秘め事の共感覚 ―冷徹な支配者の声に僕は身を焦がす―

たら昆布

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17話

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反乱軍は霧散し、レイヴンに逆らう者はこの国から一人もいなくなった。
 鉄の壁に守られた寝室には、勝利の祝杯も、喧騒も届かない。
 あるのは、深い、深すぎるほどの静寂だけだ。

 奏はレイヴンの膝の上で、ぼんやりと虚空を見つめていた。
 あれほど世界を埋め尽くしていた「思考の音」は、もう聞こえない。
 レイヴンの徹底的な掃討によって、奏を傷つける「雑音」の源が物理的に排除されたからだ。

「……奏。気分はどうだ」

 レイヴンが奏の耳元で囁く。
 本来なら、その声は奏の脳内を溶かす黄金の蜜であるはずだった。
 だが、今の奏の舌の上に広がるのは、薄く、頼りない「白雪」のような味。

「……レイヴン、様……」

 奏の声は掠れていた。
 レイヴンの声が聞こえている。けれど、その響きは以前よりもずっと遠く、霞んで聞こえる。
 まるで、厚い水膜の向こう側から語りかけられているような。

「奏?」

 レイヴンが異変に気づき、奏の顔を覗き込む。
 奏は必死に笑ってみせようとしたが、指先の感覚さえも、少しずつ麻痺していくのを感じていた。
 あの「絶望のオーケストラ」を放った代償。
 あまりに巨大な感覚の負荷を脳にかけたことで、奏の共感覚――いや、五感そのものが焼き切られようとしていた。

「……大丈夫、です。……ただ、少し……眠い、だけ……」

「嘘をつくな。お前の瞳の焦点が合っていない」

 レイヴンの声に、かつてない焦燥が混じる。
 最強の力を手に入れ、世界を跪かせた支配者が、腕の中のたった一人の少年の体温が失われていくことに、子供のように怯えていた。

 レイヴンは奏の服を脱がせ、その白い肌を直接、自分の肌で温めるように抱きしめた。
 肌と肌が触れ合う音。
 以前なら、それだけで奏の脳内には甘美な火花が散ったはずだ。
 けれど、今の奏には、それが「乾いた砂がこぼれる音」にしか聞こえない。

(……ああ、消えていく。僕の世界から、大好きな『音』が……)

 奏は恐怖に震え、レイヴンの胸板を弱々しく叩いた。

「しゃ、喋って……ください……レイヴン様……。もっと、強く、叫んで……!」

「奏! 私の声を聞け! ここだ、私はここにいる!!」

 レイヴンの怒号が部屋に響き渡る。
 その振動は部屋の空気を震わせ、奏の耳にも届いている。
 だが、奏の脳は、それを「味」に変換することを止めていた。
 蜜も、チョコレートも、氷の刃も、もうそこにはない。

 ただ、冷たい、何の色も味もない「空気の震え」が通り過ぎていくだけ。

「……聞こえ、ない……」

 奏の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
 音が味にならない。音が色にならない。
 レイヴンという存在が、奏の脳から「意味」を失っていく。

「やめろ……奏、私を見ろ! 消えるな、私の前から勝手に消えることは許さない!」

 レイヴンは奏の首筋に歯を立て、痛みが走るほど強く噛みついた。
 痛覚さえもが遠のいていく中で、奏は自分を抱きしめるレイヴンの手の震えだけを、微かに感じていた。

 世界で一番愛する人の声が、ただの「無」に変わっていく絶望。
 黄金に輝いていた楽園は、音のない、色もない、灰色の終焉へと向かおうとしていた。
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