ぎゅっと握りしめた。
その時、彼のスマホが無機質な音を立てて震えた。マネージャーからの、ライブ会場への入りを告げる連絡だ。
「……行かなきゃ。……『レオ』に戻る時間だね」
レオは立ち上がり、マフラーを巻き直した。その表情は、先ほどまでの甘えん坊な親友から、五万人を魅了するスターの顔へと、一瞬で切り替わっていく。
「千秋。夜、ライブで僕のこと、ちゃんと見ててね。……世界中の誰のためでもない、君のためだけに歌う曲があるから」
「……分かってる。最高のステージにしてね、レオ」
レオは玄関で一度だけ僕を振り返り、最高の笑顔で手を振って去っていった。
一人になった部屋には、彼の残したぬくもりと、半分食べたガトーショコラが残されていた。
僕は彼から貰ったパスケースを胸に抱き、夜の奇跡を信じて、準備を始めた。
21年前、この世に生まれてきてくれた彼へ。
そして、10年の時を超えて、再び僕の隣を選んでくれた彼へ。
僕は心の中で、何度目かの「おめでとう」を呟いた。
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