秘め事の共感覚 ―冷徹な支配者の声に僕は身を焦がす―

たら昆布

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2話

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耳元で囁かれた言葉は、奏の脳を痺れさせるには十分すぎるほどの猛毒だった。
 レイヴンの吐息が耳朶を掠めるたび、奏の口内には甘美な黄金の味が溢れ出す。

「……あ、っ……」

 奏はがっくりと膝をついたまま、レイヴンの軍服の裾を握りしめていた。
 周囲の冷ややかな視線も、警備員たちが自分を排除しようと身構えている空気も、今の彼には届かない。
 ただ、この「音」をもっと摂取したい。
 空腹の獣が餌を求めるように、奏の生存本能がレイヴンという存在を渇望していた。

 レイヴンは、足元で震える奏を冷徹な目で見下ろした。
 普通の人間なら、彼のこの視線に晒されれば恐怖で凍りつくだろう。
 だが、この青年は違う。
 恐怖しているのではなく――悦びに震えているのだ。

「……面白いな。私の声にこれほど無防備に反応する個体は、初めてだ」

 レイヴンの声が、再び奏の脳内を甘く蹂躙する。
 奏は、意識が朦朧とする中で必死に声を絞り出した。

「……閣下、の……声、は……特別……なんです。他の、誰よりも……澄んでいて、甘くて……」

「ほう。お前には私の声が、そんなに美味に聞こえるというのか」

 レイヴンは、奏の細い顎を再び指先で掬い上げた。
 近くで見れば見るほど、奏の瞳は潤み、その頬は微かな熱を帯びている。
 その様子は、まるで良質の媚薬を飲まされたかのようだった。

「……おい、そいつを車へ運べ」

 レイヴンが背後の部下に短く命じた。
 その言葉に含まれる冷たい響きさえ、奏にとっては極上のデザートのように感じられた。

「え、あ……?」

「私の人生すべてを対価にと言ったはずだ。聞き逃したか? お前を、私の管理下に置く。その異常な体質が、私の役に立つのか、それとも単なる欠陥品なのか――じっくりと検証させてもらう」

 奏の身体が、屈強な男たちによって持ち上げられる。
 本来なら恐怖で叫び出すような状況だったが、奏は不思議と安堵していた。
 この人についていけば、もうあのドブのような雑音に汚されることはない。
 この極上の「味」を、独占できる。

 ――連れて行かれたのは、都心から離れた森の奥に佇む、要塞のような邸宅だった。

 高い天井、磨き上げられた大理石の床。
 静寂が支配するその空間は、奏にとってこの上ない天国だった。
 レイヴンは、広々としたリビングのソファに深く腰を下ろし、目の前に立たされた奏をじっと見つめる。

「名を名乗れ。ネズミ」

「……結城、奏……です」

「カナデ、か。……ふん、お前に似合いの、音楽を想起させる名だな」

 レイヴンが彼の名を呼ぶ。
 ただそれだけのことが、奏の全身を震わせた。
 「カナデ」という自分の名前が、レイヴンの低いバリトンボイスで奏でられるたび、口の中に芳醇なワインのような、深みのある甘みが広がる。

「……っ。ひぐ、ぅ……」

 奏は思わず、自分の口元を両手で覆った。
 放っておけば、だらしなく声が漏れてしまいそうだった。

「……何をしている。苦しいのか?」

「いえ……その、レイヴン様の……声が……。脳に、直接、響いて……。すごく、熱いんです……」

 奏は潤んだ瞳でレイヴンを見つめ返した。
 レイヴンはその様子を見て、不敵な笑みを浮かべる。
 彼は立ち上がり、ゆっくりと奏の背後に回り込んだ。
 背中越しに感じる圧倒的な威圧感。そして、耳元に再び、あの「蜜」が注がれる。

「そんなに私の声が好きなら、逃げようなんて思うなよ。お前は今日から、私の飼い鳥だ」

 レイヴンの大きな手が、奏の華奢な首筋をなぞる。
 その触球は氷のように冷たかったが、奏の体温は一気に跳ね上がった。

「私の許可なく、他の音を聞くことは許さない。私の声だけを食らい、私の言葉だけに反応しろ。……いいな?」

「……はい、……閣下。……っ、あなたの声だけ、……ください……」

 奏は、自らレイヴンの手に顔を寄せた。
 これまでは呪いだとさえ思っていた自分の共感覚。
 けれど、目の前のこの絶対的な支配者に「飼われる」ためなら、この力さえも幸福の種になる。

 レイヴンは、恍惚とした表情を浮かべる奏の耳たぶを、少しだけ強く噛んだ。

「あ……っ!」

「いい声だ。……お前の反応は、どんな高級な楽器よりも私の嗜虐心をそそる」

 レイヴンの瞳に、サディスティックな光が宿った。
 それは、ただの興味を超えた、どろりとした執着の始まりだった。

 奏はまだ知らない。
 自分が求めた「蜜」が、どれほど深く、自分を束縛していくことになるのかを。
 ただ、今は。
 レイヴンが発するすべての音が、奏の空っぽだった心を、甘美な悦楽で満たしていた。
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