転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布

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28話

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 翌朝、森の空気は瑞々しい湿り気を帯びていた。
 リィエルが庭の結界のログを確認していると、森の境界線付近で待機していた騎士団の伝令が、ガイアスの許可を得てログハウスの前までやってきた。

 伝令の騎士は、リィエルの姿を見るなり「伝説の隠者様にお目にかかれて光栄です」と、昨日までの使用人たちと同じような過剰な敬礼を繰り出した。

「……ガイアスさん。あの人の挙動、完全に過負荷を起こしていますが。何か変な命令を出したのですか?」

「いや、俺は何もしていない。ただ、お前が王都で残した実績が、俺の想像を超える速度で各所にパッチを当ててしまったらしいんだ」

 ガイアスが苦笑しながら、伝令から受け取った書簡に目を通す。
 その顔が次第に、困惑を通り越して呆れたような表情に変わっていくのを、リィエルは見逃さなかった。

「……何が書いてあるんです。まさか、俺が図書室の結界を最適化したことで、システムダウンでも起きましたか?」

「逆だ。魔導院の老魔導士たちが、屋敷の結界が数世代先まで進化していることに気づいてな。彼らは今、その神業のような術式を解析しようとして、逆に知恵熱で次々とダウンしているという報告だ。……それで、ぜひその最適化の理論を教授してほしいと、悲鳴のような要望が来ている」

 リィエルは、手に持っていた剪定用の魔導バサミを落としそうになった。
 彼にとっては、ただの散らかったコードの整理に過ぎなかったのだが、王都の魔導士たちにとっては、既存の魔導理論を根底から書き換えるような超技術だったらしい。

「拒否します。俺は今、ルミの生態観察と、シロの機嫌取りという優先度の高いタスクで手一杯です。外部からの割り込みリクエストに応じる余裕はありません」

「きゅうっ!」

 リィエルの足元で、シロが同調するように短く鳴いた。
 一方、肩の上でルミは、伝令の騎士が持ってきた書簡に興味を示し、その紙の端を光る体で包み込もうとしている。

「おい、ルミ。それは公文書だ。未許可のデータ消去は重罪になるぞ。……ガイアスさん、その書簡、早く片付けてください。ルミの好奇心フィルターに引っかかっています」

 ガイアスは慌てて書簡を懐にしまい、ルミの突進を制した。
 ルミは標的を失うと、不満そうにリィエルの首筋でぷるぷると震え、光の強さを明滅させた。

「分かった。魔導院の連中には、俺の方から却下のログを送っておこう。……だがリィエル、お前の技術はもはや、この静かな森の中に隠しておけるレベルを超えているのかもしれないな」

「……隠しているわけではありません。ただ、俺の最適化理論は、俺自身の演算処理を前提に構築されています。他人に教えたところで、ハードウェアのスペックが足りなければ実行不可能なコードですよ」

 リィエルは淡々と答え、ルミを肩から引き離して、用意していた小さな魔力溜まりの器へと移した。
 ガイアスはその様子を眺めながら、どこか誇らしげに、そして名残惜しそうに唇の端を上げた。

「……お前のそういう、技術に対する潔癖さは嫌いじゃない。よし、伝令を帰したら、俺も出発の準備をしよう。……名残惜しいが、王都の混乱を鎮めるのも、お前の平穏を守ることに繋がるからな」

「ええ。迅速な処理をお願いします。……あなたの淹れるお茶、昨日より少しだけ淹れ方が上達していましたから、次に来る時はもう少し期待しておきますよ」

 リィエルの不器用な再訪の催促に、ガイアスは一瞬驚いたように目を見開き、それから今日一番の晴れやかな笑みを浮かべた。

 森の入口へと向かうガイアスの背中を見送りながら、リィエルは庭のハーブに水をやり始めた。
 一人と二匹になったログハウス。
 静寂は戻ってきたはずなのに、リィエルの耳の奥には、まだ賑やかな王都の喧騒と、不器用な騎士の笑い声が残っていた。
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