秘め事の共感覚 ―冷徹な支配者の声に僕は身を焦がす―

たら昆布

文字の大きさ
18 / 20

18話

しおりを挟む
世界から、色が剥がれ落ちていく。
 奏の視界は白濁し、あんなに過敏だった鼓膜は、今や遠い海の底で泡の音を聞いているかのように、すべての音を拒絶していた。

(……レイヴン、様……どこ、ですか……?)

 声が出ない。自分の声さえ、今の奏には「味」がしない。
 かつて彼を狂わせた黄金の蜜は、一滴も残らず枯れ果てていた。
 暗闇の中で、奏は自分が透明な塵になって消えていくような錯覚に陥る。

 その時――。

 ドクンッ、と、身体の芯を貫くような衝撃が走った。

「っ……あ、……ぁ!!」

 暗闇の中に、一筋の「紅い火花」が散る。
 レイヴンが奏の肩に深く、爪を立てていた。
 五感が死にゆく中で、唯一、剥き出しの「痛覚」だけが奏の脳に届いたのだ。

「……逃がさないと言ったはずだ。感覚が死ぬなら、私がそれを叩き起こしてやる。お前の脳が焼き切れるまで、私を刻み込んでやる」

 レイヴンの声は、もはや奏の耳には届いていない。
 だが、彼の「言葉」に伴う凄まじい熱量と、狂気的な振動が、奏の肌を通じて直接脊髄に叩き込まれる。

 レイヴンは奏をベッドに組み伏せ、乱暴にその四肢を拘束した。
 慈しみも、憐憫も、今は邪魔なだけだ。
 必要なのは、奏の魂をこの世に繋ぎ止めるための、圧倒的な「刺激」の暴力。

「あああ、っ……! あ、が……っ!!」

 レイヴンが奏の身体に、容赦なく自身の欲望を叩きつける。
 それは愛撫というにはあまりに苛烈で、侵略というにはあまりに情熱的な「上書き」だった。
 
 奏の脳内で、停止していた共感覚が、悲鳴を上げながら再起動する。
 痛みが、熱が、そしてレイヴンの低い唸り声が、火薬のような「焦熱の味」となって、空白だった奏の意識を塗りつぶしていく。

(……あ、つい……。苦い、……すごく、苦くて……熱い……)

 それはかつての甘い蜜ではない。
 喉を焼き、内臓を焦がすような、黒い炭の味。
 けれど、それは間違いなく「生」の味だった。

「奏、私を感じるか! 私の音が、聞こえるか!」

 レイヴンは奏の首筋に顔を埋め、獣のように咆えた。
 その叫びの振動が、奏の肌を震わせ、骨を伝い、ついに死にかけていた脳の深淵へと到達した。

 ピリ、と奏の視界に色が戻る。
 目の前に広がる、レイヴンの銀の瞳。
 その奥に揺れる、深い、深い、絶望的なまでの愛。

「……れ、……い……ヴン……さま……」

 奏の指先が、レイヴンの背中の傷をなぞった。
 その瞬間、奏の口内には、最高級のブランデーを煮詰めたような、芳醇で暴力的な「味」が爆発した。

「……聞こえ、ました……。あなたの……ひどい、音……」

「……っ」

 レイヴンは奏を抱きしめ、子供のように肩を震わせた。
 奏の五感は、完全には戻っていない。
 以前のように風の音や光を愛でることは、もうできないかもしれない。

 けれど、レイヴンの「音」だけは。
 この世で最も残酷で、最も愛おしいこの男の存在だけは、奏の感覚に永遠に刻み込まれた。

「……二度と、私を独りにするな。お前の世界がどれほど狭くなろうとも、その中心には必ず私を置け」

「はい……閣下。僕の……すべて、さしあげます……」

 静寂の部屋に、二人の重い呼吸だけが重なる。
 壊れかけた楽器と、それを執拗に奏で続ける支配者。
 二人の物語は、もはや誰にも邪魔されることのない、完成された「狂音の檻」へと辿り着いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話

さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り

攻め→→→→←←受け

眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。

高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。

有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

処理中です...