24 / 45
24話
しおりを挟む
馬車が停まったのは、王都の北端に位置する小高い丘の上の展望閣だった。
ここは古くから天体観測に使われてきた場所で、石造りのバルコニーからは王都の光の海が一望できる。地上の喧騒は遠い波音のように聞こえるだけで、ここには澄んだ夜の空気と、満天の星空だけが支配する静寂があった。
「……ここなら、誰の目も気にせずに観測できそうだな」
リィエルは馬車を降りると、展望閣の最前列にある手すりに歩み寄った。
眼下では、魔法の光が幾何学模様を描きながら街路を巡り、広場では人々が踊り、笑い、そのエネルギーが淡い熱となって夜風に溶け込んでいる。
「リィエル、寒くはないか? 丘の上は風が通りやすい」
ガイアスがリィエルの背後から近づき、彼の肩を包むように、用意していた厚手のショールを掛けた。
その拍子に、ガイアスの腕がリィエルの髪に軽く触れる。冷たい夜風の中で、彼の体温が伝わってくる場所だけが、ひどく熱く感じられた。
「大丈夫です。……それより、あそこ。時計塔の頂部から放たれている光が、特定の周期で色を変えているのが見えますか? あれは単なる演出ではなく、大気中の魔力濃度を一定に保つための調整弁の役割も果たしているようですね」
「……はは。こんなに美しい夜景を前にして、真っ先にシステムの整合性を確認するのは、きっとこの広い王都でお前一人だけだろうな」
ガイアスはリィエルの隣で手すりに腕を預け、空を見上げた。
「リィエル。この王都には、古い言い伝えがあるんだ。星祭の夜、最も高い場所で一番大切な人と星を眺めると、その二人の時間は星の運行と同じように、永遠に途切れることなく回り続ける……という話だ」
「……永遠、ですか。ロジックとしては、エネルギーの保存法則に反した非現実的な仮説ですね」
リィエルはそう答えつつも、隣に立つ男の横顔を盗み見た。
ガイアスの瞳には、夜空の光が反射して、いつもより深く、優しく輝いている。
普段は剣を振るい、軍を率いる彼の指先が、今はリィエルのショールの端を、風で飛ばされないようにそっと押さえている。
「仮説でもいい。俺は、お前と出会ってからのこの数週間が、これまでの人生のどのログよりも鮮明に記憶されている。……お前が森に帰り、また一人で静寂の中に身を置くとしても、この光景だけは共有したデータとして残しておきたいんだ」
ガイアスの言葉は、静かだが重みを持ってリィエルの胸に届いた。
リィエルにとって、他者との交流は常に不確定要素の塊であり、避けるべきノイズだった。
けれど、この不器用で真っ直ぐな男が提供してくれる「ノイズ」は、いつの間にか彼の世界に欠かせない和音(コード)になりつつあった。
「きゅう……」
シロがリィエルの足元で丸くなり、展望閣の床に反射する光の粒を追いかけている。
「……ガイアスさん。永遠なんて保証はできませんが。……少なくとも、来年のこの時期の予定表に、この場所への再訪を書き込んでおくくらいの余裕はありますよ」
リィエルが視線を逸らしながらそう告げると、ガイアスは一瞬、息を呑んだように沈黙した。
そして、これまでに見せたことがないほど、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……そうか。それは、騎士団長の生涯をかけて守るべき最優先の公務になりそうだな」
夜空の魔導回路が、一段と強い光を放った。
時計塔の鐘が零時を告げ、空からは本物の流れ星のような光の粉が、雪のように静かに降り注ぎ始める。
リィエルは、胸元のペンダントを握りしめた。
石が温かい。
それは、彼一人では決して生成することのできなかった、誰かと共に作り上げた「絆」という名の魔力だった。
ここは古くから天体観測に使われてきた場所で、石造りのバルコニーからは王都の光の海が一望できる。地上の喧騒は遠い波音のように聞こえるだけで、ここには澄んだ夜の空気と、満天の星空だけが支配する静寂があった。
「……ここなら、誰の目も気にせずに観測できそうだな」
リィエルは馬車を降りると、展望閣の最前列にある手すりに歩み寄った。
眼下では、魔法の光が幾何学模様を描きながら街路を巡り、広場では人々が踊り、笑い、そのエネルギーが淡い熱となって夜風に溶け込んでいる。
「リィエル、寒くはないか? 丘の上は風が通りやすい」
ガイアスがリィエルの背後から近づき、彼の肩を包むように、用意していた厚手のショールを掛けた。
その拍子に、ガイアスの腕がリィエルの髪に軽く触れる。冷たい夜風の中で、彼の体温が伝わってくる場所だけが、ひどく熱く感じられた。
「大丈夫です。……それより、あそこ。時計塔の頂部から放たれている光が、特定の周期で色を変えているのが見えますか? あれは単なる演出ではなく、大気中の魔力濃度を一定に保つための調整弁の役割も果たしているようですね」
「……はは。こんなに美しい夜景を前にして、真っ先にシステムの整合性を確認するのは、きっとこの広い王都でお前一人だけだろうな」
ガイアスはリィエルの隣で手すりに腕を預け、空を見上げた。
「リィエル。この王都には、古い言い伝えがあるんだ。星祭の夜、最も高い場所で一番大切な人と星を眺めると、その二人の時間は星の運行と同じように、永遠に途切れることなく回り続ける……という話だ」
「……永遠、ですか。ロジックとしては、エネルギーの保存法則に反した非現実的な仮説ですね」
リィエルはそう答えつつも、隣に立つ男の横顔を盗み見た。
ガイアスの瞳には、夜空の光が反射して、いつもより深く、優しく輝いている。
普段は剣を振るい、軍を率いる彼の指先が、今はリィエルのショールの端を、風で飛ばされないようにそっと押さえている。
「仮説でもいい。俺は、お前と出会ってからのこの数週間が、これまでの人生のどのログよりも鮮明に記憶されている。……お前が森に帰り、また一人で静寂の中に身を置くとしても、この光景だけは共有したデータとして残しておきたいんだ」
ガイアスの言葉は、静かだが重みを持ってリィエルの胸に届いた。
リィエルにとって、他者との交流は常に不確定要素の塊であり、避けるべきノイズだった。
けれど、この不器用で真っ直ぐな男が提供してくれる「ノイズ」は、いつの間にか彼の世界に欠かせない和音(コード)になりつつあった。
「きゅう……」
シロがリィエルの足元で丸くなり、展望閣の床に反射する光の粒を追いかけている。
「……ガイアスさん。永遠なんて保証はできませんが。……少なくとも、来年のこの時期の予定表に、この場所への再訪を書き込んでおくくらいの余裕はありますよ」
リィエルが視線を逸らしながらそう告げると、ガイアスは一瞬、息を呑んだように沈黙した。
そして、これまでに見せたことがないほど、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……そうか。それは、騎士団長の生涯をかけて守るべき最優先の公務になりそうだな」
夜空の魔導回路が、一段と強い光を放った。
時計塔の鐘が零時を告げ、空からは本物の流れ星のような光の粉が、雪のように静かに降り注ぎ始める。
リィエルは、胸元のペンダントを握りしめた。
石が温かい。
それは、彼一人では決して生成することのできなかった、誰かと共に作り上げた「絆」という名の魔力だった。
10
あなたにおすすめの小説
きっと、君は知らない
mahiro
BL
前世、というのだろうか。
俺は前、日本という国で暮らしていて、あの日は中学時代にお世話になった先輩の結婚式に参列していた。
大人になった先輩と綺麗な女性の幸せそうな姿に胸を痛めながら見つめていると二人の間に産まれたという女の子がひとりで車道に向かい歩いている姿が目に入った。
皆が主役の二人に夢中で子供の存在に気付いておらず、俺は慌ててその子供のもとへと向かった。
あと少しで追い付くというタイミングで大型の車がこちらに向かってくるのが見え、慌ててその子供の手を掴み、彼らのいる方へと突き飛ばした。
次の瞬間、俺は驚く先輩の目と合ったような気がするが、俺の意識はそこで途絶えてしまった。
次に目が覚めたのは見知らぬ世界で、聞いたことのない言葉が行き交っていた。
それから暫く様子を見ていたが、どうやら俺は異世界に転生したらしく………?
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【8話完結】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!
キノア9g
BL
ごく普通の中堅冒険者・イーサン。
今日もほどほどのクエストを探しにギルドを訪れたところ、見慣れない美形の冒険者・アシュレイと出くわす。
最初は「珍しい奴がいるな」程度だった。
だが次の瞬間──
「あなたは僕の推しです!」
そう叫びながら抱きついてきたかと思えば、つきまとう、語りかける、迫ってくる。
挙句、自宅の前で待ち伏せまで!?
「金なんかねぇぞ!」
「大丈夫です! 僕が、稼ぎますから!」
平穏な日常をこよなく愛するイーサンと、
“推しの幸せ”のためなら迷惑も距離感も超えていく超ポジティブ転生者・アシュレイ。
愛とは、追うものか、追われるものか。
差し出される支援、注がれる好意、止まらぬ猛アプローチ。
ふたりの距離が縮まる日はくるのか!?
強くて貢ぎ癖のあるイケメン転生者 × 弱めで普通な中堅冒険者。
異世界で始まる、ドタバタ&ちょっぴり胸キュンなBLコメディ、ここに開幕!
全8話
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる