2 / 20
2話
しおりを挟む
耳元で囁かれた言葉は、奏の脳を痺れさせるには十分すぎるほどの猛毒だった。
レイヴンの吐息が耳朶を掠めるたび、奏の口内には甘美な黄金の味が溢れ出す。
「……あ、っ……」
奏はがっくりと膝をついたまま、レイヴンの軍服の裾を握りしめていた。
周囲の冷ややかな視線も、警備員たちが自分を排除しようと身構えている空気も、今の彼には届かない。
ただ、この「音」をもっと摂取したい。
空腹の獣が餌を求めるように、奏の生存本能がレイヴンという存在を渇望していた。
レイヴンは、足元で震える奏を冷徹な目で見下ろした。
普通の人間なら、彼のこの視線に晒されれば恐怖で凍りつくだろう。
だが、この青年は違う。
恐怖しているのではなく――悦びに震えているのだ。
「……面白いな。私の声にこれほど無防備に反応する個体は、初めてだ」
レイヴンの声が、再び奏の脳内を甘く蹂躙する。
奏は、意識が朦朧とする中で必死に声を絞り出した。
「……閣下、の……声、は……特別……なんです。他の、誰よりも……澄んでいて、甘くて……」
「ほう。お前には私の声が、そんなに美味に聞こえるというのか」
レイヴンは、奏の細い顎を再び指先で掬い上げた。
近くで見れば見るほど、奏の瞳は潤み、その頬は微かな熱を帯びている。
その様子は、まるで良質の媚薬を飲まされたかのようだった。
「……おい、そいつを車へ運べ」
レイヴンが背後の部下に短く命じた。
その言葉に含まれる冷たい響きさえ、奏にとっては極上のデザートのように感じられた。
「え、あ……?」
「私の人生すべてを対価にと言ったはずだ。聞き逃したか? お前を、私の管理下に置く。その異常な体質が、私の役に立つのか、それとも単なる欠陥品なのか――じっくりと検証させてもらう」
奏の身体が、屈強な男たちによって持ち上げられる。
本来なら恐怖で叫び出すような状況だったが、奏は不思議と安堵していた。
この人についていけば、もうあのドブのような雑音に汚されることはない。
この極上の「味」を、独占できる。
――連れて行かれたのは、都心から離れた森の奥に佇む、要塞のような邸宅だった。
高い天井、磨き上げられた大理石の床。
静寂が支配するその空間は、奏にとってこの上ない天国だった。
レイヴンは、広々としたリビングのソファに深く腰を下ろし、目の前に立たされた奏をじっと見つめる。
「名を名乗れ。ネズミ」
「……結城、奏……です」
「カナデ、か。……ふん、お前に似合いの、音楽を想起させる名だな」
レイヴンが彼の名を呼ぶ。
ただそれだけのことが、奏の全身を震わせた。
「カナデ」という自分の名前が、レイヴンの低いバリトンボイスで奏でられるたび、口の中に芳醇なワインのような、深みのある甘みが広がる。
「……っ。ひぐ、ぅ……」
奏は思わず、自分の口元を両手で覆った。
放っておけば、だらしなく声が漏れてしまいそうだった。
「……何をしている。苦しいのか?」
「いえ……その、レイヴン様の……声が……。脳に、直接、響いて……。すごく、熱いんです……」
奏は潤んだ瞳でレイヴンを見つめ返した。
レイヴンはその様子を見て、不敵な笑みを浮かべる。
彼は立ち上がり、ゆっくりと奏の背後に回り込んだ。
背中越しに感じる圧倒的な威圧感。そして、耳元に再び、あの「蜜」が注がれる。
「そんなに私の声が好きなら、逃げようなんて思うなよ。お前は今日から、私の飼い鳥だ」
レイヴンの大きな手が、奏の華奢な首筋をなぞる。
その触球は氷のように冷たかったが、奏の体温は一気に跳ね上がった。
「私の許可なく、他の音を聞くことは許さない。私の声だけを食らい、私の言葉だけに反応しろ。……いいな?」
「……はい、……閣下。……っ、あなたの声だけ、……ください……」
奏は、自らレイヴンの手に顔を寄せた。
これまでは呪いだとさえ思っていた自分の共感覚。
けれど、目の前のこの絶対的な支配者に「飼われる」ためなら、この力さえも幸福の種になる。
レイヴンは、恍惚とした表情を浮かべる奏の耳たぶを、少しだけ強く噛んだ。
「あ……っ!」
「いい声だ。……お前の反応は、どんな高級な楽器よりも私の嗜虐心をそそる」
レイヴンの瞳に、サディスティックな光が宿った。
それは、ただの興味を超えた、どろりとした執着の始まりだった。
奏はまだ知らない。
自分が求めた「蜜」が、どれほど深く、自分を束縛していくことになるのかを。
ただ、今は。
レイヴンが発するすべての音が、奏の空っぽだった心を、甘美な悦楽で満たしていた。
レイヴンの吐息が耳朶を掠めるたび、奏の口内には甘美な黄金の味が溢れ出す。
「……あ、っ……」
奏はがっくりと膝をついたまま、レイヴンの軍服の裾を握りしめていた。
周囲の冷ややかな視線も、警備員たちが自分を排除しようと身構えている空気も、今の彼には届かない。
ただ、この「音」をもっと摂取したい。
空腹の獣が餌を求めるように、奏の生存本能がレイヴンという存在を渇望していた。
レイヴンは、足元で震える奏を冷徹な目で見下ろした。
普通の人間なら、彼のこの視線に晒されれば恐怖で凍りつくだろう。
だが、この青年は違う。
恐怖しているのではなく――悦びに震えているのだ。
「……面白いな。私の声にこれほど無防備に反応する個体は、初めてだ」
レイヴンの声が、再び奏の脳内を甘く蹂躙する。
奏は、意識が朦朧とする中で必死に声を絞り出した。
「……閣下、の……声、は……特別……なんです。他の、誰よりも……澄んでいて、甘くて……」
「ほう。お前には私の声が、そんなに美味に聞こえるというのか」
レイヴンは、奏の細い顎を再び指先で掬い上げた。
近くで見れば見るほど、奏の瞳は潤み、その頬は微かな熱を帯びている。
その様子は、まるで良質の媚薬を飲まされたかのようだった。
「……おい、そいつを車へ運べ」
レイヴンが背後の部下に短く命じた。
その言葉に含まれる冷たい響きさえ、奏にとっては極上のデザートのように感じられた。
「え、あ……?」
「私の人生すべてを対価にと言ったはずだ。聞き逃したか? お前を、私の管理下に置く。その異常な体質が、私の役に立つのか、それとも単なる欠陥品なのか――じっくりと検証させてもらう」
奏の身体が、屈強な男たちによって持ち上げられる。
本来なら恐怖で叫び出すような状況だったが、奏は不思議と安堵していた。
この人についていけば、もうあのドブのような雑音に汚されることはない。
この極上の「味」を、独占できる。
――連れて行かれたのは、都心から離れた森の奥に佇む、要塞のような邸宅だった。
高い天井、磨き上げられた大理石の床。
静寂が支配するその空間は、奏にとってこの上ない天国だった。
レイヴンは、広々としたリビングのソファに深く腰を下ろし、目の前に立たされた奏をじっと見つめる。
「名を名乗れ。ネズミ」
「……結城、奏……です」
「カナデ、か。……ふん、お前に似合いの、音楽を想起させる名だな」
レイヴンが彼の名を呼ぶ。
ただそれだけのことが、奏の全身を震わせた。
「カナデ」という自分の名前が、レイヴンの低いバリトンボイスで奏でられるたび、口の中に芳醇なワインのような、深みのある甘みが広がる。
「……っ。ひぐ、ぅ……」
奏は思わず、自分の口元を両手で覆った。
放っておけば、だらしなく声が漏れてしまいそうだった。
「……何をしている。苦しいのか?」
「いえ……その、レイヴン様の……声が……。脳に、直接、響いて……。すごく、熱いんです……」
奏は潤んだ瞳でレイヴンを見つめ返した。
レイヴンはその様子を見て、不敵な笑みを浮かべる。
彼は立ち上がり、ゆっくりと奏の背後に回り込んだ。
背中越しに感じる圧倒的な威圧感。そして、耳元に再び、あの「蜜」が注がれる。
「そんなに私の声が好きなら、逃げようなんて思うなよ。お前は今日から、私の飼い鳥だ」
レイヴンの大きな手が、奏の華奢な首筋をなぞる。
その触球は氷のように冷たかったが、奏の体温は一気に跳ね上がった。
「私の許可なく、他の音を聞くことは許さない。私の声だけを食らい、私の言葉だけに反応しろ。……いいな?」
「……はい、……閣下。……っ、あなたの声だけ、……ください……」
奏は、自らレイヴンの手に顔を寄せた。
これまでは呪いだとさえ思っていた自分の共感覚。
けれど、目の前のこの絶対的な支配者に「飼われる」ためなら、この力さえも幸福の種になる。
レイヴンは、恍惚とした表情を浮かべる奏の耳たぶを、少しだけ強く噛んだ。
「あ……っ!」
「いい声だ。……お前の反応は、どんな高級な楽器よりも私の嗜虐心をそそる」
レイヴンの瞳に、サディスティックな光が宿った。
それは、ただの興味を超えた、どろりとした執着の始まりだった。
奏はまだ知らない。
自分が求めた「蜜」が、どれほど深く、自分を束縛していくことになるのかを。
ただ、今は。
レイヴンが発するすべての音が、奏の空っぽだった心を、甘美な悦楽で満たしていた。
21
あなたにおすすめの小説
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話
さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り
攻め→→→→←←受け
眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。
高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。
有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる