路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―

たら昆布

文字の大きさ
27 / 28

27話

しおりを挟む
 二月十四日、午後七時。
 東京ドームは、かつてないほどの熱気に包まれていた。
 
 会場を埋め尽くした五万人のファンが手にするペンライトは、この日の主役であるレオのカラー、鮮やかなスカイブルー一色に染まっている。その光の海は、まるで夜空をそのまま地上に降ろしたかのような美しさだった。
 
 僕は、昼間の穏やかな時間の余韻を胸に閉じ込め、関係者席の片隅でその光景を見つめていた。数時間前まで、僕の部屋で不格好なガトーショコラを頬張り、少しだけ眠そうに笑っていたあの青年が、今からこの巨大な空間の主役になる。その事実が、誇らしくもあり、どこか背筋が伸びるような思いでもあった。
 
 暗転。
 重低音のビートが腹の底に響き、ステージ中央の巨大なモニターに、GALAXYの歩みとレオの誕生を祝う映像が映し出される。
 
 センターステージから、眩いばかりの純白の衣装を纏ったレオが飛び出してきた。
 
「――東京ドーム! 21歳になった僕の、最初の一歩を見届けてくれますか!」
 
 レオが叫ぶ。その一言で、ドーム全体の空気が爆発したかのように跳ね上がった。
 ダンスは鋭く、歌声は天を衝くほどに力強い。一曲、また一曲と披露されるたびに、彼は五万人の視線を吸い寄せ、熱狂の渦へと巻き込んでいく。
 
 ライブ中盤、MCの時間になった。レオは額の汗を拭い、客席の一人一人と目を合わせるように、ゆっくりと会場を見渡した。
 
「今日は誕生日ということで、たくさんのメッセージをありがとうございます。……僕は昔、とても弱虫でした。自分が何をしたいのか、どこへ行けばいいのか分からなくて。でも、そんな僕をいつも真っ直ぐに見て、信じてくれた人たちがいました。家族、メンバー、スタッフ、そして、今ここにいる皆さん」
 
 レオの声は、ドームの静寂の中に静かに染み渡っていった。
 
「皆さんの声援があるから、僕は『レオ』として、胸を張ってステージに立てます。今日、僕が歌う全ての曲は、僕を支えてくれた全ての『大切な絆』への感謝です。心を込めて歌います」
 
 レオは深々とお辞儀をした。それはファンへの誠実な愛と、アイドルとしての強い覚悟が込められた、美しい一礼だった。
 
 後半戦のバラード曲の最中、レオが花道を歩き、僕が座っている関係者席の近くを通った。
 彼はプロとして、決して特定の席を凝視したり、特別な合図を送ったりはしなかった。けれど、ふとした瞬間に視線が重なった一秒。彼はただ、満足そうに、ほんのわずかだけ口角を上げて笑ってみせた。
 
 それは、昼間の「玲央」ではなく、プロの表現者として、自分の最高に輝いている姿を親友に見せている男の顔だった。
 
(……ああ、本当に遠くまで来たんだね、玲央)
 
 僕はその視線に込められた「今の自分を見ていて」というメッセージを正確に受け取り、ただ静かに、大きな拍手を送った。
 
 アンコール。レオはメンバーたちと肩を組み、会場全体を駆け回りながら、全力で楽しんでいるようだった。
 リーダーのシオンさんがレオの頭を乱暴に撫で、お祝いの言葉をかける。レオはそれに応えるように、最高の笑顔で歌い続けた。そこには、誰か一人のためだけではなく、自分を愛してくれるすべての人と幸せを共有しようとする、本物のスターの姿があった。
 
 銀テープが夜空を舞う中、レオは最後にマイクなしで叫んだ。
 
「――ありがとうございました! また、最高の場所で会いましょう!」
 
 ライブが終わった後のドームは、言葉では言い表せないほどの多幸感に包まれていた。
 人々が興奮気味に「今日のレオ、最高に輝いてたね」と語り合う声を背に、僕は一人、会場を後にした。
 
 スマホを開くと、レオから一通の短いメッセージが届いていた。
 
『千秋、最高の景色だったよ。見ててくれてありがとう。今からみんなと打ち上げに行ってくるね。……終わったら、いつもの場所で』
 
 僕は夜空を見上げ、こぼれ落ちそうな冬の星々に感謝した。
 
 彼は、五万人のファンの「太陽」であり続けながら、僕にとっては、たった一人の「親友」のままでいてくれる。その絶妙な均衡を保つために、彼がどれほどの努力をしているか。
 
 21歳のレオ。
 彼はもう、過去の寂しさに囚われた少年ではない。
 多くの人に愛され、それと同じだけの愛を返せるようになった彼は、誰よりも強く、美しかった。
 
 僕は、彼から貰ったパスケースをポケットの中でそっと撫でた。
 日常に戻るための足取りは、いつになく軽かった。
 僕もまた、僕自身の舞台で、彼に恥じない自分でありたい。
 
 夜の都会に、冷たい風が吹く。
 けれど、僕の心は、ドームを揺らしたあの輝かしい光の余韻で、いつまでも温かかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

塩対応だった旦那様が記憶喪失になった途端溺愛してくるのですが

詩河とんぼ
BL
 貧乏伯爵家の子息であったノアは家を救うことを条件に、援助をしてくれることとなったラインドール公爵家の若気当主のレオンに嫁ぐこととなった。  塩対応で愛人がいるという噂のレオンやノアを嫌う義母の前夫人を見て、ほとんどの使用人たちはノアに嫌がらせをしていた。  そんな中、レオンが階段から転落し、レオンは記憶を失ってしまう。すると――

人並みに嫉妬くらいします

米奏よぞら
BL
流されやすい攻め×激重受け 高校時代に学校一のモテ男から告白されて付き合ったはいいものの、交際四年目に彼の束縛の強さに我慢の限界がきてしまった主人公のお話です。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった

近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。 それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。 初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息

処理中です...