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4話
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レイヴンの声という「食事」を与えられる日々は、奏にとって恐ろしいほど幸福だった。
彼が語りかけるたび、奏の体温は上がり、空っぽだった心と身体が満たされていく。
この閉ざされた静寂の城こそが、奏にとっての唯一の居場所になりつつあった。
だが、その安寧は、唐突に破られる。
「……閣下、例の件で緊急の報告が」
部屋に飛び込んできたのは、レイヴンの秘書、エリオットだった。
その瞬間、奏は反射的に耳を塞ぎ、床にうずくまった。
「っ……あ、ああ……っ!」
エリオットの声。それは奏にとって、錆びた鉄板を爪で引っ掻くような、耳障りでえぐみのある「泥」の味だった。
レイヴンの極上の蜜に慣れきった奏の舌には、その雑音はあまりに暴力的な毒として響く。
「……下がれと言ったはずだ、エリオット」
レイヴンの冷徹な一言が飛ぶ。
その声は、一瞬でエリオットの泥を押し流す「清流」となって奏を救った。
「失礼いたしました。ですが、反対派の動きが無視できない段階に……」
「奏の前で、その汚らわしい音を出すな。外で待て」
レイヴンの声に、明確な殺意が混じる。
エリオットは顔を青ざめさせ、足早に部屋を去った。
ようやく静寂が戻る。だが、奏の震えは止まらなかった。
たった一言。レイヴン以外の声が入り込んだだけで、世界はこれほどまでに不快に塗り替えられてしまう。
「……カナデ。こっちへ来い」
レイヴンが椅子に座ったまま、奏を手招きした。
奏は這うようにして彼の足元へ行き、その膝に縋り付いた。
「……ごめんなさい、閣下……。僕、……あの人の声が、怖くて……」
「無理もない。一度、私の声という『毒』に染まった耳だ。他者の安っぽい雑音は、お前にとって死に至る病も同然だろう」
レイヴンは奏の髪を乱暴に掴み、無理やり顔を上げさせた。
奏の瞳は涙で潤み、恐怖に怯えている。
レイヴンはその無防備な姿を愉しむように、至近距離で囁いた。
「どうだ? 外の世界は、お前にとってこれほどまでに残酷だ。私の声なしでは、お前は一分一秒だって正気ではいられない」
「はい……っ、その通りです……。外には、もう、行きたくない……っ」
「いい心がけだ。お前の耳も、舌も、脳も――すべて私が塗りつぶしてやる」
レイヴンは奏の耳元に唇を寄せた。
そして、わざと低く、地を這うような重厚なトーンで語りかける。
それは、奏の脳を物理的に支配するような「強制力」を持った響きだった。
「お前を脅かす不協和音は、すべて私が排除する。お前はただ、私の旋律にだけ、その身を委ねていればいい」
「あ、っ……ぁ……」
奏の口内に、濃厚なブランデーのような、芳醇で熱い味が広がった。
エリオットの声が残した不快な後味が一瞬で消え去り、代わりにレイヴンという存在が、奏の全神経を塗りつぶしていく。
「……食べさせて……もっと、あなたの声で、僕を汚して……」
奏は自らレイヴンのシャツの胸元を掴み、その首筋に顔を埋めた。
外の世界への恐怖が強まれば強まるほど、レイヴンへの依存は深くなる。
それがレイヴンの狙い通りだとしても、今の奏には、この甘い檻こそが世界のすべてだった。
レイヴンは、奏の背中を愛おしそうに、けれど決して逃さないという執念を込めて抱きしめた。
「ああ、そうだ。もっと縋れ。……お前には、私の声という薬がなければ生きていけない『体』にしてやる」
レイヴンの瞳に宿る、暗い悦び。
二人の共依存は、引き返せない領域へと踏み出そうとしていた。
彼が語りかけるたび、奏の体温は上がり、空っぽだった心と身体が満たされていく。
この閉ざされた静寂の城こそが、奏にとっての唯一の居場所になりつつあった。
だが、その安寧は、唐突に破られる。
「……閣下、例の件で緊急の報告が」
部屋に飛び込んできたのは、レイヴンの秘書、エリオットだった。
その瞬間、奏は反射的に耳を塞ぎ、床にうずくまった。
「っ……あ、ああ……っ!」
エリオットの声。それは奏にとって、錆びた鉄板を爪で引っ掻くような、耳障りでえぐみのある「泥」の味だった。
レイヴンの極上の蜜に慣れきった奏の舌には、その雑音はあまりに暴力的な毒として響く。
「……下がれと言ったはずだ、エリオット」
レイヴンの冷徹な一言が飛ぶ。
その声は、一瞬でエリオットの泥を押し流す「清流」となって奏を救った。
「失礼いたしました。ですが、反対派の動きが無視できない段階に……」
「奏の前で、その汚らわしい音を出すな。外で待て」
レイヴンの声に、明確な殺意が混じる。
エリオットは顔を青ざめさせ、足早に部屋を去った。
ようやく静寂が戻る。だが、奏の震えは止まらなかった。
たった一言。レイヴン以外の声が入り込んだだけで、世界はこれほどまでに不快に塗り替えられてしまう。
「……カナデ。こっちへ来い」
レイヴンが椅子に座ったまま、奏を手招きした。
奏は這うようにして彼の足元へ行き、その膝に縋り付いた。
「……ごめんなさい、閣下……。僕、……あの人の声が、怖くて……」
「無理もない。一度、私の声という『毒』に染まった耳だ。他者の安っぽい雑音は、お前にとって死に至る病も同然だろう」
レイヴンは奏の髪を乱暴に掴み、無理やり顔を上げさせた。
奏の瞳は涙で潤み、恐怖に怯えている。
レイヴンはその無防備な姿を愉しむように、至近距離で囁いた。
「どうだ? 外の世界は、お前にとってこれほどまでに残酷だ。私の声なしでは、お前は一分一秒だって正気ではいられない」
「はい……っ、その通りです……。外には、もう、行きたくない……っ」
「いい心がけだ。お前の耳も、舌も、脳も――すべて私が塗りつぶしてやる」
レイヴンは奏の耳元に唇を寄せた。
そして、わざと低く、地を這うような重厚なトーンで語りかける。
それは、奏の脳を物理的に支配するような「強制力」を持った響きだった。
「お前を脅かす不協和音は、すべて私が排除する。お前はただ、私の旋律にだけ、その身を委ねていればいい」
「あ、っ……ぁ……」
奏の口内に、濃厚なブランデーのような、芳醇で熱い味が広がった。
エリオットの声が残した不快な後味が一瞬で消え去り、代わりにレイヴンという存在が、奏の全神経を塗りつぶしていく。
「……食べさせて……もっと、あなたの声で、僕を汚して……」
奏は自らレイヴンのシャツの胸元を掴み、その首筋に顔を埋めた。
外の世界への恐怖が強まれば強まるほど、レイヴンへの依存は深くなる。
それがレイヴンの狙い通りだとしても、今の奏には、この甘い檻こそが世界のすべてだった。
レイヴンは、奏の背中を愛おしそうに、けれど決して逃さないという執念を込めて抱きしめた。
「ああ、そうだ。もっと縋れ。……お前には、私の声という薬がなければ生きていけない『体』にしてやる」
レイヴンの瞳に宿る、暗い悦び。
二人の共依存は、引き返せない領域へと踏み出そうとしていた。
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