秘め事の共感覚 ―冷徹な支配者の声に僕は身を焦がす―

たら昆布

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6話

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レコーダーから流れるレイヴンの声が途切れた瞬間、奏の世界は再び色を失った。
 最後に残った甘い余韻さえも、目の前に立つエリオットの存在が、どろどろとした泥水で塗りつぶしていく。

「……あ、……ぁ……」

 奏は空になったレコーダーを抱きしめたまま、震えが止まらない。
 唯一の救いだった音は消えた。あとに残されたのは、不快な「毒」を撒き散らす男だけだ。

「そんなに絶望しなくてもいいじゃないか。閣下の声が『主食』なら、僕の声はちょっとした『刺激物』として楽しんでよ」

 エリオットが、奏の隣に腰を下ろした。
 彼が発声するたび、奏の口内には焦げたゴムのような、胸の悪くなる苦味が広がる。
 奏は耳を塞ぎ、シーツに顔を押し当てて拒絶を示した。

「やめて……喋らないで……吐き気がする……!」

「へえ、僕の声は吐き気がするほど不味いんだ。それは光栄だね」

 エリオットは奏の震える肩を掴み、無理やり自分の方へ向かせた。
 眼鏡の奥の瞳が、観察者のそれから、剥き出しの加害者へと変わる。

「共感覚者(シンセステート)……それも、聴覚を味覚に変換するタイプ。君のような希少種が、閣下の手元に置かれているなんて、宝の持ち腐れだ。君を解体して、その脳の回路がどうなっているのか……、直接この目で確かめてみたいよ」

 エリオットの声は、徐々に熱を帯びていく。
 それは奏にとって、喉の奥に熱い泥を流し込まれるような、耐え難い拷問だった。

「ひ、ぐ……っ、やめ……っ!」

「泣かないで。閣下の声を聞かせてあげたいけれど、あいにく僕はあんな高貴な響きは持っていない。……代わりに、君を肉体的に『調教』して、どんな音でも美味しく感じるように作り替えてあげようか?」

 エリオットの指が、奏のパジャマのボタンに手をかけた。
 レイヴン以外の男に触れられる恐怖。そして、何よりエリオットが発するすべての音が、奏の精神を汚染していく。

 その時。
 奏の枕元に置かれていた、レイヴンから支給された専用端末が激しく振動した。

 ビデオ通話の着信。
 画面に表示されたのは――『RAVEN』。

「……っ!」

 奏はエリオットの手を振り払い、必死に端末に飛びついた。
 震える指で応答ボタンを押す。

『――奏。私の許可なく、誰と喋っている』

 画面越しであっても、その声は圧倒的だった。
 一瞬にして、部屋に充満していたエリオットの「泥」が、凍てつくような冷徹な「氷の刃」によって切り裂かれた。

「あ……が、閣下……レイヴン、様……!」

 奏は画面に縋り付いた。
 レイヴンの声。それは、今や奏にとって生きるための酸素そのものだ。

『……エリオット。貴様、そこにいるな』

 画面の中のレイヴンは、氷のように冷たい瞳でこちらを射抜いていた。
 背後には戦地のものと思われる硝煙が揺れている。
 エリオットは肩をすくめ、わざとらしく溜息をついた。

「おやおや、見つかってしまいましたか。忘れ物を取りに戻ったついでに、小鳥さんの体調を確認していただけですよ」

『二度は言わない。その汚らわしい手を奏から離し、直ちにここへ戻れ。……戻ったあとで、貴様の舌をどうするか、ゆっくりと考えてやる』

「……くく、恐ろしい。承知しました、閣下」

 エリオットは奏の耳元で「またね」と、不快な残響を残して部屋を去っていった。

 ようやく静寂が戻る。
 端末の向こう側で、レイヴンが鋭く鼻を鳴らす音が聞こえた。
 その微かな音さえも、奏にとっては極上の、身体の芯まで蕩けるようなスパイスだった。

『奏。お前の耳は、私の声だけを聴くためにある。汚らわしい雑音に、自分を明け渡すな』

「……はい、っ……ごめんなさい……閣下……僕、もう……あなたの声がないと、壊れちゃいます……」

『わかっている。……明日、予定を切り上げて帰る。それまで一言も喋らず、誰の声も聴かずに、私の残響だけを抱いていろ。いいな?』

「はい……っ、待っています……愛して、います……レイヴン様……」

 奏は端末を胸に抱きしめ、レイヴンの「冷たい熱」に包まれながら、ようやく深い眠りへと落ちていった。
 自分の愛が、もはや正常なものではないと自覚しながら。
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