転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布

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18話

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 翌朝、森の境界線には、朝霧を切り裂くように一台の馬車が停まっていた。
 帝国騎士団が用意したというその車両は、外見こそ質実剛健だが、内装にはリィエルの好みに合わせた柔らかなクッションと、温度を一定に保つ魔導具が完備されている。

「……さて、出発するか。リィエル、忘れ物はないか?」

 御者台に座り、手綱を握ったガイアスが振り返って声をかけてくる。
 彼は今日、騎士の甲冑ではなく、動きやすい革のジャケットを羽織っていた。その姿は、一国の騎士団長というよりは、旅慣れた冒険者のようだ。

「ええ、バックアップ……いえ、留守中の備えは万全です。シロ、お前も準備はいいか?」

「きゅう!」

 俺の膝の上で、シロが短く鳴いた。
 こいつは先ほどから、窓の外に見える森の風景を食い入るように見つめている。森の外に出るのは、おそらくこいつにとっても初めての経験なのだろう。

 ガイアスが手綱を軽く引くと、馬車は驚くほど滑らかに動き出した。
 俺の家に続く一本道は、昨日までに騎士たちが整備したおかげで、不快な振動が一切ない。車輪が地面を転がる規則正しい音だけが、心地よいリズムとなって車内に響く。

「……森の結界を抜けますね」

 窓の外、空間がわずかに歪んだように見えた次の瞬間。
 三年間、俺を包み込んでいた森の魔力の密度が、ふっと薄くなった。
 代わりに流れ込んできたのは、草原を吹き抜ける乾いた風の匂いと、どこまでも続く地平線の光景だ。

「どうだ、リィエル。森の外も、そう悪いものではないだろう?」

 御者台からガイアスの楽しげな声が聞こえる。

「……ええ。視界の解像度が高いですね。森の中では常に木々に遮られていた遠景が、こうもはっきりと見えるのは新鮮です」

 俺は窓枠に肘をつき、流れていく景色を眺めた。
 街道の脇には、見たこともない色鮮やかな野花が咲き、遠くの丘では羊の群れがのんびりと草を食んでいる。
 前世のデジタルな世界とは違う、アナログで膨大な情報量が、俺の網膜を刺激していく。

「きゅう、きゅうん!」

 シロが窓から身を乗り出そうとしたので、俺は慌ててその丸い体を抱き寄せた。

「おい、危ないぞシロ。はしゃぐのはいいが、転落エラーは勘弁してくれ。……ほら、お前のカゴに入れたおやつでも食べて落ち着け」

 俺はシロの口に、乾燥させた木の実を放り込んだ。
 シロはそれをカリカリと器用に食べながら、それでも瞳をキラキラと輝かせて外の世界を見つめ続けている。

 昼過ぎ、馬車は街道沿いの見晴らしの良い丘で一度停止した。
 ガイアスが馬を休ませる間、俺たちは車外に出て、軽い昼食を摂ることにした。

「リィエル、顔色が良くなったな。長旅でお前が疲弊していないか心配だったが、杞憂だったようだ」

 ガイアスは水筒を俺に手渡し、隣の岩に腰を下ろした。

「……空気の組成が違うからでしょうか。森の中よりも、少しだけ肺が軽くなる気がします。ガイアスさんの用意した馬車の衝撃吸収システムも、期待以上のパフォーマンスでしたしね」

「それは良かった。王都まではあと数日だが、この調子なら予定通り、星祭の前に到着できそうだ。……リィエル、王都に着いたら、まずはお前に見せたい店があるんだ」

「店、ですか」

「ああ。お前が喜びそうな、古い羊皮紙を専門に扱う文具屋だ。そこには、他では手に入らない特殊なインクも置いてある」

 ガイアスはそう言って、俺の横顔を穏やかに見つめた。
 彼は、俺が何を欲し、何を好むかを、この短い共同生活の中で驚くほど正確にログに刻んでいたらしい。

「……それは、興味深いですね。俺の研究ノートを新調するのも悪くない」

 俺は微笑み、遠くに見える王都のシルエットを眺めた。
 
 かつては拒絶していた外の世界。
 けれど、信頼できる御者が導くこの旅路ならば、どのような予期せぬイベントが起きても、それはきっと面白いデータになるはずだ。

 風に乗って、秋の草花の香りが鼻腔をくすぐる。
 俺たちは再び馬車に乗り込み、新しい景色を求めて、ゆっくりと車輪を回し始めた。
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