秘め事の共感覚 ―冷徹な支配者の声に僕は身を焦がす―

たら昆布

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14話

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言葉を失った楽園。
 レイヴンが「声」を封じてから数日が経過した。
 屋敷の住人たちは、沈黙の支配者となったレイヴンの苛烈なまでの静寂に、以前にも増して畏怖を抱いている。
 けれど、その静寂のただ中に置かれた奏だけは、誰よりも鮮明に「彼」を感じていた。

(……静かだ。なのに、うるさいくらいに……伝わってくる)

 奏はベッドの上で、自分の背後から抱きしめるレイヴンの腕に触れた。
 レイヴンは一言も発さない。だが、密着した肌から、そして彼が放つ微かな空気の振動から、奏の共感覚は新たな「音」を拾い始めていた。

 それは、空気の震えではない。
 レイヴンの強靭な意思が、情熱が、そして奏へのどろりとした独占欲が、目に見えない「波動」となって奏の脳を叩くのだ。

(……ああ。今のレイヴン様は、とても……『深い青色』の味がする)

 奏の舌の上で、かつての黄金の蜜とは違う、しっとりと濡れた重厚な風味が広がる。
 それは言葉になる前の、純粋な愛着の味。
 以前のような「突き刺さる激痛」は、レイヴンが沈黙を貫くことで少しずつ和らいでいた。

 レイヴンは奏のうなじに顔を埋め、深く息を吐き出す。
 その吐息のリズムに合わせて、奏の脳内には、美しい弦楽器の重奏が鳴り響いた。
 声という毒が濾過され、彼の存在そのものが、新たな音楽として奏を充たしていく。

 レイヴンが懐からメモを取り出し、奏の目の前に差し出した。

『奏。身体の痛みは、もうないか』

 丁寧な筆跡。奏はその文字を指先でなぞりながら、小さく首を振った。

「……はい。レイヴン様が、静かでいてくれるから……。あなたの心臓の音が、今は、一番美味しいです……」

 奏が微笑むと、レイヴンの腕に力がこもった。
 自分を苦しめるはずの音を「美味しい」と表現する奏。
 レイヴンの瞳には、狂おしいほどの愛しさと、それを壊してしまった自分への呪詛が混ざり合っている。

 レイヴンは、奏の手を自分の胸元へと導いた。
 ドクン、ドクンと、力強く刻まれる鼓動。
 奏の共感覚の中で、その鼓動は真っ暗な宇宙を照らす星の瞬きのように、鮮やかな光と甘味を伴って弾けた。

(幸せだ……。声がなくても、僕はこんなにレイヴン様に愛されている)

 二人の間に流れる、密やかな共鳴。
 だが、その調和を嘲笑うかのように、奏の脳の奥底で「ノイズ」が走った。

(――……見つけたぞ、鍵を。……閣下は……甘いな……)

 奏は弾かれたように顔を上げた。
 今のは誰の声だ。
 レイヴンは口を閉ざしている。部屋には二人しかいない。
 なのに、今の「声」は、かつてないほど生々しく、悪意に満ちた味を伴って奏の意識を汚した。

「……だ、れ……?」

 レイヴンが不審そうに奏の顔を覗き込む。
 奏の顔からは血の気が引き、ガタガタと震え出した。

「誰かが……喋ってる……。声じゃない……頭の中に、直接……!」

 エリオットの実験は、奏を単なる兵器にするだけでは終わらなかった。
 奏の感覚は、ついに「人間の思考」という名の音を拾い始めてしまったのだ。
 屋敷の地下で、あるいは遥か遠くで、レイヴンの失脚を企む者たちの「殺意の合唱」が、奏の脳へと流れ込んでくる。

 逃げ場のない、新たな地獄の始まり。
 奏はレイヴンの胸にすがりつき、耳を塞いだ。
 だが、思考の音は、耳を塞いでも止まることはなかった。
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