秘め事の共感覚 ―冷徹な支配者の声に僕は身を焦がす―

たら昆布

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12話

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深い闇の底から意識を浮上させた奏を待っていたのは、かつてない「世界の変容」だった。

「……っ」

 まぶたを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、レイヴンの心配そうな顔だった。
 いつもなら、それだけで奏の心は甘い安堵に満たされるはずだった。
 だが、レイヴンが口を開いた瞬間、すべてが崩壊した。

「奏、目が覚めたか。気分はどうだ」

 ――ガギィッ!

 脳内で、硬質な金属が激しく擦れ合うような、耳を劈く音が響いた。
 同時に奏の舌の上には、焼けつくような「酸」の味が広がる。

「あ、……ぁああああああっ!!」

 奏は悲鳴を上げ、レイヴンの胸を力任せに突き飛ばした。
 あまりの衝撃に、レイヴンが数歩後ずさる。

「奏!? どうした、何が……」

「やめて……喋らないで……っ! 痛い、痛いよ、レイヴン様……っ!!」

 奏は耳を塞ぎ、ベッドの隅でガタガタと震え出した。
 レイヴンの声。
 世界で一番愛し、唯一の栄養源だったあの黄金の響きが、今は鋭利なナイフとなって奏の脳を切り刻んでいた。
 エリオットが仕掛けた「再起動」は、奏の共感覚を完全に逆転させてしまったのだ。

 快楽の味は激痛へ、甘美な旋律は腐敗の臭いへ。
 愛する人の声こそが、今の奏にとっては「最強の毒」だった。

「奏、私だ。落ち着け……」

「来ないで! お願い……声を、出さないで……っ」

 レイヴンが手を伸ばそうとするたび、奏は喉を掻きむしり、嗚咽を漏らす。
 レイヴンの瞳に、かつてないほどの激揺れが走った。
 冷徹な支配者として、どんな敵にも動じなかった彼が、自分を拒絶し、自分の声に苦しむ奏を前にして、初めて「恐怖」に顔を歪めた。

「……私の声が、お前を傷つけているというのか」

 レイヴンの呟きは、掠れていた。
 その掠れた音さえも、奏にとっては火薬を飲まされるような苦痛だった。
 奏はシーツを噛み締め、涙を流しながら首を振る。
 心では彼を求めているのに、脳が、感覚が、愛を受け入れることを拒んでいる。

 部屋のスピーカーから、皮肉な拍手の音が響いた。

『素晴らしい……。期待以上の結果だね。閣下、今の君の声は、彼にとって「死の宣告」に等しい。愛すれば愛するほど、語りければ語りかけるほど、君は彼を壊していくんだ』

 エリオットの声だ。
 奏は驚愕した。
 あれほど不快だったエリオットの声が、今はなぜか、薄味の水のようになんの刺激も伴わずに聞こえる。
 最愛の音が毒になり、嫌悪していた音が無味になる。
 この残酷な逆転こそが、エリオットが仕組んだ真の絶望だった。

「……エリオット。貴様だけは、ただでは殺さん」

 レイヴンは声を押し殺し、震える拳を握りしめた。
 彼は奏に触れたい衝動を必死に抑え、一歩、また一歩とベッドから離れていく。

「……奏。必ず、お前を元に戻す。それまで……待っていろ」

 レイヴンは、一言も発さずに部屋を出た。
 彼が去った後の静寂の中で、奏は声を殺して泣き続けた。
 レイヴンの声が聞こえない寂しさと、その声を聞くことへの恐怖。
 引き裂かれた心は、真っ暗な静寂の中で行き場を失っていた。

 一方、レイヴンは地下の独房へと向かっていた。
 その足音は、もはや人間のそれではなく、愛を奪われた獣の、終わりなき復讐の序曲だった。
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