秘め事の共感覚 ―冷徹な支配者の声に僕は身を焦がす―

たら昆布

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8話

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レイヴンの腕の中で目覚める朝は、奏にとって人生で最も「静かで美味しい」時間だった。
 カーテンの隙間から差し込む光さえも、レイヴンが立てる微かな衣擦れの音と共に、澄んだ砂糖菓子のような後味を奏の舌に残していく。

「……起きたか、小鳥」

 背後から響く、低く心地よいバリトン。
 奏はそれだけで、全身がふんわりと甘い熱に包まれるのを感じた。

「……おはようございます、レイヴン様」

 奏はまだ熱を帯びた身体を丸め、レイヴンの胸元に額を預ける。
 レイヴンは満足げに鼻を鳴らすと、奏の首筋に残した自分の「痕」を指先でなぞった。
 その支配的な仕草さえ、奏にとっては幸福の証だった。

 だが、その平穏を切り裂くように、部屋の通信機が冷酷な電子音を鳴らした。

『――閣下、緊急の評議会が招集されました。反ヴァレンタイン派が、奏様の存在について嗅ぎ回っています』

 エリオットの声だ。
 昨夜の「上書き」のおかげで、以前ほど泥の味は感じない。
 だが、その言葉の内容に、奏の身体は凍りついた。

「……奏の存在を?」

 レイヴンの声が、一瞬で「甘い蜜」から「研ぎ澄まされた刃」へと変わる。
 奏の口内には、ピリリとした金属のような緊張の味が広がった。

『はい。閣下が「特殊な聴覚を持つ青年」を邸内に囲い込み、私的な軍事利用を企てている……という容疑です。早急な対応が必要かと』

 レイヴンは無言で通信を切ると、ベッドから立ち上がった。
 軍服を羽織る彼の背中は、先ほどまでの甘やかさなど微塵も感じさせない、冷徹な支配者のそれだった。

「……レイヴン、様……。僕のせいで、あなたが……」

 奏が不安げに声をかけると、レイヴンは振り返り、奏の頬を強く片手で包み込んだ。

「勘違いするな。お前のせいで私が揺らぐことなどない。……だが、私の所有物に指をかけようとする羽虫どもには、死以上の絶望を与えねばならんな」

 レイヴンの瞳には、冷酷な嗜虐の光が宿っていた。
 彼は奏の唇を一度だけ、噛みしめるように深く奪った。

「私が戻るまで、この部屋から一歩も出るな。……誰の声も聞くな。いいな?」

「……はい、……閣下」

 レイヴンが部屋を去り、再び静寂が訪れる。
 だが、これまでの安心感のある静寂ではない。
 壁の向こう側で、見えない悪意が自分を、そしてレイヴンを狙っている。
 奏は耳を塞ぎ、自分の呼吸音だけを聞きながら、震えに耐えていた。

 その時だった。
 部屋の防音壁の隙間から、これまで聞いたことのない「音」が紛れ込んできた。

 それは、低い、地を這うような――唸り音。
 レイヴンの声とも、エリオットの声とも違う。
 それは、奏にとって「腐った肉」を無理やり飲み込まされるような、吐き気を催すほどの悪臭を伴った音だった。

「……っ、う、あ……!」

 奏は床にうずくまり、激しく咳き込んだ。
 侵入者ではない。屋敷の外、あるいは地下のどこかで、誰かが意図的に「奏を攻撃するための音」を流しているのだ。

「やめて……誰か……レイヴン様……っ!」

 奏の視界が真っ赤に染まる。
 共感覚が暴走し、不快な音が色彩と味覚になって、奏の脳を破壊しにかかる。
 レイヴンのいない静寂の檻は、一瞬にして、逃げ場のない「毒の沼」へと変貌した。
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